万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1896~1898)―松山市御幸町 護国神社・万葉苑(61~63)―万葉集 巻三 四四六、巻七 一一三三、巻二十 四一六九

―その1896―

●歌は、「我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(61)万葉歌碑<プレート>(大伴旅人

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(61)にある。

 

●歌をみていこう。

 

四四六から四五〇歌の題詞は、「天平二年庚午冬十二月大宰帥大伴卿向京上道之時作歌五首」<天平二年庚午(かのえうま)の冬の十二月に、大宰帥(だざいのそち)大伴卿(おほとものまへつきみ)、京に向ひて道に上る時に作る歌五首>

 

◆吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曽奈吉

       (大伴旅人 巻三 四四六)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が見し鞆(とも)の浦のむろの木は常世(とこよ)にあれど見し人ぞなき

 

(訳)いとしいあの子が行きに目にした鞆の浦のむろの木は、今もそのまま変わらずにあるが、これを見た人はもはやここにはいない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)鞆の浦広島県福山市鞆町の海岸。

(注)むろのき【室の木・杜松】分類連語:木の名。杜松(ねず)の古い呼び名。海岸に多く生える。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌については、旅人の「亡妻悲傷歌」とともにこの歌群の歌も、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その895)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

                           

 

―その1897―

●歌は、「すめろきの神の宮人ところづらいやとこしくに我れかへり見む」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(62)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(62)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆皇祖神之 神宮人 冬薯蕷葛 弥常敷尓 吾反将見

        (作者未詳 巻七 一一三三)

 

≪書き下し≫すめろきの神の宮人(みやひと)ところづらいやとこしくに我(わ)れかへり見む

 

(訳)代々の大君に仕えてきた大宮人たち、その大宮人たちと同じように、われらもいついつまでもやってきて、この吉野を見よう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ところずら〔‐づら〕【野老葛】[枕]① 同音の繰り返しで「常(とこ)しく」にかかる。② 芋を掘るとき、つるをたどるところから、「尋(と)め行く」にかかる。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1088)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 埼玉県にある「所沢」という地名のルーツは「野老澤(ところざわ)」と言われている。

現在の所沢の市章は、同市HPによると、「昭和30年11月3日に市制施行5周年と三ケ島村、柳瀬村が新たに所沢市に加わったことを機に以前の市章を廃して制定されました。

 市章は、所沢の地名の由来の一つともいわれているヤマノイモ科の多年生つる草の『野老(ところ)』の葉を図案化したものです。まわりはカタカナのワを3つあわせたもので、『和』をモットーにした市づくりを表しています。市旗として使う場合、旗の地色は白、市章部分は緑の染め抜きとされています。」と書かれている。

所沢市の市標(同市HPより引用させていただきました。)

 

 

 

―その1898―

●歌は、「ほととぎす来鳴く五月に・・・直向ひ見む時までは松柏の栄えいまさね貴き我が君」である。

松山市御幸町 護国神社・万葉苑(63)万葉歌碑<プレート>(大伴家持

●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(63)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆霍公鳥 来喧五月尓 咲尓保布 花橘乃 香吉 於夜能御言 朝暮尓 不聞日麻祢久 安麻射可流 夷尓之居者 安之比奇乃 山乃多乎里尓 立雲乎 余曽能未見都追 嘆蘇良 夜須家奈久尓 念蘇良 苦伎毛能乎 奈呉乃海部之 潜取云 真珠乃 見我保之御面 多太向 将見時麻泥波 松栢乃 佐賀延伊麻佐祢 尊安我吉美 <御面謂之美於毛和>

        (大伴家持 巻二十 四一六九)

 

≪書き下し≫ほととぎす 来鳴く五月(さつき)に 咲きにほふ 花橘(はなたちばな)の かぐはしき 親の御言(みこと) 朝夕(あさよひ)に 聞かぬ日まねく 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にし居(を)れば あしひきの 山のたをりに 立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを 奈呉(なご)の海人(あま)の 潜(かづ)き取るといふ 白玉(しらたま)の 見が欲(ほ)し御面(みおもわ) 直向(ただむか)ひ 見む時までは 松柏(まつかへ)の 栄(さか)えいまさね 貴(たひとき)き我(あ)が君 <御面、みおもわといふ>

 

(訳)時鳥が来て鳴く五月に咲き薫(かお)る花橘のように、かぐわしい母上様のお言葉、そのお声を朝に夕に聞かぬ日が積もるばかりで、都遠く離れたこんな鄙の地に住んでいるので、累々と重なる山の尾根に立つ雲、その雲を遠くから見やるばかりで、嘆く心は休まる暇もなく、思う心は苦しくてなりません。奈呉の海人(あま)がもぐって採るという真珠のように、見たい見たいと思う御面(みおも)、そのお顔を目(ま)の当たりに見るその時までは、どうか常盤(ときわ)の松や柏(かしわ)のように、お変わりなく元気でいらして下さい。尊い我が母君様。<御面は「みおもわ」と訓みます>

(注)「ほととぎす 来鳴く五月に 咲きにほふ 花橘の」は序。「かぐはしき」を起こす。

(注)かぐはし【香ぐはし・馨し】形容詞:①香り高い。かんばしい。②美しい。心がひかれる。(学研)

(注)みこと【御言・命】名詞:お言葉。仰せ。詔(みことのり)。▽神や天皇の言葉の尊敬語。 ※「み」は接頭語。上代語。(学研)

(注)やまのたをり【山のたをり】分類連語:山の尾根のくぼんだ所。(学研)

(注)よそ【余所】名詞:離れた所。別の所。(学研)

(注)そら【空】名詞:①大空。空。天空。②空模様。天気。③途上。方向。場所。④気持ち。心地。▽多く打消の語を伴い、不安・空虚な心の状態を表す。(学研) ここでは④の意

(注)やすげなし【安げ無し】形容詞:安心できない。落ち着かない。不安だ。(学研)

(注)「奈呉の海人の 潜き取るといふ 白玉の」は序。「見が欲し」を起こす。

(注)まつかへの【松柏の】[枕]:松・カシワが常緑で樹齢久しいところから、「栄ゆ」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)あがきみ【吾が君】名詞:あなた。あなたさま。▽相手を親しんで、また敬愛の気持ちをこめて呼びかける語。(学研)

 

題詞は、「為家婦贈在京尊母所誂作歌一首 幷短歌」<家婦(かふ)の、京に在(いま)す尊母(そんぼ)に贈るために、誂(あとら)へられて作る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)かふ【家婦】〘名〙: 家の妻。また、自分の妻。家の中の仕事をする女の意でいう。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注の注)ここでは、前年の秋に下向した家持の妻、坂上大嬢のこと。

(注)そんぼ【尊母】:他人の母を敬っていう語。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注の注)ここでは、大伴坂上郎女をいう。

(注)あつらふ【誂ふ】他動詞:①頼む。②(物を作るように)注文する。あつらえる。(学研)

 

 妻の坂上大嬢が越中に下向していたので、大嬢に頼まれて作った歌であろう。

 

 この歌(長歌)ならびに短歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1123)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「所沢市HP」