万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2311)―

●歌は、「士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして」である。

             

富山県氷見市葛葉 臼が峰山頂公園地蔵園地万葉歌碑(山上憶良) 20230704撮影

●歌碑は、富山県氷見市葛葉 臼が峰山頂公園地蔵園地にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「山上臣憶良(やまのうへのおみおくら)、沈痾(ちんあ)の時の歌一首」である。

(注)ちんあ【沈痾】〘名〙: いつまでも全快の見込みのない病気。ながわずらい。痼疾。宿病。宿痾。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

◆士也母 空應有 萬代尓 語継可 名者不立之而

         (山上憶良 巻六 九七八)

 

≪書き下し≫士(をのこ)やも空(むな)しくあるべき万代(よろづよ)に語り継(つ)ぐべき名は立てずして

 

(訳)男子たるもの、無為に世を過ごしてよいものか。万代までも語り継ぐにたる名というものを立てもせずに。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より))

(注)「名をたてる」ことを男子たる者の本懐とする、中国の「士大夫思想」に基づく。「名」は政治上の栄誉だが、文学上の功(いさお)をも示す。(伊藤脚注)

 

左注は、「右の一首は、山上憶良の臣が沈痾(ちんあ)の時に、藤原朝臣八束(ふじはらのおみやつか)、河辺朝臣東人(かはへのあそみあづまひと)を使はして疾(や)める状(さま)を問はしむ。ここに、憶良臣、報(こた)ふる語(ことば)已(を)畢(は)る。しまらくありて、涕(なみた)を拭(のご)ひ悲嘆(かな)しびて、この歌を口吟(うた)ふ。」である。

(注)しまらく【暫らく】副詞:「しばらく①」に同じ。 ※「しばらく」の古い形。上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)しばらく 【暫く】副詞:①少しの間。一時。②かりそめに。一時的に。 ⇒参考:古くは「しまらく」。中古には主に漢文訓読系の文章に用いられ、和文には「しばし」を用いた。

(注)この歌を口吟(うた)ふ:この一首を辞世として、憶良は間もなく他界したらしい。(伊藤脚注)

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1152)」で紹介している。

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中西 進氏は、その著「古代史で楽しむ万葉集」(角川ソフィア文庫)の中で、「もはや死を覚悟した憶良の『須(しまらく)ありて』という、しばらくの沈黙は、その生涯への回想の無限の感慨を物語っていよう。その物思いの後に口吟した一首であれば、これは空しく死んでいく士われへの、悔恨の一首だったのであろう。」と書かれている。

 

 この歌に追和した歌を家持が作っている。これをみてみよう。

題詞は、「慕振勇士之名歌一首 并短歌」<勇士の名を振(ふる)はむことを慕(ねが)ふ歌一首 幷(あは)せて短歌」である。

 

◆知智乃實乃 父能美許等 波播蘇葉乃 母能美己等 於保呂可尓 情盡而 念良牟 其子奈礼夜母 大夫夜 無奈之久可在 梓弓 須恵布理於許之 投矢毛知 千尋射和多之 劔刀 許思尓等理波伎 安之比奇能 八峯布美越 左之麻久流 情不障 後代乃 可多利都具倍久 名乎多都倍志母

       (大伴家持 巻十九 四一六四)

 

≪書き下し≫ちちの実の 父の命(みこと) ははそ葉(ば)の 母の命(みこと) おほろかに 心尽(つく)して 思ふらむ その子なれやも ますらをや 空(むな)しくあるべき 梓弓(あづさゆみ) 末(すゑ)振り起し 投矢(なげや)持ち 千尋(ちひろ)射(い)わたし 剣(つるぎ)大刀(たち) 腰に取り佩(は)き あしひきの 八(や)つ峰(を)踏(ふ)み越え さしまくる 心障(さや)らず 後(のち)の世(よ)の 語り継ぐべく 名を立つべしも

