万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1176)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(136)―万葉集 巻十二 三〇九六

●歌は、「馬棚越しに麦食む駒の罵らゆれどなほし恋しく思ひかねつも」である。

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(136)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)



●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(136)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆柜楉越尓 麦咋駒乃 雖詈 猶戀久 思不勝焉

                 (作者未詳 巻十二 三〇九六)

 

≪書き下し≫馬柵(うませ)越(ご)しに麦(むぎ)食(は)む駒(こま)の罵(の)らゆれどなほし恋しく思ひかねつも

 

(訳)馬柵越しに麦を食(は)む駒がどなり散らかされるように、どんなに罵られても、やはり恋しくて、思わずにいようとしても思わずにはいられない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「罵(の)らゆ」を起こす。

(注)おもひかぬ【思ひ兼ぬ】他動詞①(恋しい)思いに堪えきれない。②判断がつかない。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うませ【馬柵】:馬を囲っておく柵(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『むぎ』はイネ・ヒエ・アワ・マメと共に五穀の一つに数えられる『大麦・小麦・ハダカムギエンバク』などの総称だが、通常万葉集の歌中に詠まれる麦としては『大麦(オオムギ)』が当てられる。『大麦(オオムギ)』は食用・飼料として栽培されてきた越年草(エツネンソウ)で、春に花が咲き真っすぐな穂に『穎花(エイカ)【穂先の花】』を密に付け『麦秋(バクシュウ)【初夏の頃】』に収穫される。(中略)別説に大麦と小麦は相当古い時代に中国から渡来して栽培された重要な穀物だったことから、両者とも『むぎ』とする説もある。」と書かれている。

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新潟県HPより引用させていただきました。

 「むぎ」を詠った歌は万葉集には二首収録されている。もう一首もみてみよう。

 

◆久敝胡之尓 武藝波武古宇馬能 波都ゝゝ尓 安比見之兒良之 安夜尓可奈思母

                  (作者未詳 巻十四 三五三七)

 

≪書き下し≫くへ越(ご)しに麦(むぎ)食(は)む小馬(こうま)のはつはつに相見(あひ)し子らしあやに愛(かな)しも

 

(訳)柵越しに首を伸ばして麦を食む小馬のちらっとしか食べられないように、やっとのことちらっと逢えた子、あの子がむしょうにいとしくてならぬ。(同上)

(注)くへ【柵】名詞:木の柵(さく)。(学研)

(注)上二句は序。「はつはつに」を起こす。

(注)はつはつ(に)副詞:わずか(に)。かすか(に)。 ※形容動詞「はつかなり」の「はつ」を重ねた語。(学研)

 

 馬や馬を囲っている柵を譬喩に用いて胸の思いを詠っているのである。馬と柵と胸に秘めた恋心、万葉びとの発想には驚かされる。

 

 

 「馬柵」(うませ)を詠んだ歌をさがしてみよう。

 

題詞は、「天皇海上女王御歌一首 寧樂宮即位天皇也」<天皇(すめらみこと)、海上女王(うなかみのおほきみ)に賜ふ御歌一首 寧樂(なら)の宮に即位したまふ天皇なり>

(注)天皇:四五代聖武天皇

(注)海上女王:志貴皇子の娘

 

◆赤駒之 越馬柵乃 緘結師 妹情者 疑毛奈思

天武天皇 巻四 五三〇)

 

≪書き下し≫赤駒(あかごま)の越ゆる馬柵(うませ)の標結(しめゆ)ひし妹が心は疑ひもなし

 

(訳)うっかりすると元気な赤駒が飛び越えて逃げる柵(さく)をしっかり結い固めるように、私のものだと標(しめ)を結って固めておいたあなたの心には何の疑いもない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「標結ふ」を起こす。

 

左注は、「右今案 此歌擬古之作也 但以時當便賜斯歌歟」<右は、今案(かむが)ふるに、 この歌は古(いにしへ)に擬(なず)らふる作なり。ただし、時の当れるをもちてすなはちこの歌を賜ふか。>である。

(注)古(いにしへ)に擬(なず)らふる作;古歌を模した歌。

(注)時の当れるをもちて:時の事情に相応したので。(狩などの行幸の折の歌か)

 

 海上女王の歌もみてみよう。

 

題詞は、「海上王奉和歌一首 志貴皇子之女也」<海上女王が和(こた)へ奉(まつ)る歌一首 志貴皇子の女なり>である。

 

◆梓弓 爪引夜音之 遠音尓毛 君之御幸乎 聞之好毛

                  (海上女王 巻四 五三一)

 

≪書き下し≫梓弓(あづさゆみ)爪引(つまび)く夜音(よと)の遠音(とほと)にも君が御幸(みゆき)を聞かくしよしも

 

(訳)魔除(まよ)けに梓弓を爪引(つまび)く夜の弦(つる)打ちの音が遠くに聞こえますが、その音のように遠くから聞こえてくる噂にだけでも、我が君の行幸(いでまし)があると耳にすることは嬉(うれ)しいことでございます。(同上)

