万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1254,1255)―兵庫県河東市 県立播磨中央公園いしぶみの丘(1、2)―万葉集 巻八 一四一八、巻八 一五一一

ーその1254―

●歌は、「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」である。

 

●歌碑は、兵庫県河東市 県立播磨中央公園いしぶみの丘(1)にある。

f:id:tom101010:20211126132610j:plain

兵庫県河東市 県立播磨中央公園いしぶみの丘(1)万葉歌碑(志貴皇子



●歌をみていこう。

 

 題詞は、「志貴皇子懽御歌一首」<志貴皇子(しきのみこ)の懽(よろこび)の御歌一首>である。

 

◆石激 垂見之上野 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨

         (志貴皇子 巻八 一四一八)

 

≪書き下し≫石走(いはばし)る垂水(たるみ)の上(うえ)のさわらびの萌(も)え出(い)づる春になりにけるかも

 

(訳)岩にぶつかって水しぶきをあげる滝のほとりのさわらびが、むくむくと芽を出す春になった、ああ(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

万葉集巻八の巻頭歌である。この歌については、これまでに幾度も紹介している。直近では、志貴皇子六首と共にブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1216)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 先達のブログ等から県立播磨中央公園いしぶみの丘に万葉歌碑があり、以前から行って見たいと思っていた。

同HPを何度ものぞいてみても特定できずにいたのである。今回は、稲見中央公園万葉の森で撮り残していた歌碑に再挑戦したついでに行くことにしたのである。

 兵庫県立播磨中央公園について、同HPに「花と緑あふれる中、憩うもよし、スポーツもよし。ご家族で、グループで、思い思いにお楽しみいただけます。緑の樹林に囲まれた丘や大小の池が散在する自然豊かな園内には、野外ステージをはじめ、野球場、テニスコート等の運動施設、ふじいでんこうさいくるらんど、四季の庭、子どもの森、子どもの小川等の諸施設が整い、文化、スポーツ、レクリエーションにと、多くの人々に親しまれています。(園内ではバーベキューなどの火気の使用を禁止しています)

中国自動車道、滝野社インターチェンジから西へ約3km、五峰山麓の丘陵地帯に開かれた都市公園です。」と紹介されている。結構広大な公園である。

 今回行くにあたり、検索を繰り返した。サイクルランドのコンテンツのなかにやっと「いしぶみの丘」を見つけた。

この説明には、「兵庫県の文化振興に功績のあった方々のうち、33名に石碑を設置していただきました。兵庫県文化賞受賞者が自由な発想で、自費により石碑を製作、設置しました。

のんびりと『いしぶみの丘』を散策しながら、兵庫県の文化にふれてみませんか。」と書かれている。さらに、石碑番号と功績のあった方々のお名前と書道、文化活動等その功績のあったジャンルが書かれた一覧表が掲載されていたが、歌碑の内容には触れられていなかった。これだとどの歌碑に万葉歌が刻されているか皆目見当がつかない。全歌碑を当たってみるしかない。サイクルランドを取り囲んだウォーキングロードの一部が「いしぶみの丘」となっている。

 第1駐車場に車を停め、略地図をてがかりに万葉歌碑を求めてミニウォーキングである。モニュメントがあるので手掛かりがあるのではと期待しながらぶらぶら散策。

 モニュメントの所でも、歌碑の内容に関する手掛かりは得られず。

f:id:tom101010:20211126134827j:plain

播磨中央公園いしぶみの丘モニュメント

 結局、「いしぶみの丘」の説明文にあったように「のんびりと『いしぶみの丘』を散策しながら、兵庫県の文化にふれて」きたのである。

 

f:id:tom101010:20211126133957p:plain

兵庫県立播磨中央公園HP「いしぶみの丘」略地図を引用、加筆させていただきました。

 

 

―その1255―

●歌は、「夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寐ねにけらしも」である。

f:id:tom101010:20211126133207j:plain

兵庫県河東市 県立播磨中央公園いしぶみの丘(2)万葉歌碑(舒明天皇



●歌碑は、兵庫県加東市 県立播磨中央公園(2)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「崗本天皇御製歌一首」<岡本天皇(をかもとのすめらみこと)の御製歌一首>である。

(注)岡本天皇:三四代舒明天皇。三七代斉明天皇ともいう。斉明天皇舒明天皇の皇后であった。

 

◆暮去者 小倉乃山尓 鳴鹿者 今夜波不鳴 寐宿家良思母

       (舒明天皇 巻八 一五一一)

 

≪書き下し≫夕(ゆふ)されば小倉(をぐら)の山に鳴く鹿(しか)は今夜(こよひ)は鳴かず寐(い)ねにけらしも

 

(訳)夕方になるといつも小倉の山で鳴く鹿、あの鹿は今夜に限って鳴かない。妻に逢えて寝たのであるらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)小倉の山:桜井市今井谷付近の山か。

(注)寐ねにけらしも:妻と共寝をしているらしい。(思いやりの表現)

 

 この歌は、巻八の部立「秋雑歌」の筆頭歌である。

 

 なお、類歌が、巻九の巻頭歌の一六六四歌である。これもみてみよう。

 

題詞は、「泊瀬朝倉宮御宇大泊瀬幼武天皇御製歌一首」<泊瀬(はつせ)の朝倉(あさくら)の宮(みや)に天(あめ)の下(した)知(し)らしめす大泊瀬稚武天皇(おほはつせわかたけのすめらみこと)御製歌一首>である。

 

◆暮去者 小椋山尓 臥鹿之 今夜者不鳴 寐家良霜

       (雄略天皇 巻九 一六六四)

 

≪書き下し≫夕(ゆふ)されば小倉(をぐら)の山に伏(ふ)す鹿は今夜(こよひ)は鳴かず寐寝(いね)にけらしも

 

(訳)夕方になると、小倉の山で伏せることにしている鹿、その菟我野の鹿同様危険にさらされた鹿は、どうしてか、今夜に限って鳴かない。大丈夫かな、なに、今夜は妻にめぐり逢(あ)えて無事寝こんだのであるらしい。(同上)

(注)伏す鹿:仁徳記の「菟我野の鹿」の話にでてくる、危険にさらされる鹿、という意が込められている。

 

左注は、「右或本云崗本天皇御製 不審正指 因以累戴」<右は、或本には「岡本天皇(をかもとのすめらみこと)の御製」といふ。正指(せいし)を審(つばひ)らかにせず、よりて累(かさ)ね戴(の)す>である。

(注)岡本天皇:三四代舒明天皇。三七代斉明天皇ともいう。斉明天皇舒明天皇の皇后であった。

(注)正指を:どれが正しいかを

 

 この左注は、巻八 一五一一歌があることに対する注である。

 

先達のブログなどをみるたびに、このような情報をつかまえ巡っておられる、情報収集力と行動力にいつも感服させられるのである。

先達の足跡があるのでなんとかこうして万葉歌碑巡りが続けられるのである。

ありがとうございます。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「兵庫県立播磨中央公園HP」