万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2330)―

●歌は、「石瀬野に秋萩しのぎ馬並めて初鳥猟だにせずや別れむ」である。

富山市松川べり 越中万葉歌石板⑫(大伴家持) 20230705撮影

●歌石板⑫は、富山市松川べり 越中万葉歌石板(大伴家持)である。

 

●歌をみていこう。

 

 この四二四九歌は書簡と四二四八歌からなる歌群である。

 題詞は、「以七月十七日遷任少納言 仍作悲別之歌贈貽朝集使掾久米朝臣廣縄之舘二首」<七月の十七日をもちて、少納言(せうなごん)に遷任(せんにん)す。よりて、悲別の歌を作り、朝集使掾(てうしふしじよう)久米朝臣廣縄(くめのあそみひろつな)が館(たち)に贈(おく)り貽(のこ)す二首>である。

 

 書簡、四二四八、四二四九歌と追ってみよう。

 

<◆書簡>既滿六載之期忽値遷替之運 於是別舊之悽心中欝結 拭渧之袖何以能旱 因作悲歌二首式遺莫忘之志 其詞曰

 

≪書簡書き下し≫すでに六載(ろくさい)の期(き)に満ち、たちまちに遷替(せんたい)の運(とき)に値(あ)ふ。ここに、旧(ふる)きを別るる悽(かな)しびは、心中に欝結(むすぼ)ほれ、渧(なみた)を拭(のご)ふ袖(そで)は、何をもちてか能(よ)く旱(ほ)さむ。よりて悲歌二首を作り、もちて莫忘(ばくぼう)の志を遺(のこ)す。その詞に曰はく、

(注)六載(ろくさい)の期(き):ここでは、足掛け六年。(伊藤脚注)

(注)せんたい【遷代・遷替】〘名〙:① 任期が満ちて、他の、一般には上級の官職に転じること。② 任期が限られていること。職が代わること。「永代」に対応して用いられる。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)ここでは①の意

(注)旧き:広縄は天平十九年(747年)以来の部下で、歌友。(伊藤脚注)

(注)むすぼほる【結ぼほる】自動詞:①(解けなくなるほど、しっかりと)結ばれる。からみつく。②(露・霜・氷などが)できる。③気がふさぐ。くさくさする。④関係がある。縁故で結ばれる。(学研)ここでは①の意

(注)莫忘<わすれないで、の意

(注の注)まな【勿・莫】感動詞:だめ。するな。▽禁止・制止を表す。 ⇒参考:漢文訓読の古い形では、「…することまな」のように用いられて副詞であるが、和文では、感動詞として用いる。(学研)

 

◆荒玉乃 年緒長久 相見氐之 彼心引 将忘也毛

       (大伴家持 巻十九 四二四八)

 

≪書き下し≫あらたまの年の緒(を)長く相見(あひみ)てしその心引(こころび)き忘らえめやも

 

(訳)長い年月の間、親しくおつきあいいただいた、その心寄せは、忘れようにもわすれられません。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より))

(注)相見(あひみ)てしその心引(こころび)き:親しくお付き合いいただいたご好意。(伊藤脚注)

(注の注)心引(ひ)く:心が傾く。関心が向く。好意を寄せる。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。  ⇒なりたち推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 

◆伊波世野尓 秋芽子之努藝 馬並 始鷹獏太尓 不為哉将別

        (大伴家持 巻十九 四二四九)≪

 

≪書き下し≫石瀬野(いはせの)に秋萩(あきはぎ)しのぎ馬並(な)めて初(はつ)鳥猟(とがり)だにせずや別れむ

 

(訳)石瀬野で、秋萩を踏みしだき、馬を勢揃いしてせめて初鳥猟だけでもと思っていたのに、それすらできずにお別れしなければならないのか。(同上)

(注)石瀬野:富山県高岡市庄川左岸の石瀬一帯か。(伊藤脚注)

(注)しのぐ【凌ぐ】他動詞①押さえつける。押しふせる。②押し分けて進む。のりこえて進む。③(堪え忍んで)努力する。(学研) ここでは②の意

(注)初鳥猟:その年初めて行われる鷹狩。鷹狩は秋から冬にかけて行われた。(伊藤脚注)

(注の注)とがり【鳥狩り】名詞:鷹(たか)を使って鳥を捕らえること。「とかり」とも。(学研)

 

左注は、「右八月四日贈之」<右は、八月の四日に贈る>である。

 

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その857)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

「石瀬野」については、高岡市万葉歴史館HP「越中万葉歌めぐり」次のように書かれている。

 

「『石瀬野』は、家持が好んで出かけた猟場のひとつです。そこが現在のどこにあたるかについては、高岡市石瀬付近説と富山市岩瀬付近説があり、どちらにもこの歌の歌碑が建てられています。

 

歌の内容から考えれば、『岩瀬野』は部下たちと気軽に出向くことのできる地であると思われるため、国府のあった現在の伏木に近い、高岡市石瀬近辺が有力視されています。」

 


 なお、東岩瀬の万葉歌碑は、富山県下で一番古い歌碑である。

 

 諏訪神社境内の万葉歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2323)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「高岡市万葉歴史館HP」