万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2303)―

 前稿で臼が峰往来(石仏峠)の歌碑の紹介が終わりました。万葉歌碑としては下記のように40基(重複や説明碑、平家物語関連などは除いて)が立てられていました。

 富山県氷見市葛葉臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑群 20230704撮影

 地元の愛好家さんたちの熱い思いが感じられるゾーンでした。きれいに整備されており思う存分万葉の世界を満喫することができました。

 紙面を借りて心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

 

 次は、富山県側の臼が峰山頂公園である。

 

●歌は、「こもよ みこもち ふくしもよ みふくし持ち この岳に 菜摘ます子 家のらせ 名のらさね そらみつ 倭の国は おしなべて われこそをれ 敷きなべて われこそませ 我をこそ 背とはのらめ(我こそはのらめ) 家をも名をも」である。

富山県氷見市葛葉 臼が峰山頂公園万葉歌碑(雄略天皇) 20230704撮影

●歌碑は、富山県氷見市葛葉 臼が峰山頂公園にある。

 

●歌をみていこう。

 題詞は、「泊瀬朝倉宮御宇天皇代 大泊瀬稚武天皇 天皇御製歌」<泊瀬(はつせ)の朝倉(あさくら)の宮に天(あめ)の下(した)知(し)らしめす天皇(すめらみこと)の代(みよ) 大泊瀬稚武天皇(おほはつせわかたけのすめらみこと) 天皇御製歌>である。

(注)泊瀬朝倉宮:第21代雄略天皇の営んだ宮です。雄略天皇の代には、熊本県や埼玉県の古墳から獲加多支鹵(ワカタケル)大王と雄略天皇の名を彫った鉄剣・鉄刀が出土していることから、大和朝廷の勢力が全国に及んでいたとされています。また、中国にも朝貢の記録があり、『宋書』(西暦502年完成)に記されている倭の五王、讃・珍・済・興、武のうち、武は、雄略天皇であるとされています。記紀に記されている三輪山大物主大神や葛城の一言主大神にかかわる逸話や、万葉集の巻頭を飾る妻問いの歌には、国の礎を固めつつある雄略天皇の力強く自信に溢れた様子がうかがえます。(桜井市HP)

 

◆籠毛與 美籠母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家告閑 名告紗根  虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背齒 告目 家呼毛名雄母

       (雄略天皇 巻一 一)

 

≪書き下し≫籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 堀串(ふくし)もよ み堀串(ぶくし)持ちこの岡(をか)に 菜(な)摘(つ)ます子 家告(の)れせ 名告(の)らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居(を)れ しきなべて 我れこそ居(を)れ 我れこそば 告(の)らめ 家をも名をも

 

(訳)おお、籠(かご)よ、立派な籠を持って、おお。堀串(ふくし)よ、立派な堀串を持って、ここわたしの岡で菜を摘んでおいでの娘さん、あなたの家をおっしゃい、名前をおっしゃいな。霊威満ち溢れるこの大和の国は、隅々までこの私が平らげているのだ。果てしもなくこのわたしが治めているのだ。が、わたしの方から先にうち明けようか、家も名も。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)もよ 分類連語:ねえ。ああ…よ。▽強い感動・詠嘆を表す。 ※上代語。 ⇒なりたち 係助詞「も」+間投助詞「よ」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)み- 【御】接頭語:名詞に付いて尊敬の意を表す。古くは神・天皇に関するものにいうことが多い。「み明かし」「み軍(いくさ)」「み門(みかど)」「み子」(学研)

(注の注)持ち物を通して娘子をほめている。

(注)ふくし【掘串】名詞:土を掘る道具。竹や木の先端をとがらせて作る。 ※後に「ふぐし」とも。(学研)

(注)菜摘ます:「菜摘む」の尊敬語

(注)のらす【告らす・宣らす】分類連語:おっしゃる。▽「告(の)る」の尊敬語。 ⇒なりたち 動詞「の(告)る」の未然形+尊敬の助動詞「す」(学研)

