●歌は、「高円の野の上の宮は荒れにけり立たしし君の御代還そけば(大伴家持 20-4506)」である。
【高円山】
「大伴家持(巻二十‐四五〇六)(歌は省略) 高円(たかまど)山は春日山の南に地獄谷をはさんでつづく山(四六一メートル)で、その西麓白毫寺(びゃくごうじ)付近から鹿野園(ろくやおん)方面にかけての傾斜地が高円の野である。こんにちは『たかまど』とよんでいる。ここもまた平城京裡に近く、奈良の時代を通じて貴族らの遊楽の地であった。・・・時には狩りが行われ、時には壺酒をさげて逍遥し、霧・露・風・月につけ、鶯・雁・鹿など、また桜・なでしこ・おみなえし・葛・萩・尾花・もみじなどにつけて四季の景趣に風雅がつくされていた。
聖武天皇の行幸のあった高円離宮の宮址は不明だが、白毫寺付近の丘陵地であったかもしれない。孝謙天皇の天平勝宝六年(七五四)、当時兵部少輔だった家持は離宮の好風を偲んで、(巻二十‐四三一五)(歌は省略)とたたえたが、それから二年後の同八年五月には、家持があがめる聖武上皇は亡くなられ、藤原仲麻呂の専横のままとなって、一方に橘奈良麻呂ら反仲麻呂派のクーデター計画はすすめられ、翌天平宝字元年には、橘諸兄(もろえ)の死、廃太子事件、仲麻呂の紫微内相(しびのないしょう)(光明皇太后宮の長官)就任、奈良麻呂の事変と、時代は急転直下の政治不安をかもしてきた。
はじめの歌は事変に同族の多くを失って孤立無縁においやられた家持の、天平宝字二年二月の作である。もう家持の目にも心にも、荒廃に帰してしまった高円離宮、『立たしき君』聖武の時代へのはかない回想のみがよみがえるのだ。」(「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻二十 四五〇六歌をみていこう。
■■巻二十 四五〇六~四五一〇歌■■
題詞「依興各思高圓離宮處作歌五首」<興に依りて、おのもおのも高円(たかまと)の離宮処(とつみやところ)を思ひて作る歌五首>である。
(注)おのもおのも 〘 名詞 〙: ( 「も」は強めの助詞 ) おのおの。それぞれ。めいめい。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
(注)思ひて作る歌:清麻呂邸で思う意だが、現場に臨んだ形で歌っている。(伊藤脚注)
■巻二十 四五〇六歌■
◆多加麻刀能 努乃宇倍能美也波 安礼尓家里 多々志々伎美能 美与等保曽氣婆
(大伴家持 巻二十 四五〇六)
≪書き下し≫高円(たかまと)の野の上(うへ)の宮は荒れにけり立たしし君の御代(みよ)還(とほ)そけば
(訳)高円の野の上の宮はすっかり人気なくなってしまった。ここにお立ちになった大君の御代が、遠のいて行くので。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)立たしし君:国見に立たれた大君。二年前に崩じた聖武天皇をいう。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1086)」で、天平宝字元年十二月の三形王宅の宴席の四四九〇歌以降、家持の歌は、だらだらと宴会歌が続くなかの一首として紹介している。そこには、かつてのような前向きな、明日を夢見る気持ちはなく、かつての親しい仲間を失い、体制の中に捉われ懐古に浸る歌が多い。しかも、歌を準備するも奏上できなかったものも多い。家持のオーラが萎え、進み出て奏上する場の空気もないのであろう。
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次に、巻二十‐四三一五歌もみてみよう。
■巻二十 四三一五歌■
◆宮人乃 蘇泥都氣其呂母 安伎波疑尓 仁保比与呂之伎 多加麻刀能美夜
(大伴家持 巻二十 四三一五)
≪書き下し≫宮人(みやひと)の袖付(そでつ)け衣(ころも)秋萩(あきはぎ)ににほひよろしき高円(たかまと)の宮(みや)
(訳)宮仕えの女官たちの着飾っている長袖の着物、その着物の色が秋萩の花に照り映えてよく似合う、高円の宮よ。(同上)
(注)四三一五~四三二〇までの六首、聖武天皇離宮のあった高円の秋野を難波で想い見る歌。この一首は野の中心である離宮をほめる冒頭歌。(伊藤脚注)
(注)そでつけごろも【袖付け衣】:① 端袖(はたそで)のついた長袖の衣。② 袖のついた衣。肩衣(かたぎぬ)に対していう。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) ここでは①の意
(注)高円の宮:…中腹には,天智天皇の皇子志貴皇子(しきのみこ)の離宮を寺としたと伝えられる白毫(びやくごう)寺がある。《万葉集》には,聖武天皇が〈高円の野〉で遊猟したときの歌や,同天皇の離宮と考えられる〈高円の宮〉を詠んだ歌などがみえる。歌枕で,萩や月など秋の景物がよく詠まれる。…(コトバンク 世界大百科事典より)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その37改)」で、四三一五~四三二〇までの六首、四三一九歌の歌碑とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「コトバンク 世界大百科事典」