万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2283)―

●歌は、「ぬばたまの月に向ひてほととぎす鳴く音遥けし里遠みかも」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「四月十六日夜裏遥聞霍公鳥喧述懐歌一首」<四月の十六日の夜(よ)の裏(うち)に、遥(はる)かに霍公鳥(ほととぎす)の喧(な)くを聞きて、懐(おもひ)を述(の)ぶる歌一首>である。

 

◆奴婆多麻乃 都奇尓牟加比氐 保登等藝須 奈久於登波流氣之 佐刀騰保美可聞

       (大伴家持 巻十七 三九八八)

 

≪書き下し≫ぬばたまの月に向(むか)ひてほととぎす鳴く音(おと)遥(はる)けし里遠(さとどほ)みかも

 

(訳)夜空を渡る月に向かって時鳥、時鳥の鳴く声音(こわね)が、はるか彼方(かなた)から」かすかに聞こえてくる。まだ人里離れた山の中にいるせいであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ぬばたまの【射干玉の】枕: ぬばたまの実が黒いところから、黒色やそれに関連した語にかかる。中古以降は「むばたまの」という形で使われることが多い。① 「黒し」および「黒駒」「黒馬」「黒髪」「大黒」などにかかる。② 「黒」を含む地名「黒髪山」「黒牛潟」にかかる。③ 髪は黒いところから、「髪」にかかる。④ 夜に関する語、「夜(よる・よ)」およびその複合語「夜霧」「夜床」「夜渡る」「一夜」に、また、「昨夜(きそ)」「夕へ」「今宵(こよひ)」などにかかる。⑤ 夜のものである「月」や「夢(いめ)」にかかる。⑥ 「妹(いも)」にかかる。黒髪を持つ妹の意でかかるか。また、夢(いめ)と妹(いも)が類音であるところからともいう。 [語誌](1)「万葉」では仮名書き例のほか、「烏玉」「黒玉」「野干玉」「夜干玉」といった表記が見られる。「本草和名」には「射干〈略〉一名烏扇〈略〉和名加良須阿布岐」とあり、「十巻本和名抄‐七」には「狐〈略〉射干也、関中呼為二野干一、語訛也」ともあり、「射干」と「野干」は通じるようである。これにより、「万葉」の「野干玉」の表記は烏扇(檜扇)という植物の黒い実に結びついたものと考えられる。

(2)いくつかの語源説があるが、烏扇の実の名がすなわち「ぬばたま」の語源であると考える説と、「ぬば」は元来は黒い色を表わす語であったと考える説とが有力である。後者の場合、「沼→泥→黒」というような意味的連環を想定し、白玉が特に真珠を意味するように、黒い玉の意味の語が烏扇の実と二次的に結びついたとするのである。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

左注は、「右大伴宿祢家持作之」<右は、大伴宿禰家持作る>である。

 

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 「ぬばたまの月」と詠まれている。黒とか黒髪といった黒いものに懸ると思っていたが、明るい月に懸っているので、改めて「ぬばたまの」を検索してみた。上記のように、「⑤ 夜のものである『月』や『夢(いめ)』にかかる。」と書かれている。

 他に例はないかと調べてみたが、「ぬばたまの月」とストレートに懸っているのは、三九八八歌のみであった。

 

 「ぬばたまの」と「月」が詠まれている歌をみてみよう。

 

■一六九歌■

◆茜刺 日者雖照者 烏玉之 之 隠良久惜毛

       (柿本人麻呂 巻二 一六九)

 

≪書き下し≫あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜(よ)渡る月の隠(かく)らく惜しも

 

(訳)あかねさす天つ日は照り輝いているけれども、ぬばたまの夜空を渡る月の隠れて見えぬことの悲しさよ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 月は、「ぬばたまの夜空を渡る」ので、月には懸っていない。

 

 

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■三〇二歌■

題詞は、「中納言阿倍廣庭卿歌一首」<中納言阿倍広庭卿(あへのひろにはのまへつきみ)が歌一首>である。

 

◆兒等之家道 差間遠焉 野干玉乃 尓 競敢六鴨

       (阿倍広庭 巻三 三〇二)

 

≪書き下し≫子らが家道(いへぢ)やや間遠(まどほ)きをぬばたまの夜渡(よわた)る月に競(きほ)ひあへむかも

 

(訳)あの子の家までの道、その道のりはちょっと遠いけれども、夜空を渡る月に負けないで行き着けるだろうか。(同上)

 

 これも、月は、「ぬばたまの夜空を渡る」ので、月には懸っていない。

 

 

■七〇二歌■

夜干玉之 其夜乃月夜 至于今日 吾者不忘 無間苦思念者

       (河内百枝娘子 巻四 七〇二)

 

≪書き下し≫ぬばたまのその月夜今日までに我れは忘れず間なくし思へば

 

(訳)あの方を照らし出したあの夜の美しい月、その月を、私はいまだに忘れることができない。絶え間なく思いつづけているので。(同上)

(注)その夜の月夜:自分だけの脳裡に焼きつけられている月世界。(伊藤脚注)

 

 「ぬばたまのその夜」の「月夜」であり、月には懸っていない。

 

 

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■一〇七七歌■

夜干玉之 乎 将留尓 西山邊尓 塞毛有粳毛

       (作者未詳 巻七 一〇七七)

 

≪書き下し≫ぬばたまの夜(よ)渡る月を留(とど)めむに西の山辺(やまへ)に関(せき)もあらぬかも

 

(訳)夜空を移って行く月、この月を何とかして引き留めるため、西の山辺に関所でもないものか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 これも、月は、「ぬばたまの夜空を渡る」ので、月には懸っていない。

 

 

 以下、もう一度見てみると、一〇八一、一七一二、三〇〇七,三六五一、三六七一、四〇七二歌すべて「ぬばたまの夜渡る月」であった。

 

 たまにこういう無駄足を踏ませてくれるのも万葉集の魅力の一つである。

 

 

 

 今日も思い立ち、平城宮跡の「おもひぐさ(ナンバンキセル)」のパトロールに行ってきました。

 オギの根元に寄生してひっそりと花を咲かせる風情には心惹かれるものがある。これで三日連続である。



 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典