●歌は、「伊勢の海の沖つ白波花にもが包みて妹が家づとにせむ(安貴王 3-306)」である。
【伊勢の海】
「安貴王(あきのおほきみ)(巻三‐三〇六)(歌は省略)伊勢にはたびたびの行幸があった。・・・持統六年(六九二)大宝二年(七〇二)養老二年(七一八)天平一二年(七四〇)などの行が見られる。・・・安貴王は志貴(しき)皇子(天智皇子)の孫にあたる。
・・・大和には海がないから、たとえ困難な山越えをして徒歩三、四日の行程を要しても、あさもよし紀の国の場合と同じように、神風の伊勢の浜辺には、珍しさのあこがれをいだいていた。・・・“沖の白波が花だったらいい、包んで妻へのみやげにしよう”と・・・素朴純真な心の躍動を見せるのも当然である。また日ごろ白雲を地上にしか見ない人たちが、(巻七‐一〇八九)(歌は省略)と、大景を前におどろきを見せるのも当然である。また伊勢の海が都にもきこえていたことは、(巻四‐六〇〇)(巻十一‐二七九八)(いずれも歌は省略)などの歌詠を見てもわかる。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)
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巻三 三〇六歌をみてみよう。
■巻三 三〇六歌■
題詞は、「幸伊勢國之時安貴王作歌一首」<伊勢の国に幸(いでま)す時に、安貴王(あきのおほきみ)が作る歌一首>である。
(注)養老二年(718年)二月、元正天皇美濃行幸の途次か。(伊藤脚注)
◆伊勢海之 奥津白浪 花尓欲得 褁而妹之 家褁為
(安貴王 巻三 三〇六)
≪書き下し≫伊勢の海の沖つ白波(しらなみ)花にもが包みて妹(いも)が家(いへ)づとにせむ
(訳)伊勢の海の沖の白波よ、これが花であったらよいのに。包んで持ち帰っていとしい子への土産にしように。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)もが 終助詞:《接続》体言、形容詞・助動詞の連用形、副詞、助詞などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればなあ。 ⇒参考:上代語。上代には、多く「もがも」の形で用いられ、中古以降は「もがな」の形で用いられた。⇒もがな・もがも(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)いへづと【家苞】名詞:自分の家への土産。(学研)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1796)」で、志貴皇子の系図とともに、志貴皇子、春日王、安貴王の歌を紹介している。
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続いて、巻七 一〇八九歌をみてみよう。
■巻七 一〇八九歌■
◆大海尓 嶋毛不在尓 海原 絶塔浪尓 立有白雲
(作者未詳 巻七 一〇八九)
≪書き下し≫大海(おほうみ)に島もあらなくに海原(うなはら)のたゆたふ波に立てる白雲(しらくも)
(訳)ここ大海原(おおうなばら)には島影一つないのに、海上のたゆたう波の上に、白雲が立ちわたっている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)島もあらなくに:雲は島や山に立つものとされた。(伊藤脚注)
左注は、「右一首伊勢従駕作」<右の一首は、伊勢(いせ)の従駕(おほみとも)の作>である。
(注)伊勢の従駕の作:伊勢行幸に供奉した時の作。(伊藤脚注)
巻四 六〇〇歌ならびに巻十一 二七九八歌をみてみよう。
■巻四 六〇〇歌■
◆伊勢海之 礒毛動尓 因流波 恐人尓 戀渡鴨
(笠女郎 巻四 六〇〇)
≪書き下し≫伊勢の海の礒もとどろに寄する波畏(かしこ)き人に恋ひわたるかも
(訳)伊勢の海の磯もとどろくばかりに寄せる波、その波のように恐れ多い方に私は恋い続けているのです。(同上)
(注)上三句は序。「畏き」を起こす。(伊藤脚注)
(注)畏き人に:身分の隔たる畏れ多い人に。(伊藤脚注)
(注の注)かしこし【畏し】形容詞:①もったいない。恐れ多い。②恐ろしい。恐るべきだ。③高貴だ。身分が高い。貴い。(学研)ここでは①の意
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1094)」で、題詞「笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首」(五八七~六一〇)とともに紹介している。
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■巻十一 二七九八歌■
◆伊勢乃白水郎之 朝魚夕菜尓 潜云 鰒貝之 獨念荷指天
(作者未詳 巻十一 二七九八)
≪書き下し≫伊勢の海女(あま)の朝な夕なに潜(かづ)くといふ鰒(あはび)の貝の片思(かたもひ)にして
(訳)伊勢の海女が朝夕の食べ物のためにいつも潜って採るという、その鰒(あわび)の貝と同じくいつも片思いのままで・・・。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)上四句は序。「片思」を起す。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1200)」で、貝に寄せる恋の歌(二七九五~二七九八歌)とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」