万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2284)―

●歌は、「我れなしとなわび我が背子ほととぎす鳴かむ五月は玉を貫かさね」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆安礼奈之等 奈和備和我勢故 保登等藝須 奈可牟佐都奇波 多麻乎奴香佐祢

       (大伴家持 巻十七 三九九七)

 

≪書き下し≫我(あ)れなしとなわび我が背子(せこ)ほととぎす鳴かむ五月は玉を貫(ぬ)かさね

 

(訳)私がいないからといって気落ちしないで下さい、あなた。時鳥が里に来て鳴く五月には、薬玉を作って祝って下さいね。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)わぶ【侘ぶ】自動詞:①気落ちする。悲観する。嘆く。悩む。②困る。困惑する。当惑する。③つらく思う。せつなく思う。寂しく思う。④落ちぶれる。貧乏になる。まずしくなる。⑤わびる。謝る。⑥静かな境地を楽しむ。わび住まいをする。閑寂な情趣を感じとる。(学研)ここでは①の意

 

 左注は、「右一首守大伴宿祢家持和」<右の一首は、守大伴宿禰家持和(こた)ふ>である。

 

 三九九五~三九九八歌の題詞は、「四月廿六日掾大伴宿祢池主之舘餞税帳使守大伴宿祢家持宴歌并古歌四首」<四月の二十六日に、掾大伴宿祢池主が館(たち)にして、税帳使(せいちやうし)、守(かみ)大伴宿禰家持を餞(せん)する宴(うたげ)の歌 幷(あは)せて古歌四首>である。

(注)ぜいちゃうし【税帳使】〘名〙:令制の四度(しど)の使の一つ。諸国の正税の出納を記し、収支決算をした帳簿(税帳・正税帳)を中央政府に提出するため上京する使者。正税帳使(しょうぜいちょうし)。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)古歌:その場で吟誦された古歌(ここでは、三九九八をさす。)

 

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■三九九五歌■

◆多麻保許乃 美知尓伊泥多知 和可礼奈婆 見奴日佐麻祢美 孤悲思家武可母 <一云 不見日久弥 戀之家牟加母>

       (大伴家持 巻十七 三九九五)

 

≪書き下し≫玉桙(たまほこ)の道に出で立ち別れなば見ぬ日さまねみ恋(こひ)しけむかも <一には「見ぬ日久しみ恋しけむかも」といふ>

 

(訳)都への遠い道に足を踏み入れてお別れしてしまったならば、お逢(あ)いできない日がずっと重なるので、恋しくてならないことでしょう。<お逢いできない日が長く続くので恋しくてならないでしょう。(同上)

(注)見る日さまねみ:逢えぬ日がずっと続くので。「さまねみ」は「さまねし」のミ語法。(伊藤脚注)

(注の注)さまねし 形容詞:数が多い。たび重なる。 ※「さ」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)「一云」の下二句は初案であろう。巻十七以下の「一云」は家持の歌に集中する。(伊藤脚注)

 

 左注は、「右一首大伴宿祢家持作」<右の一首は、大伴宿禰家持作る>である。

 

 

■三九九六歌■

◆和我勢古我 久尓敝麻之奈婆 保等登藝須 奈可牟佐都奇波 佐夫之家牟可母

       (内蔵忌寸縄麻呂 巻十七 三九九六)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)が国へましなばほととぎす鳴かむ五月(さつき)は寂(さぶ)しけむかも

 

(訳)あなたが大和の国へいらっしゃってしまったならば、時鳥がこの里まで来て鳴く五月は、さぞさびしくてならないことでしょう。(同上)

(注)ます【坐す・座す】自動詞:①いらっしゃる。おいでである。おありである。▽「あり」の尊敬語。②いらっしゃる。おいでになる。▽「行く」「来(く)」の尊敬語。(学研)

 

左注は、「右の一首は、介内蔵忌寸縄麻呂作之」<右一首介(すけ)内蔵忌寸縄麻呂(くらのいみきつなまろ)作る>である。

 

 三九九六・三九九七歌については、「五月」を詠った歌の中で拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1819)」で紹介している。

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■三九九八歌■

題詞は、「石川朝臣水通橘歌一首」<石川朝臣水通(いしかはのあそみみみち)が橘(たちばな)の歌一首>である。

 

◆和我夜度能 花橘乎 波奈其米尓 多麻尓曽安我奴久 麻多婆苦流之美

       (石川水通 巻十七 三九九八)

 

≪書き下し≫我がやどの花橘(はなたちばな)を花ごめに玉にぞ我(あ)が貫く待たば苦しみ

(注)石川水通:伝未詳。前歌の結句に引かれて持ち出された古歌。(伊藤脚注)

 

(訳)我が家の庭の花橘、その橘を、まだ花のあるうちに、糸に通して私は薬玉にします。ただ待つだけでは苦しくてやりきれないので。(同上)

(注)花橘:幼な妻の譬え。(伊藤脚注)

(注の注)はなたちばな【花橘】 ① 花の咲いている橘。橘の花。《季 夏》②襲かさねの色目の名。表は朽葉くちば色、裏は青。③香の名。軽くやわらかで涼しい香をもつ。➃紋所の名。柄のついた6個の小さな橘の花を向かい合わせ、その下に大きな橘の花を配したもの。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉)ここでは①の意

(注)花ごめ:まだ花のままである間にの意か。(伊藤脚注)

(注)玉にぞ我が貫く:共寝したことの譬え。(伊藤脚注)

 

左注は、「右一首傳誦主人大伴宿祢池主云尓」<右の一首は、伝誦(でんしよう)して主人(あるじ)大伴宿禰池主しか云ふ>である。

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1798)」で池主の歌すべてとこの伝誦歌についても紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫より)

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典