万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2516)―

●歌は、「ひさかたの天の門開き高千穂の岳に天降りしすめろきの神の御代よりはじ弓を手握り持たし・・・」である。

茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森万葉歌碑(大伴家持) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

 四四六五から四四六七歌の題詞は、「喩族歌一首幷短歌」<族(うがら)を喩(さと)す歌一首幷(あは)せて短歌>である。

 

比左加多能 安麻能刀比良伎 多可知保乃 多氣尓阿毛理之 須賣呂伎能 可未能御代欲利 波自由美乎 多尓藝利母多之 麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖 於保久米能 麻須良多祁乎ゝ 佐吉尓多弖 由伎登利於保世 山河乎 伊波祢左久美弖 布美等保利 久尓麻藝之都ゝ 知波夜夫流 神乎許等牟氣 麻都呂倍奴 比等乎母夜波之 波吉伎欲米 都可倍麻都里弖 安吉豆之萬 夜萬登能久尓乃 可之波良能 宇祢備乃宮尓 美也婆之良 布刀之利多弖氐 安米能之多 之良志賣之祁流 須賣呂伎能 安麻能日継等 都藝弖久流 伎美能御代ゝゝ 加久左波奴 安加吉許己呂乎 須賣良弊尓 伎波米都久之弖 都加倍久流 於夜能都可佐等 許等太弖氐 佐豆氣多麻敝流 宇美乃古能 伊也都藝都岐尓 美流比等乃 可多里都藝弖氐 伎久比等能 可我見尓世武乎 安多良之伎 吉用伎曽乃名曽 於煩呂加尓 己許呂於母比弖 牟奈許等母 於夜乃名多都奈 大伴乃 宇治等名尓於敝流 麻須良乎能等母

        (大伴家持 巻二十 四四六五)

 

≪書き下し≫ひさかたの 天(あま)の門(と)開き 高千穂の 岳(たけ)に天降(あも)りし すめろきの 神の御代(みよ)より はじ弓を 手(た)握(にぎ)り持たし 真鹿子矢(まかごや)を 手挟(たばさ)み添へて 大久米(おほくめ)の ますらたけをを 先に立て 靫(ゆき)取り負(お)ほせ 山川を 岩根(いはね)さくみて 踏み通り 国(くに)求(ま)ぎしつつ ちはやぶる 神を言向(ことむ)け まつろはぬ 人をも和(やは)し 掃き清め 仕(つか)へまつりて 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国の 橿原の 畝傍(うねび)の宮に 宮柱(みやばしら) 太知(ふとし)り立てて 天の下 知らしめしける 天皇(すめろき)の 天の日継(ひつぎ)と 継ぎてくる 君の御代(みよ)御代(みよ) 隠さはぬ 明(あか)き心を 皇辺(すめらへ)に 極(きは)め尽して 仕へくる 祖(おや)の官(つかさ)と 言(こと)立(だ)てて 授けたまへる 子孫(うみのこ)の いや継(つ)ぎ継(つ)ぎに 見る人の 語りつぎてて 聞く人の 鏡にせむを あたらしき 清きその名ぞ おぼろかに 心思ひて 空言(むなこと)も 祖(おや)の名絶つな 大伴の 氏(うぢ)と名に負(お)へる ますらをの伴(とも)

 

(訳)遥かなる天つ空の戸、高天原(たかまのはら)の天の戸を開いて、葦原(あしはら)の国高千穂(たかちほ)の岳(たけ)に天降(あまくだ)られた皇祖(すめろき)の神の御代から、はじ木の弓を手にしっかりと握ってお持ちになり、真鹿子矢(まかごや)を手挟み添え、大久米のますら健男(たけお)を前に立てて靫を背負わせ、山も川も、岩根を押し分けて踏み通り、居(い)つくべき国を探し求めては、荒ぶる神々をさとし、従わぬ人びとをも柔らげ、この国を掃き清めお仕え申し上げて、蜻蛉島大和の国の橿原の畝傍の山に、宮柱を太々と構えて天の下をお治めになった天皇(すめろき)、その尊い御末(みすえ)として引き継いでは繰り返す大君の御代御代のその御代ごとに、曇りのない誠の心をありったけ日継ぎの君に捧げつくして、ずっとお仕え申してきた先祖代々の大伴の家の役目であるぞと、ことさらお言葉に言い表わして、我が大君がお授け下さった、その祖(おや)の役目を継ぎ来り継ぎ行く子々孫々、その子々孫々のいよいよ相続くように、いや継ぎ継ぎに、目に見る人に語り継ぎに讃め伝えて、耳に聞く人は末々の手本(かがみ)にもしようものを、ああ、貶(おとし)めてはもったいない清らかな継ぎ来り継ぎ行くべき名なのだ。おろそかに軽く考えて、かりそめにも祖先の名を絶やすでないぞ。大伴の氏と、由来高く清き名に支えられている、ますらおたちよ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)はじ弓:やまはぜで作った弓

