万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2206)―愛知県(6)蒲郡市―

蒲郡市> 

 愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径には、万葉歌碑や歌碑プレートが随所に設置されており、万葉の世界に誘ってくれる。

 ただ、「万葉の小径」は侮ってはいけない。西浦温泉万葉の小径とあるので、ゆかたがけでも散策できるかと思いきや、入口からの上り坂を見ただけでこれまでの甘い気持ちは吹っ飛んでしまった。

 足腰の悪い家内は、駐車場で待機するはめに。単独で挑戦することに。


 

歌碑をみていこう。

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻一 二三>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<作者未詳> 20220411撮影

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌」<麻続王(をみのおおきみ)、伊勢の国の伊良虞(いらご)の島に流さゆる時に、人の哀傷(かな)しびて作る歌>である。

(注)麻続王(おみのおおきみ):?-? 飛鳥(あすか)時代の皇族。

 

日本書紀」によれば、天武天皇4年(675)罪により因幡(いなば)(鳥取県)に流罪となり,ふたりの王子も伊豆(いず)島と血鹿(ちかの)島(長崎県)に流されたとある。「万葉集」にこれをかなしむ歌があり、配流地は伊勢(いせ)(三重県)とされている。(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

(注)伊良虞:愛知県渥美半島西端の伊良湖岬で、実際は三河の国所属。(伊藤脚注)

 

◆打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等篭荷四間乃 珠藻苅麻須

       (作者未詳 巻一 二三)

 

≪書き下し≫打ち麻(そ)を麻続(をみ)の王(おほきみ)海人(あま)なれや伊良虞(いらご)の島の玉藻(たまも)刈ります

 

(訳)打ち柔らげられた麻、その麻続<麻績>(おみの)王は海人なのかな、そうではないのに海人そっくりに、伊良虞の島の玉藻を刈っていらっしゃる。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うちそ【打ち麻】名詞:打って柔らかくした麻。 ※「そ」は「麻(あさ)」の古名。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うちそを【打ち麻を】[枕]:《「を」は間投助詞》「をみ」にかかる。うつそを。(goo辞書)

 

 

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻一 二四>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<麻績王> 20220411撮影

●歌をみていこう。

 

◆空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食

       (麻続王 巻一 二四)

 

≪書き下し≫うつせみの命(いのち)を惜しみ波に濡(ぬ)れ伊良虞の島の玉藻刈り食(は)む

 

(訳)この現(うつ)し世(よ)の命の惜しさに、波に濡れながら、私は伊良虞の島の、玉藻を刈って食べています。(同上)

(注)うつせみの 分類枕詞:この世(の人)の意で、「世(よ)」「人」「命」「身」にかかる。 ⇒参考:中古以降、「空蟬(=蟬のぬけ殻)」の連想から、特に、はかないこの世の意の「よ(世・代)」にかかるようになった。(学研)

 

左注は、「右案日本紀天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻續王有罪流于因幡 一子流伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎」<右は、日本紀を案(かむが)ふるに、曰(い)はく、「天皇の四年乙亥(きのとゐ)の夏の四月戊戌(つちのえいぬ)の朔(つきたち)の乙卯(きのとう)に、三位麻続王(をみのおほきみ)罪あり。因幡(いなは)に流す。一(ひとり)の子をば伊豆(いず)の島に流す。一(ひとり)の子をば血鹿(ちか)の島に流す」といふ。ここに伊勢の国の伊良虞(いらご)の島に配(なが)すといふは、けだし後の人、歌の辞(ことば)に縁(よ)りて誤り記(しる)せるか>である。

(注)罪あり:政治事件による失脚らしい。(伊藤脚注)

(注)血鹿の島:長崎県五島列島。日本の西端とされた。事件は二人の子が起こし、麻続王

連座らしい。(伊藤脚注)因幡:近流 伊豆・血鹿:遠流

 

 

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感想(1件)

 二三歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1453)」で、二四歌ならびに歌碑については、同「同(その1454)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻一 四一>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<柿本人麻呂> 20220411撮影

