万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その138)―奈良県橿原市四分町 鷺栖神社―万葉集 巻二 二〇〇

 

●歌は、「久方の天知らぬる君ゆゑに日月も知らず戀ひ渡るかも」である。

 

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奈良県橿原市四分町鷺栖神社境内万葉歌碑(柿本人麻呂

 この歌碑は、奈良県橿原市四分町(しぶちょう)鷺栖神社(さぎすじんじゃ)にある。

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鷺栖神社銘碑と境内

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鳥居と拝殿

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本殿

 飛鳥川沿いにある。土手が高くなっており、神社前の車を止め境内まで降りて行く。今日(6月30日)は橿原市の残りの歌碑3か所(鷺栖神社、別所池、牟佐坐神社)を巡ったあと、いよいよ明日香村(犬養孝万葉記念館を皮切りに)に挑戦する。

 

歌をみていこう。

◆久堅之 天所知流 君故尓 日月毛不知 戀渡鴨

                 (柿本人麻呂 巻二 二〇〇)

 

≪書き下し≫ひさかたの天(あめ)知らしぬる君(きみ)故(ゆゑ)に日月(ひつき)も知らず恋ひわたるかも

 

(訳)ひさかたの天(あめ)をお治めになってしまわれたわが君がゆえに、日月の経つのも知らず、われらはただひたすらお慕い申し上げている。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌は、長歌一九九歌と短歌二首(二〇〇、二〇一歌)の歌群の内の一首である。題詞は、「高市皇子尊城上殯宮之時柿本朝臣人麿作歌一首并短歌」<高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのへ)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麿が作る歌一首并(あは)せて短歌>である。

 

長歌と短歌のもう一首をみていこう。

 

◆桂文 忌之伎鴨<一云、由遊志計礼杼母> 言久母 綾尓畏伎 明日香乃 真神之原尓 久堅能 天都御門乎 懼母 定賜而 神佐扶跡 磐隠座 八隅知之 吾大王乃 所聞見為 背友乃國之 真木立 不破山越而 狛釼 和射見我原乃 行宮尓 安母理座而 天下 治賜<一云、拂賜而> 食國乎 定賜等 鷄之鳴 吾妻乃國之 御軍士乎 喚賜而 千磐破 人乎和為跡 不奉仕 國乎治跡<一云、掃部等> 皇子随 任賜者 大御身尓 太刀取帶之 大御手尓 弓取持之 御軍士乎 安騰毛比賜 齊流 鼓之音者 雷之 聲登聞麻弖 吹響流 小角乃音母<一云、笛乃音波> 敵見有 虎可叭吼登 諸人之 恊流麻弖尓<一云、聞惑麻弖> 指擧有 幡之靡者 冬木成 春去来者 野毎 著而有火之<一云、冬木成 春野焼火之> 風之共 靡如久 取持流 弓波受乃驟 三雪落 冬乃林尓(一云、由布乃林) 飃可毛 伊巻渡等 念麻弖 聞之恐久<一云、諸人、見惑麻弖尓> 引放 箭計久 大雪乃 乱而来礼<一云、霰成 曽知余里久礼婆> 不奉仕 立向之毛 露霜之 消者消倍久 去鳥乃 相竟端尓<一云、朝霜之 消者消言尓 打蝉等 安良蘇布波之尓> 渡會乃 齊宮従 神風尓 伊吹惑之 天雲乎 日之目不合見 常闇尓 覆賜而定之 水穂之國乎 神随 太敷座而 八隅知之 吾大王之 天下 申賜者 萬代 然之毛将有登<一云、如是毛安良無等> 木綿花乃 榮時尓 吾大王 皇子之御門乎<一云、刺竹 皇子御門乎> 神宮尓 装束奉而 遣使 御門之人毛 白妙乃 麻衣著 垣安乃 御門之原尓 赤根刺 日之盡 鹿自物 伊波比伏管 鳥玉能 暮尓至者 大殿乎 振放見乍 鶉成 伊波比廻 雖侍候 佐母良比不得者 春鳥之 佐麻欲比奴礼者 嘆毛 未過尓 憶毛 未盡者 言右敞久 百濟之原従 神葬 ゞ伊座而 朝毛吉 木上宮乎 常宮等 高之奉而 神随 安定座奴 雖然 吾大王之 萬代跡 所念食而 作良志之 香未山之宮 萬代尓 過牟登念哉 天之如 振放見乍 玉手次 懸而将偲 恐有騰文

                             

 

≪書き下し≫かけまくも ゆゆしきかも<一には「ゆゆしけども」といふ> 言はまくも あやに畏(かしこ)き 明日香の 真神(まかみ)の原に ひさかたの 天(あま)つ御門(みかど)を 畏くも 定めたまひて 神(かむ)さぶと 磐(いは)隠(がく)ります

