●歌は、「楽浪の比良山風の海吹けば釣りする海人の袖返る見ゆ(槐本 9-1715)」である。
「槐本(巻九‐一七一五)(歌は省略)・・・比良の暮雪ともいわれるように、裏日本からの寒風は晩春までも連嶺に雪をのこし、早春三月ごろには冷たい比良おろしは湖上の気流と交代して、いわゆる比良八荒(ひらはっこう)と称し、強風が湖上を荒れ狂うことがある。
当時、北国への往還は主として湖上も陸上も湖西に沿うものであったから・・・旅の不安と寂寥はひとしおである。
(巻三‐二七四)(歌は省略)のように“沖へはなれるな”の呼びかけも実感そのままである。比良山おろしに吹かれて釣する海人(あま)の袖のかえるのに旅愁のさそわれるのも当然のことであろう。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
(注)比良八荒:比良八講は旧暦2月24日(新暦では3月下旬から4月上旬ごろ)、比良大明神で比叡(ひえい)山の衆徒が法華経(ほけきょう)8巻を8座に講ずる行事である。ちょうどそのころに寒の戻りがあり、琵琶(びわ)湖の湖南では比良山系から吹き下りる強風がたたきつけるようにして吹く。そのため湖上はあれ、気温は一時下がる。仔の極致強風を比良八荒という。比良八荒は、比良おろしの時節を限定した一種であるが、この風が吹くときは、比良山系の南東象限において強風となる。しかし山を吹き降りた気流は、湖面で跳ね上がるため、斜線の部分で風は弱くなる。ところがこの気流はふたたび吹き降り、野洲(やす)付近で強風となる。(コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ))
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巻九 一七一五歌をみていこう。
題詞は、「槐本歌一首」<槐本が歌一首>である。
(注)槐本:誰か不明。訓もエノモト・ツキノモトなどあるが未詳。(伊藤脚注)
■巻九 一七一五歌■
◆樂浪之 平山風之 海吹者 釣為海人之 袂變所見
(作者未詳 巻九 一七一五)
≪書き下し≫楽浪(ささなみ)の比良(ひら)山風(やまかぜ)の海(うみ)吹けば釣りする海人(あま)の袖(そで)返(かへ)る見(み)ゆ
(訳)楽浪の比良山風が湖上に吹き渡るので、釣りする海人の袖がひらひらとひるがえっている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)比良:琵琶湖西岸の比良山。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その244)・同(同245)」で、大津市和邇南浜和邇川左岸河口万葉歌碑ならびに大津市南小松 ホテル琵琶レイクオーツカ前万葉歌碑とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」