(注)つまびく【爪引く・爪弾く】他動詞:弓の弦を指先ではじく。弦楽器を指の爪(つめ)ではじき鳴らす。(学研)

(注)よと【夜音】名詞:夜に聞こえる物音。 ※「よおと」の変化した語。(学研)

(注)上二句は序。「遠音」を起こす。(学研)

(注)遠音:遠くからの噂

(注)-く 接尾語:〔四段・ラ変動詞の未然形、形容詞の古い未然形「け」「しけ」、助動詞「けり」「り」「む」「ず」の未然形「けら」「ら」「ま」「な」、「き」の連体形「し」に付いて〕①…こと。…すること。▽上に接する活用語を名詞化する。②…ことに。…ことには。▽「思ふ」「言ふ」「語る」などの語に付いて、その後に引用文があることを示す。③…ことよ。…ことだなあ。▽文末に用い、体言止めと同じように詠嘆の意を表す。 ⇒参考 (1)一説に、接尾語「らく」とともに、「こと」の意の名詞「あく」が活用語の連体形に付いて変化したものの語尾という。(2)多く上代に用いられ、中古では「いはく」「思はく」など特定の語に残存するようになる。(3)この「く」を準体助詞とする説もある。(学研)

(注)君が御幸(みゆき):私の所へ君の行幸があると。

 

 天皇の、赤駒でも簡単に越えて逃げられる馬柵(うませ)に標(しめ)を結ったので、決してあなたは私から逃げるとは思わない、「どうだ」と言わんばかりにやや挑戦的に投げかけた歌に対して、海上女王は、私の心を疑わないのならお運びいただけるんですねと、やんわり応じたもの。

 

 天武天皇のこのようなやや挑戦的な歌に対して、ユーモアあふれるセンスで切り返している藤原夫人の或る種掛け合いが浮かんでくる。こちらもみてみよう。

 

 題詞は、「天皇賜藤原夫人御歌一首」<天皇、藤原夫人(ふぢはらのぶにん)に賜ふ御歌一首>である。

(注)藤原夫人:藤原鎌足の女(むすめ)、五百重娘(いおえのいらつめ)

 

◆吾里尓 大雪落有 大原乃 古尓之郷尓 落巻者後

                (天武天皇 巻二 一〇三)

 

≪書き下し≫我(わ)が里に大雪(おほゆき)降(ふ)れり大原(おほはら)の古(ふ)りにし里に降(ふ)らまくは後(のち)

 

(訳)わがこの里に大雪が降ったぞ。そなたが住む大原の古ぼけた里に降るのは、ずっとのちのことでござろう。(同上)

 

 次に、藤原夫人の歌をみてみよう。

 

 題詞は、「藤原夫人奉和歌一首」<藤原夫人、和(こた)へ奉(まつ)る歌一首>である。

 

◆吾岡之 於可美尓言而 令落 雪之摧之 彼所尓塵家武

               (藤原夫人 巻二 一〇四)

 

≪書き下し≫我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ

 

(訳)私が住むこの岡の水神に言いつけて降らせた雪の、そのかけらがそちらの里に散ったのでございましょう。(同上)

(注)おかみ:水を司る龍神

(注)ふじん【夫人】名詞:天皇の配偶者で、皇后・妃に次ぐ位の女性。「ぶにん」とも。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その158改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「馬柵(うませ)」を飛び出してしまい脱線したが、元に戻そう。

 

 もう一首、馬柵を詠った歌は、上述の三五三七歌の「或る本」の歌(「新編 国家大観 三五五九歌」である。

 

題詞は、「或本歌曰」<或本の歌に曰(い)はく>である。

 

◆宇麻勢胡之 牟伎波武古麻能 波都ゝゝ尓 仁必波太布礼思 古呂之可奈思母

                  (或る本の歌 巻十四)

 

≪書き下し≫馬柵越(うませご)し麦食む駒のはつはつに新肌(にひはだ)触れし子ろし愛しも

 

(訳)馬柵越(うませご)しにやっとこさ麦を食む駒のように、やっとのことちらっとあの子の新肌に触れることができた、ああ、あの子がいとしくていとしくてたまらない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)新肌:初めて男に許す肌の意。

 

 馬の動作をよく観察している。そして自分の胸の内の思いと結びつける柔軟性というかけれんの無さが心地良い。

 

天武天皇の五三〇歌の左注に、「右今案 此歌擬古之作也 但以時當便賜斯歌歟<右は、今案(かむが)ふるに、 この歌は古(いにしへ)に擬(なず)らふる作なり。ただし、時の当れるをもちてすなはちこの歌を賜ふか。>」と書かれているが、天武天皇の歌に対して、「古(いにしへ)に擬(なず)らふる作なり」とは、良く書いたものである。編者が柵を越えていると思われるが、万葉集のおおらかさが伝わってくるのである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「新潟県HP」