やすみしし 我が大君の きこしめす 背面(そとも)の国の 真木(まき)立つ 不破山(ふはやま)越えて 高麗(こま)剣(つるぎ) 和射見(わざみ)が原の 行宮(かりみや)に 天降(あも)りいまして 天(あめ)の下(した) 治めたまひ<一には「掃ひたまひて」といふ> 食(を)す国を 定めたまふと 鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国の 御軍士(みいくさ)を 召(め)したまひて ちはやぶる 人を和(やは)せと 奉(まつ)ろはぬ 国を治めと<一には「掃へと」といふ> 皇子(みこ)ながら 任(よき)したまへば 大御身(おほみみ)に 太刀(たち)取り佩(は)かし 大御手(おおみて)に 弓取り持たし (みいくさ)を 率(あども)ひたまひ 整(ととの)ふる 鼓(つづみ)の音(おと)は 雷(いかづち)の 声(こゑ)と聞くまで 吹き鳴(な)せる 小角(くだ)の音も<一には「笛の音は」といふ> 敵(あた)見たる 虎が吼(ほ)ゆると 諸人(もろひと)の おびゆるまでに<一には「聞き惑ふまで」といふ> ささげたる 旗の靡(なび)きは 冬こもり 春さり来(く)れば 野ごとに つきてある火の≪一には「冬こもり野焼く火の」といふ> 風の共(むた) 靡(なび)くがごとく 取り持てる 弓弭(ゆはず)の騒(さわ)き み雪降る 冬の林に<一には「木綿の林」といふ> つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの恐(かしこ)く<一には「諸人の 見惑ふまでに」といふ> 引き放つ 矢の繁(しげ)けく 大雪の 乱れて来たれ <一には「霞なす そち寄り来れば」といふ> まつろはず 立ち向(むか)ひしも 露霜(つゆしも)の 消(け)なば消(け)ぬべく 行く鳥の 争ふはしに<一には「朝霧の 消なば消と言ふに うつせみと 争ふはしに」といふ> 渡会(わたらい)の 斎(いつ)きの宮(みや)ゆ 神風(かむかぜ)に い吹き惑(まと)はし 天雲(あまくも)を 日の目も見せず 常闇(とこやみ)に 覆(おほ)ひたまひて 定めてし 瑞穂の国を 神(かむ)ながら 太敷(ふとし)きまして やすみしし 我が大君の 天(あめ)の下(した) 奏(まを)したまへば 万代(よろずよ)に しかしもあらむと<一には「かくしもあらむと」といふ> 木綿花(ゆうはな)の 栄ゆる時に 我(わ)が大君 皇子(みこ)の御門(みかど)を<一には「刺す竹の 皇子の御門を」といふ) 神宮(かむみや)に 装(よそ)ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲(しろたへ)の 麻衣(あさごろも)着て 埴安(はにやす)の 御門の原に あかねさす 日のことごと 鹿(しし)じもの い葡(は)ひ伏し(ふ)つつ ぬばたまの 夕(ゆうへ)になれば 大殿(おほとの)を 振り放(さ)け見つつ 鶉(うづら)なす い葡(は)ひ廻(もとほ)り 侍(さもら)へど 侍ひえねば 春鳥(はるとり)の さまよひぬれば 嘆(なげ)きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言(こと)さへく 百済(くだら)の原ゆ 神葬(かむはぶ)り 葬りいませて あさもよし 城上(きのへ)の宮を 常宮(とこみや)と 高くし奉(まつ)りて 神(かむ)ながら 鎮(しづ)まりましぬ しかれども 我が大君の 万代(よろずよ)と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天(あめ)のごと 振り放(さ)け見つつ 玉たすき  懸(か)けて偲(しの)はむ 畏(かしこ)くあれども

 

