●歌は、「我妹子に衣春日の宜寸川よしもあらぬか妹が目を見む(作者未詳 12-3011)」である。
【よしき川】
「作者未詳(巻十二‐三〇一一)(歌は省略) 東大寺南大門の手前の小橋の下を流れる小流が宜寸(よしき)川で、いま吉城(よしき)川と書いている。春日山中若草山と御蓋山のあいだに発して、水谷(みずや)神社・南大門前・氷室神社の北をすぎ、やがて暗渠となって、奈良女子大学の北側、法蓮(ほうれん)南町で佐保川にそそいでいる。・・・春日野の域中を西流する川だから、『春日の宜寸川』とあるのだ。『てがかりもないものかなあ、あの女(ひと)にあいたいものだ』という主想をいいたいために、『いとしい女(ひと)に衣を貸す』で『かすが』の音をひき起こし、『よしき川』で『よし』の音をひき起しているもので、結局上三句は『よし』の序となっている。・・・序の巧みさにかかっているような歌だ。・・・
春日野にはもう一つ、率(いさ)川がある。春日若宮の東南紀伊社の南に発して、高畑(たかばたけ)の高地のあいだを西流し、猿沢池・率川神社の南をすぎて、大安寺町で佐保川にそそぐ川だ・・・
(巻七‐一一一二)(歌は省略)『(はねかずらを今つけている恋人がうら若いのでいざとさそいたくなる、その)率川の音のさわやかなことよ』と、これも『いざ』までは序になっている。川音のさやけさと、年ごろのおとめのういういしさとかよいあって、率川の音がことのほか清新にきこえる歌だ。」(「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻十二 三〇一一歌をみていこう。
■巻十二 三〇一一歌■
◆吾妹兒尓 衣借香之 宜寸川 因毛有額 妹之目乎将見
(作者未詳 巻十二 三〇一一)
≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)に衣(ころも)春日(かすが)の宜寸川(よしきがは)よしもあらぬか妹(いも)が目を見む
(訳)いとしい子に衣を貸すという、春日の宜寸川、その名のように何かよしでもないものか。あの子と逢いたくて仕方がない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)「衣」までは貸す意で「春日」を、上三句は同音で「宜寸川」を起す序。(伊藤脚注)
(注)宜寸川:春日山北方から西流して佐保川に注ぐ小川。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1053)」で、二重の序の歌とともに紹介している。
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「宜寸川(吉城川)」については、下記の地図を参照してください。
次に、巻七 一一一二歌をみてみよう。
■巻七 一一一二歌■
◆波祢蘰今為妹乎浦若三去来率去河之音之清左
(作者未詳 巻七 一一一二)
≪書き下し≫はねかづら今する妹(いも)をうら若みいざ率川(いざかは)の音のさやけさ
(訳)はねかずらを今着けたばかりの子の初々(ういうい)しさに、さあおいでと誘ってみたい、そのいざという名の率川(いざがわ)の川音の、何とまあすがすがしいことか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫よ)
(注)はねかづら:髪飾りの鬘。若い女がつける。「いざ」まで序。「率川」を起す。(伊藤脚注)
(注)うらわかし【うら若し】形容詞:①木の枝先が若くてみずみずしい。②若くて、ういういしい。 ⇒参考:①の用例の「うら若み」は、形容詞の語幹に接尾語「み」が付いて、原因・理由を表す用法。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
(注)いざ 感動詞:①さあ。▽人を誘うときに発する語。②どれ。さあ。▽行動を起こすときに発する語。 ⇒注意:「いさ」は別語。(学研)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その36改)」で率川神社の歌碑とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「グーグルマップ」