(注の注)家や名を告げるのは、結婚の承諾を意味する。

(注)そらみつ 分類枕詞:国名の「大和」にかかる。語義・かかる理由未詳。「そらにみつ」とも。(学研)

 (注)おしなぶ 他動詞:(一)【押し靡ぶ】押しなびかせる。「おしなむ」とも。(二)【押し並ぶ】①すべて同じように行きわたる。②並である。普通である。 ※(二)の「おし」は接頭語。(学研)

(注)しきなぶ【敷き並ぶ】自動詞:すべてにわたって治める。一帯を統治する。(学研)

(注)ます【坐す・座す】[一]自動詞:①いらっしゃる。おいでである。おありである。▽「あり」の尊敬語。②いらっしゃる。おいでになる。▽「行く」「来(く)」の尊敬語。(学研)

(注)こそ 係助詞:《接続》体言、活用語の連用形・連体形、副詞・助詞などに付く。上代では已然形にも付く。①〔上に付く語を強く指示し、文意を強調する〕ほかの事・物・人ではなく、その事・物・人。②〔「こそ…已然形」の句の形で、強調逆接確定条件〕…は…だけれど。…こそ…けれども。 参考⇒ばこそ・もこそ・あらばこそ

富山県氷見市葛葉 臼が峰山頂公園万葉歌碑(裏面) 20230704撮影

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その95改)」で、桜井市黒崎の白山神社(あたりは、雄略天皇泊瀬朝倉宮があったといわれている)の歌碑と、万葉集がこの地から始められたことを讃える意味でたてられた「萬葉集發耀讃仰碑(まんようしゅうはつようさんぎょうひ)」記念碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

■■石川県宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)→富山県氷見市葛葉臼が峰山頂公園■■

石川県宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)の歌碑巡りの次は富山県側に回り臼が峰山頂公園を目指す。山頂公園には雄略天皇の巻1‐1の歌碑と家持の巻17‐4025の歌碑とが立てられている。さらに近くの地蔵園地にも10基余りの歌碑が立てられていた。山頂には、親鸞聖人像も立てられている。

 山頂公園や地蔵園地の歌碑を巡っている間、石川県側から臼が峰往来を単車で上ってきた青年が一人いた以外は他の人とは結局出会わずじまいであった。

 臼が峰登山道へのふもと付近に「熊出没注意」看板が立てられていたが、幸いに熊とも遭遇しなかった。万葉ゾーンをほぼ独占できるのは大歓迎だが、「熊出没注意」の看板を見た以上緊張感は避けられない。

 

 臼が峰山頂公園の園内案内板である。ギボウシが真っ盛りであった。

富山県氷見市葛葉臼が峰山頂公園園内案内板 20230704撮影

 

 園内には、「氷見市指定名勝 臼が峰」の案内板も設置されており、「臼が峰は、標高二七〇メートル、富山県と石川県の県境にそびえる・・・天平二十年(748年)、越中国大伴家持能登巡行のために通った「之乎路(しをぢ)」は、この峠を経由したといわれる・・・平成八年には、この『御上使往来』が『臼が峰往来』として文化庁の『歴史の道百選』に選定された。

 山頂周辺には万葉歌碑、親鸞聖人銅像太子堂などがあり、古くからの歴史と、信仰の山であることが伺える。」と書かれている。

氷見市指定名勝 臼が峰」の説明案内板 20230704撮影

 

 親鸞聖人像や万葉歌碑があるところを通り過ぎしばらく行くと、臼が峰山頂公園から石川県側に下って行く「臼が峰往来」の案内碑が立てられている。ここを歩いていけば石仏峠に行けるのである。機会があれば踏破してみたいものである。

宝達志水町指定文化財「臼が峰往来」の案内碑 20230704撮影



 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「桜井市HP」

★「氷見市指定名勝 臼が峰の案内板」