万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2425)―

■ねむのき■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴さへに見よ」である。

 

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(紀女郎) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆晝者咲 夜者戀宿 合歡木花 君耳将見哉 和氣佐倍尓見代

        (紀女郎 巻八 一四六一)

 

≪書き下し≫昼は咲き夜(よる)は恋ひ寝(ね)る合歓木(ねぶ)の花君のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ

 

(訳)昼間は花開き、夜は葉を閉じ人に焦がれてねむるという、ねむの花ですよ。そんな花を主人の私だけが見てよいものか。そなたもご覧。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)きみ【君・公】名詞:①天皇。帝(みかど)。②主君。主人。③お方。▽貴人を敬っていう語。④君。▽人名・官名などの下に付いて、「…の君」の形で、その人に敬意を表す。(学研) ここでは、②の意

(注)わけ【戯奴】代名詞:①私め。▽自称の人称代名詞。卑下の意を表す。②おまえ。▽対称の人称代名詞。目下の者にいう。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 一四六〇、一四六一歌の題詞は、「紀女郎贈大伴宿祢家持歌二首」<紀女郎(きのいらつめ)大伴宿禰家持に贈る歌二首>である。続く一四六二、一四六三歌の題詞は、「大伴家持贈和歌二首」<大伴家持、贈り和(こた)ふる歌二首>である。

 

 この歌については、紀女郎の歌十二首と共に、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1114)」で紹介している。

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 「合歓木」を詠った歌は、集中三首である。これをみてみよう。

 

■一四六三歌■

◆吾妹子之 形見乃合歓木者 花耳尓 咲而蓋 實尓不成鴨

       (大伴家持 巻八 一四六三)

 

≪書き下し≫吾妹子(わぎもこ)が形見の合歓木(ねぶ)は花のみに咲きてけだしく実(み)にならじかも

 

(訳)あなたが下さった形見のねむは、花だけ咲いて、たぶん実を結ばないのではありますまいか。(同上)

(注)けだし【蓋し】副詞①〔下に疑問の語を伴って〕ひょっとすると。あるいは。②〔下に仮定の表現を伴って〕もしかして。万一。③おおかた。多分。大体。(学研)

(注)実にならじかも:交合が実らないことを寓する。(伊藤脚注)

 

 この歌については、紀女郎の一四六〇、一四六一に対して家持が和(こた)えた歌二首のうちの一首であり、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その487)」で贈答歌四首を紹介している。

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■二七五二歌■

◆吾妹兒乎 聞都賀野邊能 靡合歓木 吾者隠不得 間無念者

       (作者未詳 巻十一 二七五二)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)を聞き都賀野辺(つがのへ)のしなひ合歓木(ねぶ)我(あ)は忍びえず間(ま)なくし思へば

         (作者未詳 巻十一 二七五二

 

(訳)あの子の噂を聞き継ぎたい、その都賀野の野辺にしなっている合歓木(ねむ)のように、私はしのびこらえることができない。ひっきりなしに思っているので。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)「我妹子(わぎもこ)を聞き」までが「都賀」を、上三句は「忍び」を起こす二重の序になっている。(伊藤脚注)

(注)しなふ【撓ふ】自動詞:①しなやかにたわむ。美しい曲線を描く。②逆らわずに従う。(学研)ここでは①の意

(注)まなし【間無し】形容詞:①すき間がない。②絶え間がない。とぎれることがない。③間を置かない。即座である。(学研)ここでは②の意

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その338)」で紹介している。

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 「戯奴(わけ)」は、紀女郎と家持の贈答歌で、一四六〇、一四六一、一四六二歌で使われている。

 他に使われている歌をみてみよう。

 

■五五二歌■

題詞は、「大伴宿祢三依歌一首」<大伴宿禰三依(おほとものすくねみより)が歌一首>である。

 

◆吾君者 和氣乎波死常 念可毛 相夜不相夜 二走良武

       (大伴三依 巻四 五五二)

 

≪書き下し≫我(あ)が君はわけをば死ねと思へかも逢ふ夜逢はぬ夜二走(ふたはし)るらむ

 

(訳)我がご主人殿は、この小僧めを死ねとでもお思いなのでしょうか。逢って下さる夜、逢って下さらぬ夜と、二道かけて気を揉(も)ませられることを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)我が君:女に対し、わざと主君の意で呼びかけたもの。相手は賀茂女王か。(伊藤脚注)

(注)わけ:年少の召使。ここは一人称。(伊藤脚注)

(注)「二走る」は、二つのことが目まぐるしく交錯する意。(伊藤脚注)

 

 

 

■七八〇歌■

題詞「大伴宿祢家持更贈紀女郎歌五首」<大伴宿禰家持、さらに紀女郎に贈る歌五首>である。

 

◆黒樹取 草毛苅乍 仕目利 勤和氣登 将譽十方不有 <一云仕登母>

      (大伴家持 巻四 七八〇)

 

≪書き下し≫黒木取り草(かや)も刈りつつ仕(つか)へめどいそしきわけとほめむともあらず <一には「仕ふとも」といふ>

 

(訳)黒木を採り、かやまで刈ってお仕えしたいと思いますが、よく働くまめな小僧だとほめてくれそうにもありませんね。<仕えたとしても>(同上)

(注)くろき【黒木】名詞:①皮付きの丸太。[反対語] 赤木(あかぎ)。②一尺(=約三〇センチ)ほどにそろえた生木をかまどで蒸し焼きにして黒くしたもの。薪とする。京都北郊の八瀬(やせ)・大原付近で作られ、大原女(おはらめ)が頭に載せて京都市中へ売りに来る。大原木(おはらぎ)。③黒檀(こくたん)の別名。黒くてきめが細かい木。高級器具・調度品などに用いる。 ※「くろぎ」とも。(学研)ここでは①の意

(注)いそしきわけ:勤勉な召使だと。(伊藤脚注)

(注の注)いそし【勤し】形容詞:勤勉である。よく勤める。(学研)

 

 

 「わけ」は「若(わか)」と同語源で、未熟者、幼稚な者の意が原義かといわれている。書き下しにおいて「戯奴(わけ)」と書かれているが。この言葉が使われている歌はすべて、諧謔がもてあそばれている。「奴」に「戯」と被せるところにまた読み手(書き手)の遊び心が感じられるのである。

 

 万葉集にあって、このような歌が収録されているところに「歌集」として読み手を意識した編集が感じ取れる。

 万葉集の包容力にあらためて驚かされるところである。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」