(注)真鹿子矢(まかごや):鹿の角などを用いた矢か。

(注)あたらし【惜し】もったいない。惜しい。※参考「あたらし」と「をし」の違い 「を(惜)し」が自分のことについていうのに対し、「あたらし」は外から客観的に見た気持ちをいう。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)おほろかなり【凡ろかなり】形容動詞:いいかげんだ。なおざりだ。「おぼろかなり」とも。 ※上代語。(学研)

(注)むなこと【空言・虚言】名詞:うそ。裏付けのない言葉。(学研)

(注の注)むなことも:かりそめにも

 

「はじ弓」については、万葉神事語辞典(國學院大學デジタルミュージアム)に次のように書かれている。

「櫨(山漆)で作った弓。はじはハゼの木の別名で、ウルシ科の落葉高木。記の上巻には、天から降った天若日子が、後に天から派遣されて来た雉の鳴女を射殺すのに『天のはじ弓』を用いている。この弓は天つ神から賜ったものである。また、邇々芸命が天より降るに際して、先導した天忍日命と天津久米命の二人は、堅固な矢筒や大剣を身につけ、『天のはじ弓』を手に持って仕えたとある。紀の神代下にも同様に記されており、ここでいう『天のはじ弓』は天より賜った神聖な弓であることが知られる。万葉集では、大伴家持の『族を喩す歌』(20-4465)において、大伴氏の過去の栄光の歴史を述べるにあたって、一族の祖である天忍日命の故事を『皇祖の 神の御代より はじ弓を 手握り持たし』とうたっている。ここでも、はじ弓は天より賜った神聖な弓としてよまれている。はじ弓は、ハゼの木の堅固さのみではなく、漆の呪的力によって敵を威圧する武器と考えられた象徴的な弓である。」

(注)あめのわかひこ【天若日子天稚彦】:日本神話で、天孫降臨に先だち、高天原(たかまがはら)から葦原(あしはら)の中つ国の平定に遣わされた神。出雲に降ったまま復命せず、詰問の使者として雉(きじ)が派遣されてくるとこれを射殺したが、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)にその矢を射返されて死んだ。あめわかひこ。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)ななきめ【名鳴女】〘名〙:① (自分の名を呼んで鳴くというところから、一語と誤解してできた語) 「古事記‐上」で、使いに出されて復命しない天若日子の責任を追及するために葦原の中つ国につかわされた雉のこと。現在では「雉、名は鳴女」と読み、「雉で名を鳴女というもの」と解している。

② 雉の異称。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)ににぎのみこと【瓊瓊杵尊邇邇芸命】:日本神話で、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫。天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)の子。天照大神の命令で、葦原の中つ国を統治するため、高天原(たかまがはら)から日向(ひゅうが)高千穂峰に天降ったとされる。木花開耶姫(このはなのさくやびめ)を妻とし、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)を生んだ。天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)(コトバンク デジタル大辞泉

(注)あまのおしひのみこと【天忍日命】:記紀などに見える神。高天原の武神。大和朝廷の軍事を担当した大伴氏の祖神。天孫降臨の時、天津久米命(あまつくめのみこと)とともに弓、矢、剣を携えて瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を先導した。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)天津久米命 (あまつくめのみこと):記・紀にみえる神。久米氏の祖先神。邇邇芸命(瓊瓊杵尊)(ににぎのみこと)が降臨するとき、大伴氏の祖先神の天忍日命(あめのおしひのみこと)とともに先導をしたといわれる。「日本書紀」では天槵津大来目(あめのくしつのおおくめ)といい、天忍日命の従属神としているが,「古事記」では対等の神と位置づけられている。(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

 

 

 天平勝宝八年(756年)大伴家がよりどころにしていた橘諸兄が失脚、聖武上皇崩御され、大伴一族の年長者で国守級の大伴古慈悲が讒言により朝廷を誹謗したとして捕えられる解任されたこの事件は、大伴氏一族に大きな衝撃を与えたのである。藤原仲麻呂の大伴氏ら守旧派に対するあからさまな挑戦であった。

六月十七日、家持は危機感から「族(やから)を喩(さと)す歌」を詠み、自重を訴えているが、この歌が一族に対していかほどの力を持ったのだろう。結果的に家持の独白であり、力をもって反仲麻呂に立ち上がる意思のないことを表明したにすぎなかったのである。

 

 

四四六五から四四六七歌の題詞は、「喩族歌一首幷短歌」<族(うがら)を喩(さと)す歌一首幷(あは)せて短歌>である。

 

四四六八、四四六九歌の題詞は、「臥病悲無常欲修道作歌二首」<病に臥して無常(むじやうを悲しび、道を修めむと欲(おも)ひて作る歌二首>である。

(注)道:仏の道

 

 そして四四七〇歌の題詞は、「願壽作歌一首」<寿(いのち)を願ひて作る歌一首>である。

 

四四六五から四四七〇歌の歌群の左注は、「以前歌六首六月十七日大伴宿祢家持作」<以前(さき)の歌六首は、六月の十七日に大伴宿禰家持作る>である。

 

家持の動揺ぶりがうかがえる歌群である。

この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1128)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉神事語辞典」 (國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典