万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2359)―

■ちからしば■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「たち変り古き都となりぬれば道の芝草長く生ひにけり」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

一〇四七~一〇四九歌の題詞は、「悲寧楽故郷作歌一首并短歌」<寧楽の故郷を悲しびて作る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)故郷:古京の意。

(注)天平十三年(741年)元正天皇恭仁京遷都を行った折に詠った歌か。

 

 一〇四七(長歌)からみてみよう。

 

◆八隅知之 吾大王乃 高敷為 日本國者 皇祖乃 神之御代自 敷座流 國尓之有者 阿礼将座 御子之嗣継 天下 所知座跡 八百萬 千年矣兼而 定家牟 平城京師者 炎乃 春尓之成者 春日山 御笠之野邊尓 櫻花 木晩牢■鳥者 間無數鳴 露霜乃 秋去来者 射駒山 飛火賀▲丹 芽乃枝乎 石辛見散之 狭男壮鹿者 妻呼令動 山見者 山裳見皃石 里見者 里裳住吉 物負之 八十伴緒乃 打經而 思煎敷者 天地乃 依會限 萬世丹 榮将徃迹 思煎石 大宮尚矣 恃有之 名良乃京矣 新世乃 事尓之有者 皇之 引乃真尓真荷 春花乃 遷日易 村鳥乃 旦立徃者 刺竹之 大宮人能 踏平之 通之道者 馬裳不行 人裳徃莫者 荒尓異類香聞

田辺福麻呂 巻六 一〇四七)

    ※ ■は「白」に「八」である、 ▲はやまへんに鬼である

 

≪書き下し≫やすみしし 我が大君の 高敷(たかし)かす 大和の国は すめろきの 神の御代(みよ)より 敷きませる 国にしあれば 生(あ)れまさむ 御子の継ぎ継ぎ 天(あめ)の下(した) 知らしまさむと 八百万(やほよろづ) 千年(ちとせ)をかねて 定めけむ 奈良の都は かぎろひの 春にしなれば 春日山 三笠の野辺(のへ)に 桜花(さくらばな) 木(こ)の暗隠(くれがく)り 貌鳥(かほどり)は 間(ま)なくしば鳴く 露霜の 秋去り来れば 生駒山 飛火(とぶひ)が岳に 萩の枝(え)を しがらみ散らし さを鹿は 妻呼び響(とよ)む 山見れば 山も見が欲(ほ)し 里見れば 里も住みよし もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)の うちはへて 思へりしくは 天地の 寄り合ひの極(きは)み 万代(よろづよ)に 栄え行かむと 思へりし 大宮すらを 頼めりし 奈良の都を 新代(あらたよ)の ことにしあれば 大君の 引きのまにまに 春花(はるはな)の うつろひ変はり 群鳥(むらとり)の 朝立ち行けば さす竹の 大宮人の 踏み平(なら)し 通ひし道は 馬もいかず 人も行かねば 荒れにけるかも

 

(訳)あまねく天下を支配されるわれらの大君が治められている日の本の国は、皇祖の神の御代以来ずっとお治めになっている国であるから、この世に現れ給う代々の御子が次々にお治めになるべきものとして、千年にも万年にもわたるとこしえの都としてお定めになったこの奈良の都は、陽炎の燃える春ともなると、春日山の麓の御笠の野辺で、桜の花の木陰に隠れて、貌鳥(かほどり)はとくに絶え間なく鳴き立てる。露が冷たく置く秋ともなると、生駒山の飛火が岳で、萩の枝をからませ散らして、雄鹿は妻呼び求めて声高く鳴く。山を見れば山も見飽きることがないし、里を見れば里も住み心地がよい。もろもろの大宮人がずっと心に思っていたことには、天地の寄り合う限り、万代ののちまでも栄え続けるであろうと、そう思っていた大宮であるのに、そのように頼りにしていた奈良の都であったのに、新しい御代(みよ)になったこととて、大君のお指図のままに、春の花が移ろうように都が移り変わり、群鳥が朝立ちするように人びとがいっせいに去って行ってしまったので、今まで大宮人たちが踏み平(な)らして往き来していた道は、馬も行かず人も通わないので、今はまったく荒れ放題になってしまった。(伊藤 博著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)やすみしし 【八隅知し・安見知し】分類枕詞:国の隅々までお治めになっている                   意で、「わが大君」「わご大君」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たかしく【たかしく】他動詞:立派に治める(学研)

