●歌は、「霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に我れは来にしを(大舎人部千文 20-4370)」である。
【鹿島の神】
「防人大舎人部千文(巻二十‐四三七〇)(歌は省略)・・・鹿島神宮は国土開発の武神武甕槌(たけみかつち)神をまつる常陸一の宮として古来きこえた社である。・・・この歌は天平勝宝七年(七五五)二月召集をうけた那珂郡出身の防人の作である。『あられ降り』は枕詞、『来にしを』の『を』深い感動の助詞である。郷土の神の前に勢揃いして“鹿島立(だ)ち”したものであろうか。戦時中は単に“皇軍の意識”ということであおり立て同じ作者の、(巻二十‐四三六九)(歌は省略)の歌はめめしい私情として伏せられがちだったが、“百合(ゆる)(ゆりの地方訛り)の花の咲くなつかしい筑波山の郷土、そこにおいてきた美しい妻、夜の寝床でもかわいかったあの女(こ)は昼もかわいくてたまらない”と、私に徹する愛情の律動を訴える人であってこそ『われは来(き)にしを』の深い感慨を見るのではなかろうか。同一人の作であることを見すごすことはできない。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻二十 四三七〇歌をみていこう。
◆阿良例布理 可志麻能可美乎 伊能利都ゝ 須米良美久佐尓 和例波伎尓之乎
(大舎人部千文 巻二十 四三七〇)
≪書き下し≫霰降(あられふ)り鹿島(かしま)の神を祈りつつ皇御軍(すめらみくさ)に我れは来(き)にしを
(訳)霰が降ってかしましいというではないが、鹿島の神、その猛々(たけだけ)しい神に祈りながら、天皇(すめらき)の兵士として、おれはやって来たつもりなのに・・・(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
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(注)霰降り:「鹿島」の枕詞。(伊藤脚注)
(注の注)あられふり【霰降り】:[枕]あられの降る音がかしましい意、また、その音を「きしきし」「とほとほ」と聞くところから、地名の「鹿島(かしま)」「杵島(きしみ)」「遠江(とほつあふみ)」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)結句「我れは来にしを」のしたに、四三六九歌のような妻への愛着に暮れるとは、の嘆きがこもる。(伊藤脚注)
左注は、「右二首那賀郡上丁大舎人部千文」<右の二首は那賀(なか)の郡の上丁(じやうちやう)大舎人部千文(おほとねりべのちふみ)>である。
続いて巻二十 四三六九歌をみてみよう。
■巻二十 四三六九歌■
◆都久波祢乃 佐由流能波奈能 由等許尓母 可奈之家伊母曽 比留毛可奈之礽
(大舎人部千文 巻二十 四三六九)
≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)のさ百合(ゆる)の花の夜床(ゆとこ)にも愛(かな)しけ妹(いも)ぞ昼も愛(かな)しけ
(訳)筑波の峰に咲き匂うさゆりの花というではないが、その夜(よる)の床でもかわいくてならぬ子は、昼間でもかわいくってたまらぬ。(同上)
(注)上二句は序。「夜床」を起こす。(伊藤脚注)
(注)さ百合の花:妻を匂わす。(伊藤脚注)
(注)ゆとこ【夜床】:「よどこ」の上代東国方言。(コトバンク デジタル大辞泉)
(注)愛しけ:「愛しき」の東国形。(伊藤脚注)
四三七〇・四三六九歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2465)」で、常陸の国の歌十首ならびに茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂万葉歌碑(四三七一歌)とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」