 

(訳)ちちの実の父の命も、ははそ葉の母の命も、通り一遍にお心を傾けて思って下さった、そんな子であるはずがあろうか。されば、われらますらおたる者、空しく世を過ごしてよいものか。梓弓の弓末を振り起こしもし、投げ矢を持って千尋の先を射わたしもし、剣太刀、その太刀を腰にしっかと帯びて、あしひきの峰から峰へと踏み越え、ご任命下さった大御心のままに働き、のちの世の語りぐさとなるよう、名を立てるべきである。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ちちのみの【ちちの実の】分類枕詞:同音の繰り返しで「父(ちち)」にかかる。(学研)

(注の注)ちち:イヌビワ 葉や枝を折ったり実を傷つけたりすると白い乳液が出ることから、チチノキと呼ばれてきた。(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

(注)ははそばの【柞葉の】分類枕詞:「ははそば」は「柞(ははそ)」の葉。語頭の「はは」から、同音の「母(はは)」にかかる。「ははそはの」とも。(学研)

(注)おほろかなり【凡ろかなり】形容動詞:いいかげんだ。なおざりだ。「おぼろかなり」とも。(学研)

(注)や 係助詞《接続》種々の語に付く。活用語には連用形・連体形(上代には已然形にも)に付く。文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付く。 ※ここでは、文中にある場合。(受ける文末の活用語は連体形で結ぶ。):①〔疑問〕…か。②〔問いかけ〕…か。③〔反語〕…(だろう)か、いや、…ない。(学研) ここでは、③の意

(注)空しくあるべき:無為に過ごしてよいものであろうか。ここまで前段、次句以下後段。(伊藤脚注)

(注)さしまくる心障(さや)らず:御任命下さった大御心に背くことなく。「さし」は指命する意か。「まくる」は「任く」の連体形。(伊藤脚注)

(注の注)まく【任く】他動詞:①任命する。任命して派遣する。遣わす。②命令によって退出させる。しりぞける。(学研) ここでは①の意

(注の注)さやる【障る】自動詞:①触れる。ひっかかる。②差し支える。妨げられる。(学研)

 

◆大夫者 名乎之立倍之 後代尓 聞継人毛 可多里都具我祢

         (大伴家持 巻十九 四一六五)

 

≪書き下し≫ますらをは名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね

 

(訳)ますらおたる者は、名を立てなければならない。のちの世に聞き継ぐ人も、ずっと語り伝えてくれるように。(同上)

(注)長歌前段の末尾「ますらをや空しくあるべき」と後段の末尾「後の世の語り継ぐべく名を立つべしも」をまとめて強調した歌。

 

左注は、「右二首追和山上憶良臣作歌」<右の二首は、追和山上憶良臣(やまのうえのおくらのおみ)が作る歌に追(お)ひて和(こた)ふ>である。

(注)ついわ【追和】〘名〙: 前人をしのんだり、志を継承したりして、その歌や詩を受けて、歌を詠んだり、和韻したりすること。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その867)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

(注の注)にあった「ちち」(イヌビワ) 
松山市御幸町 護国神社・万葉苑において20220921撮影

 

 家持が追和した歌であるが、憶良との違いについて、高岡市万葉歴史館HP「080回『大夫は 名をし立つべし 後の代に』」の項に、「憶良が『士(をのこ)』と、官人としての英名を挙げることを歌うのに対し、家持は『ますらを』と、勇敢な武人としての英名を歌う点で相違します。長歌にも、・・・梓弓(あづさゆみ)  末振(すえふ)り起こし 投矢(なげや)持ち 千尋(ちひろ)射渡(いわた)し 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き・・・大伴家持(巻19・四一六四) とあり、武門大伴氏の名の継承の意識がうかがえます。」と書かれている。

高岡市万葉歴史館」 20201105撮影

 

 

 

 

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「高岡市万葉歴史館HP」