万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その486)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(22)―万葉集 巻十九 四二〇四

●歌は、「我が背子が捧げて持てるほほがしはあたかも似るか青き蓋」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(22)万葉歌碑(講師僧恵行 ほほがしは)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(22)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆吾勢故我 捧而持流 保寶我之婆 安多可毛似加 青盖

               (講師僧恵行 巻十九 四二〇四)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)が捧(ささ)げて持てるほほがしはあたかも似るか青き蓋(きぬがさ)

 

(訳)あなたさまが、捧げて持っておいでのほおがしわ、このほおがしわは、まことにもってそっくりですね、青い蓋(きぬがさ)に。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)我が背子:ここでは大伴家持をさす。

(注)あたかも似るか:漢文訓読的表現。万葉集ではこの一例のみ。

(注)きぬがさ【衣笠・蓋】名詞:①絹で張った長い柄(え)の傘。貴人が外出の際、従者が背後からさしかざした。②仏像などの頭上につるす絹張りの傘。天蓋(てんがい)。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

 「厚朴(ほおがしわ)は、今日のホホノキ、またはホオガシワノキ、ホオガシワを指している。落葉高木で、葉は大きく、若葉の頃は赤みを帯びている。万葉集では二度歌われているきりで、講師(国分寺の僧)である僧恵行と越中国大伴家持とが同じ宴会の「ほほがしわ」を歌っているに過ぎない。二人の歌では、保宝我之波、保宝我之婆と書き表され、題詞では保宝葉と表されている。一字一首の万葉仮名は、漢字の持つ意味を考えなくてはよいとはいうものの。孤悲(こひ)が恋を表すとき、逢えぬ思いで一人つらい悲しい思いをする意味を宿しているのと同様に、ホオを保宝(ほほ)と書くことによって、宝を保つようなめでたい木の意味まで見ていたようだ。

 ホオノキばかりでなく、万葉の頃、広い大きい葉は好まれていた。たとえば蓮の葉、芋の葉、柏の葉など、ものを包むのに適した葉が多い。中でも、蓮の葉は、その葉に滴る水滴が銀色に輝くのを美しいと見たり、その葉を饌食(せんしょく)を盛る器の代わりに用いたりしていた。ホオノキの場合は、他と少々異なっていて、その大きい葉を枝とともに折り取って、まるで蓋(きぬがさ)だと楽しんでいるのである。」(万葉の小径 ほほがしの歌碑) 

 

 四二〇四、四二〇五歌の題詞は、「見攀折保寳葉歌二首」<攀(よ)ぢ折(を)れる保宝葉(ほほがしは)を見る歌二首>とあり、歌碑の僧恵行の歌と大伴家持の歌が収録されている。大伴家持奈良時代越中国(今の富山県)に赴任していた時の歌である。

家持の歌もみてみよう。

 

◆皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寳我之波

               (大伴家持 巻十九 四二〇五)

 

≪書き下し≫すめろきの遠御代御代(とほみよみよ)はい重(し)き折り酒(き)飲(の)みきといふぞこのほおがしは

                     

(訳)古(いにしえ)の天皇(すめらみこと)の御代御代(みよみよ)では、重ねて折って、酒を飲んだということですよ。このほおがしわは。(同上)

 

 「蓋(きぬがさ)」は、上述の(注)にあったように、「絹で張った長い柄(え)の傘。貴人が外出の際、従者が背後からさしかざした。(学研)」

「儀制令」によると、三位以上の者はみな「蓋」を用いることになっており、一位は深緑色と決められていたので、「ほほがしは」の葉を持っているのを、一位の人の持つ「蓋」とほめたたえたのである。これに対し、家持は、葉を重ねて折って、酒を飲んだということですよ、と恵行の「よいしょ」をそらして、「ほほがしは」を讃えたのである。見事な切り返しである。

(注)儀制令(読み)ぎせいりょう:中国・日本の令の篇目(へんもく)。日本古代の大宝(たいほう)令、養老(ようろう)令には唐令を継受した儀制令が存する。養老令では第18篇全26条で、(1)天皇に関する規定(天皇・皇后・皇太子などの尊称、天皇への辞迎(じげい)・辞見、日食・服喪(ふくも)による廃朝・廃務、祥瑞(しょうずい))、(2)貴族・官人間の秩序に関する規定(元日拝賀の禁令、致敬(ちけい)・下馬・下坐(げざ)・動坐、儀戈(ぎか)・蓋(きぬがさ)・版位(へんい)、長官・本主の決罰権、国府での朝拝・拝賀)、(3)その他(婚姻の制限、国郡の五行器(ごぎょうき)の備用、春時祭田、服喪中の官人への制限、五等親、公文への年号の使用)などからなる。(コトバンク 日本大百科全書《ニッポニカ》)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲丘 耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)」

★「万葉の小径 ほほがしはの歌碑」