(注)すめろき【天皇】:天皇。「すめろぎ」「すめらぎ」「すべらき」とも。(学研)

(注)かほとり【貌鳥・容鳥】鳥の名。未詳。顔の美しい鳥とも。「かっこう」とも諸説ある。「かほどり」とも。(学研)

(注)とぶひがたけ【飛火が岳】:合図のための烽火台のある峰。(伊藤脚注)

(注)しがらみ散らし:からみつかせて散らし。(伊藤脚注)

(注の注)しがらむ【柵む】他動詞:①からみつける。からめる。②「しがらみ」を作りつける。(学研)

(注)やそ【八十】名詞:八十(はちじゅう)。数の多いこと。(学研)

(注)とも【伴】名詞:(一定の職能をもって朝廷に仕える)同一集団に属する人々。(学研)

(注)うちはへ【打ち延へ】副詞:①ずっと長く。②特に。(学研)ここでは①の意

(注)引きのまにまに:お導きのままに。(伊藤脚注)

(注の注)まにまに【随に】分類連語:①…に任せて。…のままに。▽他の人の意志や、物事の成り行きに従っての意。②…とともに。▽物事が進むにつれての意。 ⇒参考 名詞「まにま」に格助詞「に」の付いた語。「まにま」と同様、連体修飾語を受けて副詞的に用いられる。(学研)ここでは①の意

(注)はるはなの【春花の】分類枕詞:①春の花が美しく咲きにおう意から「盛り」「にほえさかゆ」にかかる。②春の花をめでる意から「貴(たふと)し」や「めづらし」にかかる。③春の花が散っていく意から「うつろふ」にかかる。(学研)ここでは③の意

(注)むらとりの【群鳥の】分類枕詞:群がった鳥が、朝いっせいに飛び立つところから「朝立つ」「群(むら)立つ」「出(い)で立つ」などにかかる。(学研)

(注)さすたけの【刺す竹の】分類枕詞:「君」「大宮人」「皇子(みこ)」「舎人男(とねりをとこ)」など宮廷関係の語にかかる。「さすだけの」とも。竹の旺盛(おうせい)な生命力にかけて繁栄を祝ったものか。「さすたけの大宮人」(学研)

 

 

 

短歌もみてみよう。

◆立易 古京跡 成者 道之志婆草 長生尓異煎

      (田辺福麻呂 巻六 一〇四八)

 

≪書き下し≫たち変り古き都となりぬれば道の芝草(しばくさ)長く生(お)ひにけり

 

(訳)打って変わって、今や古びた都となってしまったので、道の雑草、ああこの草も、丈高く生(お)い茂ってしまった。(同上)

(注)たちかわり〔‐かはり〕【立(ち)代(わ)り】[副]:代わる代わる。たびたび。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

◆名付西 奈良乃京之 荒行者 出立毎尓 嘆思益

        (田辺福麻呂 巻六 一〇四九)

 

≪書き下し≫なつきにし奈良の都の荒れゆけば出(い)で立つごとに嘆きし増(ま)さる

 

(訳)すっかり馴染となった奈良の都が日ごとにあれすさんでゆくので、外に出で立って見るたびに、嘆きはつのるばかりだ。(同上)

(注)なつきにし:慣れ親しんだ

 

 

 

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 この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その83改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 「しばくさ」については、「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)に、「『しばくさ』は庭などに植える今日の『芝』とは異なり、道などの雑草をさす。」と書かれている。

 

 「しばくさ」を詠んだ歌は、万葉集ではもう一首が収録されている。

 こちらもみてみよう。

 

◆疊薦 隔編數 通者 道之柴草 不生有申尾

       (作者未詳 巻十一 二七七七)

≪書き下し≫畳薦(たたみこも)隔(へだ)て編(あ)む数(かず)通(かよ)はさば道の芝草(しばくさ)生(お)ひずあらましを

 

(訳)畳にする薦を隔て隔てして編む、その編目の数ほども、しげしげとお通い下さったならば、通い道の草は生い茂りはしなかったでしょうに。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)畳薦隔て編む数:数の多いことの譬え。(伊藤脚注)

(注の注)たたみこも【畳薦】分類枕詞:敷物の薦(こも)を幾重にも重ねることから、「重(へ)」と同じ音を含む地名「平群(へぐり)」や、「隔(へだ)つ」にかかる。「たたみこも平群の山」(学研)

 

 遠のいた男への恨みの歌である。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