万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その58改)―奈良県天理市中山町長岳寺北山の辺の道沿い―万葉集 巻二 二一二

万葉歌碑を訪ねて―その58―

●歌は、「衾ぢを引手の山に妹を置きて山道を行けば生けりともなし」である。

 「泣血哀慟歌」と呼ばれる歌群の中の短歌である。

 

f:id:tom101010:20190428222703j:plain

奈良県天理市中山町山の辺の道沿い万葉歌碑(柿本人麻呂

●歌碑は、奈良県天理市中山町長岳寺北山の辺の道沿いにある。

 

●歌をみていこう。

 

◆衾道乎 引手乃山尓 妹乎置而 山徑往者 生跡毛無

                     (柿本人麻呂 巻二 二一二)

 

≪書き下し≫衾道(ふすまぢ)を引手(ひきで)の山に妹を置きて山道(やまぢ)行けば生けりともなし

(訳)衾道よ、その引手の山にあの子を置き去りにして、山道をたどると、生きているとも思えない。

(注)ふすまぢを【衾道を】:地名「引手の山」にかかる枕詞。

     「衾道」を地名と見なし、これを枕詞としない説もある。(goo辞書)

 

 この歌は、題詞「柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首幷短歌」(柿本朝臣人麻呂、妻死にし後に、泣血哀慟(きふけつあいどう)して作る歌二首幷(あは)せて短歌)とあり、二群の長反歌になっているうちの一首である。「二〇七(長歌)、二〇八、二〇九(反歌)」と「二一〇(長歌)、二一一、二一二(反歌)」の二群である。さらに「或本の歌に日はく」とあり、長歌一首と短歌三首が収録されている。

 

 柿本人麻呂が活躍したのは、天武・持統・文武の三代である。

天武朝における人麻呂の作歌活動は、万葉集の中に収められている「柿本朝臣人麻呂歌集によって知られる。短歌・旋頭歌・長歌計三百六十余首を含むという。

口誦から記載への過渡期であることから、この人麻呂歌集が万葉集に与えた影響は計り知れないという。

また、歌の作り方というか作詩法が前代と著しく異なっている。たとえば、枕詞の多用であるといわれる。口誦の形式を利用しながら、あらたにそれを詩的に高揚させていることが指摘されている。

 人麻呂は「宮廷歌人」である。「私」の感情で歌をうたうのではなく、「公」の立場でうたうのである。しかし、この歌碑にある反歌を含む歌群は、妻の死を悲しむことを歌いうることを示したということが万葉集に対し大きなインパクトを与えたと考えられている。

 神野志隆光氏は「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」のなかで、「妻の死は私的なものです。それを歌にするとはどういうことか。伊藤博『歌俳優の哀歌』(塙書房)が、『この二首の文体は、終始、他人を意識し他人に語りかけたような表現を採用している』とのべたことが本質を衝いています。伊藤は『歌による私小説とでも称すべき性格』とも言いましたが、いいなおせば、妻の死を歌うことが、他者に示す歌として可能であるものとして実現して見せたということです。」

 このように、「泣血哀慟歌」をも収録していることが、万葉集万葉集たる所以であろう。

 柿本人麻呂歌集の「略体」書記についても、神野志隆光氏は、文字表現の可能性をひらく試みだと指摘されている。これに関しては別の機会に取り上げてみたい。

 

 万葉集における柿本人麻呂の位置づけは計り知れないものがある。これまで人麻呂といえば、「東の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ」の歌くらいしか頭になかったが、少し万葉集をかじってみると万葉集万葉集たる所以を確固たるものにしている影響力のすごさに驚かされる。まだまだ理解しえないことが多々あるが、一歩、一歩近づいていきたい。

 

 

 国道169号線の中山を東側に折れると、登りの細い道になる。農道を塗装した感じの道である。しばらく行くと、道端に物置らしきものがあり、その前が比較的広くなっているので、そこに車を止め、山の辺の道を頼りに歩いて歌碑を探す。南北の道沿いに杏?の木が植わっており、鮮やかなピンク色の花をつけている。十字路を抜けると、開けた見晴らしの良い場所に出る。道沿いに木の囲いがあり中にテーブルとベンチが備わっている、そこでお年をめしたご婦人が二人お弁当を食べている。

その前に、歌碑がひっそりと建てられていた。

f:id:tom101010:20190428223123j:plain

山の辺の道と歌碑

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と世界」 神野志隆光 著

                     (東京大学出版会

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「goo辞書」