万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その811)―氷見市諏訪野 上庄川排水機場―万葉集 巻十八 四一二四 

●歌は、「我が欲りし雨は降り来ぬかくしあらば言挙げせずとも年は栄えむ」である。

f:id:tom101010:20201124133755j:plain

氷見市諏訪野 上庄川排水機場万葉歌碑(大伴家持


 

●歌碑は、氷見市諏訪野 上庄川排水機場にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「賀雨落歌一首」<雨落(ふ)るを賀(ほ)く歌一首>である。

 

◆和我保里之 安米波布里伎奴 可久之安良婆 許登安氣世受杼母 登思波佐可延牟

              (大伴家持 巻十八 四一二四)

 

≪書き下し≫我が欲(ほ)りし雨は降り来(き)ぬかくしあらば言挙(ことあ)げせずとも年は栄えむ

 

(訳)我らが願いに願った雨はとうとう降って来た。こうなったからには、事々しく言い立てなくても、秋の実りは栄えまさるにちがいない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ことあげ【言挙げ】名詞 ※「す」が付いて他動詞(サ行変格活用)になる:言葉に出して特に言い立てること。 ※上代語。 ※※参考 上代、不必要な「言挙げ」は不吉なものとしてタブーとされ、あえてそのタブーを犯すのは重大な時に限られた。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 左注は、「右一首同月四日大伴宿祢家持作」<右の一首は、同じき月の四日に、大伴宿禰家持作る>である。

 

 雨が降ったことを祝っている歌であるが、六月一日に、家持は、四一二二、四一二三歌の雨乞いの歌を作っている。

 こちらもみてみよう。

 

 題詞は、「天平感寶元年閏五月六日以来起小旱百姓田畝稍有凋色也 至于六月朔日忽見雨雲之氣仍作雲歌一首 短歌一絶」<天平感宝(てんびやうかんぽう)元年の閏の五月の六日より以来(このかた)、小旱(せうかん)を起こし、百姓の田畝(でんぽ)やくやくに凋(しぼ)む色あり。六月の朔日(つきたち)に至りて、たちまちに雨雲の気を見る。よりて作る雲の歌一首 短歌一絶>である。

(注)かん【旱】[音]カン(呉)(漢) [訓]ひでり:雨が降らずからからに乾くこと。ひでり。「旱害・旱魃(かんばつ)/水旱・大旱」[補説] 「干」を代用字とすることがある。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)やくやく【漸漸】[副]《「ようやく」の古形》:だんだん。しだいに。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)しぼむ【萎む・凋む】自動詞:①(草花などが)しおれる。②おとろえ縮む。勢いがなくなり弱る。(学研)

(注)一絶(読み)いちぜつ〘名〙: (「ぜつ」は絶句の意) 一つの絶句。転じて一首の短歌の意にも用いる。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 

◆須賣呂伎能 之伎麻須久尓能 安米能之多 四方能美知尓波 宇麻乃都米 伊都久須伎波美 布奈乃倍能 伊波都流麻泥尓 伊尓之敝欲 伊麻乃乎都頭尓 万調 麻都流都可佐等 都久里多流 曽能奈里波比乎 安米布良受 日能可左奈礼婆 宇恵之田毛 麻吉之波多氣毛 安佐其登尓 之保美可礼由苦 曽乎見礼婆 許己呂乎伊多美 弥騰里兒能 知許布我其登久 安麻都美豆 安布藝弖曽麻都 安之比奇能 夜麻能多乎理尓 許能見油流 安麻能之良久母 和多都美能 於枳都美夜敝尓 多知和多里 等能具毛利安比弖 安米母多麻波祢

              (大伴家持 巻十八 四一二二)

 

≪書き下し≫天皇(すめろき)の 敷きます国の 天(あめ)の下(した) 四方(よも)の道には 馬の爪(つめ) い尽(つく)す極(きわ)み 舟舳(ふなのへ)の い果(は)つるまでに いにしへよ 今のをつつに 万調(よろつづき) 奉(まつ)るつかさと 作りたる その生業(なりはひ)を 雨降らず 日の重(かさ)なれば 植ゑし田も 蒔(ま)きし畑も 朝ごとに 凋(しぼ)み枯れゆく そを見れば 心を痛み みどり子の 乳(ち)乞(こ)ふがごとく 天(あま)つ水 仰(あふ)ぎてぞ待つ あしひきの 山のたをりに この見ゆる 天(あま)の白雲(しらくも) 海神(わたつみ)の 沖つ宮辺(みやへ)に 立ちわたり との曇(ぐも)りあひて 雨も賜はね