●歌をみていこう。

 

◆釼著 手節乃埼二 今日毛可母 大宮人之 玉藻苅良武

       (柿本人麻呂 巻一 四一)

 

≪書き下し≫釧(くしろ)着(つ)く答志(たふし)の崎に今日(けふ)もかも大宮人(おおみやびと)の玉藻(たまも)刈るらむ

 

(訳)あの麗(うるわ)しい答志(とうし)の崎で、今日あたりも、大宮人が美しい藻を刈って楽しんでいることであろうか。(同上)

(注)くしろ【釧】名詞:古代の腕輪。石・玉・貝・金属などで作り、腕や手首につけて飾りとした。(学研)

(注の注)くしろつく【釧着く】[枕]:《釧を着ける手から》地名「手節(たふし)」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)答志の崎:小浜の浦の北東海上答志島の崎。(伊藤脚注)

 

 四〇~四二歌の題詞は、「幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌」<伊勢の国に幸す時に、京に留(とど)まれる柿本朝臣人麻呂が作る歌>である。

 

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻一 四二>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<柿本人麻呂> 20220411撮影

●歌をみていこう。

 

◆潮左為二 五十等兒乃嶋邊 榜船荷 妹乗良六鹿 荒嶋廻乎

       (柿本人麻呂 巻一 四二)

 

≪書き下し≫潮騒(しほさゐ)に伊良虞(いらご)の島辺(しまへ)漕ぐ舟に妹(いも)乗るらむか荒き島(しま)みを

 

(訳)潮(うしお)ざわめく中、伊良虞の島辺(しまべ)を漕ぐ船に、今頃、あの娘(こ)は乗っていることであろうか。あの風波(かざなみ)の荒い島あたり。(同上)

(注)潮騒に:潮のざわめく中。第四句の「妹乗る」に続く。(伊藤脚注)

(注)-み【回・廻・曲】接尾語:〔地形を表す名詞に付いて〕…の湾曲した所。…のまわり。「磯み」「浦み」「島み」「裾(すそ)み(=山の裾のまわり)」(学研)

 

 

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻一 五七>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<長忌寸意吉麻呂> 
20220411撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌」<二年壬寅(みずのえとら)に、太上天皇(おほきすめらみこと)、三河の国に幸(いでま)す時の歌>である。

(注)大宝二年:702年

(注)太上天皇:持統上皇

 

◆引馬野尓 仁保布榛原 入乱 衣尓保波勢 多鼻能知師尓

       (長忌寸意吉麻呂 巻一 五七)

 

≪書き下し≫引馬野(ひくまの)ににほふ榛原(はりはら)入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに

 

(訳)引馬野(ひくまの)に色づきわたる榛(はり)の原、この中にみんな入り乱れて衣を染めなさい。旅の記念(しるし)に。(同上)

(注)引馬野(ひくまの):愛知県豊川市(とよかわし)御津(みと)町の一地区。『万葉集』に「引馬野ににほふ榛原(はりばら)入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに」と歌われた引馬野は、豊川市御津町御馬(おんま)一帯で、古代は三河国国府(こくふ)の外港、近世は三河五箇所湊(ごかしょみなと)の一つだった。音羽(おとわ)川河口の低湿地に位置し、引馬神社がある。(コトバンク 日本大百科全書<ニッポニカ>)

(注)はり【榛】名詞:はんの木。実と樹皮が染料になる。(学研)

(注)にほふ【匂ふ】:自動詞 ①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。他動詞:①香りを漂わせる。香らせる。②染める。色づける。(学研)

 

左注は、「右一首長忌寸奥麻呂」<右の一首は長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)>である。

 

 四一歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1455)」で、四二歌は、同「同(その1456)」、五七歌は、同「同(その1457)」、五八歌は、同「同(その1458)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻三 二七二>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<高市黒人> 20220411撮影

●歌をみていこう。

 

