万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2410)―

■せんだん■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「妹が見し楝の花は散りぬべし我が泣く涙いまだ干なくに」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(山上憶良) 20230926撮影

●歌碑は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陁飛那久尓

         (山上憶良 巻五 七九八)                             

 

≪書き下し≫妹(いも)が見し楝(あふち)の花は散りぬべし我(わ)が泣く涙(なみた)いまだ干(ひ)なくに

 

(訳)妻が好んで見た楝(おうち)の花は、いくら奈良でももう散ってしまうにちがいない。。妻を悲しんで泣く私の涙はまだ乾きもしないのに。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)ぬべし 分類連語:①〔「べし」が推量の意の場合〕きっと…だろう。…てしまうにちがいない。②〔「べし」が可能の意の場合〕…できるはずである。…できそうだ。③〔「べし」が意志の意の場合〕…てしまうつもりである。きっと…しよう。…てしまおう。④〔「べし」が当然・義務の意の場合〕…てしまわなければならない。どうしても…なければならない。 ⇒注意:「ぬ」はこの場合、確述を表す。 ⇒なりたち:完了(確述)の助動詞「ぬ」の終止形+推量の助動詞「べし」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その489)」で日本挽歌の漢文の序ならびに七九四~七九九歌とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

楝を詠んだ歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その893)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 




 この歌に関して、辰巳正明は、その著「山上憶良」(笠間書院)のなかで、「『日本挽歌』の反歌の四首目である。妹が見たという楝(おうち)の花は、奈良の都でのことである。その花の咲く頃に、妻は大宰府で亡くなった。楝はセンダンの木のことで、十メートルを越える大木となり、本州・九州に広く分布する。五月頃に薄紫の小さな花をつけ、木全体を彩る。そうした質素な花が万葉びとの好みであり、楝はそれを代表する。・・・その楝の花が、故郷の家の庭にいま、はらはらと散っていることを想像する。『散りぬべし』は、散っているのを必然として、推測する言葉である。妻のいない日々を泣き暮らし、いまだ涙が乾くことももないのに、妻の愛した花もまた、早々に散って行くというのである。」と書いておられる。

 

 山上憶良について、大伴旅人との関係、日本挽歌の位置づけ、作品の概要等わかりやすく「コトバンク 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版」に紹介されているので、引用させていただきます。

「・・・神亀3(726)年ごろ筑前国守。2年ほどのちに大宰帥となった大伴旅人との文学的な交流が、歌人としての活躍を決定づけるに至る。『万葉集』に収められる従前の作が、短歌6首にすぎないことによっても、その出会いの貴重さが窺えよう。 神亀5(728)年、旅人は着任早々妻を失うが、旅人に代わって亡き妻を悼んだと覚しき『日本挽歌』(巻5)をものして謹上し、同時に『惑情を反さしむる歌』『子等を思ふ歌』『世間の住まり難きことを悲しぶる歌』(巻5)を撰定している。この3作は,すべて漢文の序を付し、歌との有機的な結合をはかる斬新な形式を持つ。また、『惑情を反さしむる歌』は,3つの長歌から成る複式長歌で,その試みが『貧窮問答歌』(巻5)に結実する次第となる。さらに、『老身に病を重ね年を経て辛苦み児等を思ふに及る歌』(巻5)を典型として、反歌を5首、6首と連ね、主題を多面的に展開してもいる。いずれも、自身の現実的、散文的な作風を承知したうえでの、柿本人麻呂の亜流に堕さないための工夫とみてよい。老病の身を抱えて死にあらがう情を述べ、また、子への愛を歌う作品が異色である。加えて、「貧窮問答歌」では、律令体制下の重圧にあえぐ人々に、寒門出身で門閥的な制度に阻まれたみずからを重ね、現実のすべなさを慨嘆するなど、総じて、知識人としての自負と苦悩を根幹に据え、歌の世界を大幅に広げていった。旅人と共に、個我の文学の原点に立つ意義は大きい。」

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「山上憶良」 辰巳正明 著 (笠間書院

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版」