(訳)心にかけて思うのも憚(はばか)り多いことだ。<憚り多いことであるけれども>ましてや口にかけて申すのも恐れ多い。明日香の真神(まかみ)の原に神聖な御殿を畏(かしこ)くもお定めになって天の下を統治され、今は神として天の岩戸にお隠れ遊ばしておられるわれらが天皇(すめらみこと)<天武>が、お治めになる北の国の真木生い茂る美濃(みの)不破山を越えて、高麗剣和射見(わざみ)が原の行宮(かりみや)に神々しくもお出ましになって、天の下を治められ<掃(はら)い浄められて>国中をお鎮めになろうとして、鶏が鳴く東の国々の軍勢を召し集められて、荒れ狂う者どもを鎮めよ、従わぬ国を治めよと<掃い浄めよと>、皇子であられるがゆえにお任せになったので、わが皇子は成り代わられた尊い御身に太刀(たち)を佩(は)かれ、尊い御手(おんて)に弓をかざして軍勢を統率されたが、その軍勢を叱咤(しった)する鼓の音は雷(いかずち)の声かとまごうばかり、吹き鳴らす小角笛(つのぶえ)の音も<笛の音は>的に真向かう虎がほえるかと人々が怯(おび)えるばかりで<聞きまどうばかり>、兵士(つわもの)どもが捧(ささ)げ持つ旗の靡くさまは、春至るや野という野に燃え立つ野火が<冬明けての春の野を焼く火の>風にあおられて靡くさまさながらで、取りかざす弓弭(ゆはず)のどよめきは、雪降り積もる冬の林<まっ白な木綿(ゆう)の林>に旋風(つむじかぜ)が渦まき渡るかと思うほどに<誰しもが見まごうほどに>恐ろしく、引き放つ矢の夥(おびただ)しさといえば大雪の降り乱れるように飛んでくるので<霰(あられ)のように矢が集まってくるので>、ずっと従わず抵抗した者どもも、死ぬなら死ねと命惜しまず先を争って刃向ってきたその折しも<死ぬなら死ねというばかりに命がけで争うその折しも>、渡会(わたらい)に斎(いつ)き奉(まつ)る伊勢の神宮(かむみや)から吹き起った神風で敵を迷わせ、その風の呼ぶ天雲で敵を日の目も見せずまっ暗に覆い隠して、このようにして平定成った瑞穂(みずほ)の神の国、この尊き国を、我が天皇(すめらみこと)<天武・持統>は神のままにご統治遊ばされ、われらが大君(高市)がその天の下のことを奏上なされたので、いついつまでもそのようにあるだろうと<かくのごとくであるだろうと>まさに木綿花のようにめでたく栄えていた折も折、我が大君(高市)その皇子の御殿を<刺し出る竹のごとき皇の御殿を>御霊殿(みたまや)としてお飾り申し、召し使われていた宮人たちも真っ白な麻の喪服を着て、埴安の御殿の広場に、昼は日がな一日、鹿でもないのに腹這い伏し、薄暗い夕方になると、大殿を振り仰ぎながら鶉のように這いまわって、御霊殿にお仕え申し上げるけれども、何のかいもないので、春鳥のむせび鳴くように泣いていると、その吐息もまだ消えやらぬのに、その悲しみもまだ果てやらぬのに、言さえぐ百済(くだら)の原を通って神として葬り参らせ、城上(きのへ)の殯宮(あらき)を永遠の御殿として高々と営み申し、ここに我が大君はおんみずから神としてお鎮まりになってしまわれた。しかしながら、我が大君が千代万代(よろずよ)にと思召して造られた香具山の宮、この宮はいついつまでに消えてなくなることなどあるはずがない。天(あま)つ空(ぞら)を仰ぎ見るように振り仰ぎながら、深く深く心に懸けてお偲びしてゆこう。恐れ多いことではあるけれども。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)かけまくも【分類連語】:心にかけて思うことも。言葉に出して言うことも。

(注)まかみのはら【真神の原】:奈良県明日香村、飛鳥寺法興寺跡一帯の地。現在、安居院がある。

(注)そとも【背面】:《「背(そ)つ面(おも)」の音変化》 山の日の当たる方から見て後ろになる側。北側。北の国、近江のかなた美濃の国。

 

もう一首の短歌をみてみよう。

◆埴安乃 池之堤之 隠沼乃 去方乎不知 舎人者迷惑

                  (柿本人麻呂 巻二 二〇一)

 

≪書き下し≫埴安(はにやす)の池の堤(つつみ)の隠(こも)り沼(ぬ)のゆくへを知らに舎人(とねり)は惑(まと)ふ

 

(訳)埴安の池、堤に囲まれた流れ口もないその隠(こも)り沼(ぬ)のように、行く先の処し方もわからぬまま、皇子の舎人たちはただ途方に暮れている。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「橿原の万葉歌碑めぐり」(橿原市観光政策課)

★「かしはら探訪ナビ」(橿原市HP)

★「weblio古語辞典 (学研全訳古語辞典)」

★「コトバンク 三省堂大辞林

★「コトバンク デジタル大辞泉

 

 ●ザ・サンドイッチモーニング&フルーツフルデザート

 サンドイッチは、サンチュと焼き豚とトマトである。デザートは、りんごのスライスをお皿の周りにならべ、トンプソンとクリムゾンシードレスで円を描き、中央にレッドグローブの半分を飾った。節々に干しぶどうで加飾した。

 

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7月18日のザ・モーニングセット

 

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7月18日のフルーツフルデザート