◆四極山 打越見者 笠縫之 嶋榜隠 棚無小舟

       (高市黒人 巻三 二七二)

 

≪書き下し≫四極山(しはつやま)うち越(こ)え見れば笠縫(かさぬひ)の島漕(こ)ぎ隠(かく)る棚(たな)なし小舟(をぶね)

 

(訳)四極山を越えて海上を見わたすと、笠縫(かさぬい)の島陰に漕ぎ隠れようとする小舟が見える。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)四極山:愛知県幡豆郡幡豆町吉良町付近。(伊藤脚注)

 

 

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻三 二七六>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<高市黒人> 20220411撮影

●歌をみていこう。

 

◆妹母我母 一有加母 三河有 二見自道 別不勝鶴

       (高市黒人 巻三 二七六)

 

一本云 水河乃 二見之自道 別者 吾勢毛吾文 獨可文将去

 

≪書き下し≫妹も我(あ)れも一つなれかも三河(みかは)なる二見(ふたみ)の道ゆ別れかねつる

 

 一本には「三河の二見の道ゆ別れなば我(わ)が背(せ)も我(あ)れも一人かも行かむ」といふ

 

(訳)あなたも私も一つだからでありましょうか、三河の国の二見の道で、別れようとしてなかなか別れられないのは。(同上)

 

 一本「三河の国の二見の道でお別れしてしまったならば、あなたも私も、これから先一人ぼっちで旅行くことになるのでしょうか。

(注)妹:(ここでは)旅先で出逢った遊行女婦か。(伊藤脚注)

(注)二見:豊川市国府(こう)町と御油(ごゆ)町との境、東海道姫街道の分岐点か。(伊藤脚注)

(注の注)ひめかいどう【姫街道】:江戸時代、東海道脇街道の一。見付宿の先から浜名湖の北岸を回り、本坂ほんざか峠を越えて御油宿へ至る道。女性の多くが今切いまぎれの渡しと新居関あらいのせきを避けてこの街道を通ったことによる名。本坂越え。(コトバンク  小学館デジタル大辞泉

(注)二から四句には「一二三」の数の遊びがある。

 

 

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 二七二歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1459)」で、二七六歌ならびに歌碑については、同「同(その1460)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

■愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<巻七 一二三六>■

愛知県蒲郡市西浦町西浦温泉 万葉の小径万葉歌碑<作者未詳> 20220411撮影

●歌をみていこう。

 

◆夢耳 継而所見乍 竹嶋之 越礒波之 敷布所念

       (作者未詳 巻七 一二三六)

 

≪書き下し>夢(いめ)のみに継(つ)ぎて見えつつ高島(たかしま)の礒(いそ)越す波のしくしく思ほゆ

 

(訳)夢の中でばかり絶えず見えるだけなので、高島の磯を越す波のように、あの子のことがひっきりなしに思われる。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)高島:滋賀県高島市か。(伊藤脚注)

(注)「高島(たかしま)の礒(いそ)越す波の」は序。「しくしく」を起こす。(伊藤脚注)

(注)つぐ【継ぐ・続ぐ】他動詞①絶えないようにする。続ける。保ち続ける。②受け伝える。伝承する。継承する。③跡を受ける。相続する。◇「嗣ぐ」とも書く。④つなぎ合わせる。繕う。(学研)ここでは①の意

(注)しくしく【頻く頻く】[副]《動詞「し(頻)く」を重ねたものから》:絶え間なく。しきりに。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1461)」で紹介している。

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 稲村神社にもお詣りし参道を下りて、「万葉歌碑 安礼の埼」の案内板も写したが、肝心の高市黒人の五八歌の歌碑を取り損なっていたのである。後で気が付いた時のショックは大きい。


 機会があれば再挑戦してみたいものである。

 

 

 「万葉の小径」のいたるところに下記の万葉歌碑(プレート)が立てられている。



 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「goo辞書」

★「コトバンク  小学館デジタル大辞泉

★「コトバンク 日本大百科全書<ニッポニカ>」

★「コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」