 

(訳)代々の天皇のお治めになるこの国土の、天の下の四方に広がる国々にはどこもかしこも、馬の蹄(ひづめ)が減ってなくなる地の果てまで、舟の舳先(へさき)が行きつける海の果てまで、遠く遥かなる古(いにしえ)から今の今までずっと、ありとあらゆる貢物(みつぎもの)を奉るが、その中でも第一の物なのだと、励んで作っているその耕作の生業(なりわい)であるのに、雨も降らず日が重なって行くので、苗を植えた田も種を蒔(ま)いた畑も、朝ごとに凋んで枯れてゆく。それを見ると心が痛んで、幼子(おさなご)が乳を求めるように、天空を振り仰いで恵みの雨を待っている。今しも山の尾根にまざまざと見える天の白雲よ、海神の統(す)べたまう沖の宮のあたりまで立ち広がり、一面にかき曇って、どうか雨をお与え下さい。(同上)

(注)よも【四方】:① 東西南北、また、前後左右の四つの方向。しほう。「四方を見回す」「四方の山々」②あちらこちら。また、いたる所。(goo辞書) ※東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海の七道をさす。

(注)つくす【尽くす】他動詞①出し尽くす。出しきる。②その極まで達する。極める。(学研)

(注)をつつ【現】名詞:今。現在。「をつづ」とも。(学研)

(注)万調(よろつづき) 奉(まつ)るつかさと:よろずの貢物(みつぎもの)を奉る、その第一の物なのだと思って。「つかさ」は盛り上がった所の意。

(注)「たをり」は「たわ」に同じ>たわ【撓】名詞:①山の尾根の、くぼんで低くなっている部分。鞍部(あんぶ)。「たをり」とも。②枕(まくら)などにおされてついた、髪の癖。(学研) ここでは①の意

(注)との(読み)トノ接頭連語:[接頭]《接頭語「たな」の音変化》動詞に付いて、一面に、十分になどの意を添えるのに用いる。「とのぐもる」「とのびく」(コトバンク デジタル大辞泉

 

反歌もみてみよう。

 

◆許能美由流 久毛保妣許里弖 等能具毛理 安米毛布良奴可 己許呂太良比尓

               (大伴家持 巻十八 四一二三)

 

≪書き下し≫この見ゆる雲ほびこりてとの曇り雨も降らぬか心足(こころだ)らひに

 

(訳)今しもまざまざと見えるこの雲がはびこって、一面にかき曇り、雨がどっとふってくれないものか。心ゆくまで。(同上)

(注)ほびこる【蔓=延る】[動ラ四]:いっぱいにひろがる。はびこる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)たらふ【足らふ】自動詞:①すべて不足なく備わっている。完全である。②十分に資格が備わる。 ※動詞「たる」の未然形に反復継続の助動詞「ふ」が付いて一語化したもの。(学研)

 

左注は、「右二首六月一日晩頭守大伴宿祢家持作之」<右の二首は、六月一日の晩頭(ひのぐれ)守(かみ)大伴宿禰家持作る>である。

 

 天平感宝(てんびやうかんぽう)元年の閏五月六日以来、二十日以上日照りが続く中で、家持は、越中守として、田畑の水不足により貢物の農作物が枯れることを憂慮して、「海神(わたつみ)の 沖つ宮辺(みやへ)に 立ちわたり との曇(ぐも)りあひて 雨も賜はね」と願いを込めて詠っているのである。

 家持の、「小旱」を憂い、「賀雨落歌」を作ったのは万葉集ではこれ以外には収録されていない。

 

庄川排水機場は灌漑施設の一つである。この歌碑を設置したのはこの歌の背景を読んで理解できたのである。

事前にグーグルマップのストリートビューで排水機場近くの「流慶橋」近辺を何度か探ったが、なかなか見つからなかった。ようやく金網フェンスで囲まれた一角の木々になかに歌碑の陰影らしきものが見えた。あとは現地で確認するしかない。

当日、歌碑らしきところに行くと、フェンスの木々に囲まれて歌碑は建てられていた。しかし、フェンス越しだと写真はうまく撮れない。フェンスの扉は施錠がされていなかったので、申し訳ないと思いながら中に入らせていただき写真に収めた。

 

f:id:tom101010:20201124134036j:plain

氷見地域甚水防除事業竣工と歌碑の説明案内碑

f:id:tom101010:20201124134357j:plain

流慶橋と排水機場

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「goo辞書」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域事務組合)