万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その2917)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅱ)―机の島

●歌は、「鹿島嶺の 机の島の しただみを い拾ひ持ち来て 石もち つつき破り 早川に 洗ひ濯ぎ 辛塩に こごと揉み 高坏に盛り 机に立てて 母にあへつや 目豆児の刀自 父にあへつや 身女児の刀自(能登国歌 16-3880)」である。

【机の島】

 「能登国歌(巻十六‐三八八〇)(歌は省略)和倉温泉から西北二・五キロの海上に机(つくえ)島とよばれる木のこんもり茂った低い小島がある。七尾湾西湾、“熊来のやら”の東方の種(たね)が島の南につづく小島で・・・無人の島で、種が島とは干潮時には歩いて渡れる汐越(しおごし)の入江の瀬戸をはさみ、いまは全島松樹におおわれた、よにも静謐(せいひつ)の島である。・・・しただみは馬蹄螺(ばていら)科の貝で、キシャゴぐらいの大きさのコシタカガンガラやイシダタミという貝をいう。・・・こんなに密生しているところはめずらしく、しかもすでに死語となっているはずの“しただみ”が中島町一帯(熊木)ではこの貝をしただみしか呼ばず、その上、この地方での日常のだいじな食料となっているのだ。・・・しただみは岩からひき放すのではなくて、まさに拾いとるのだ。“拾いとって、石でつつきやぶって、早川できれいに洗って、辛塩でキュッキュットもんで、高坏(たかつき)に盛って、食卓にのせて”は古代調理の過程が尻取りのように順を追って調子よくうたわれ、“まずおっ母さんにさしあげたかね、かわいいヨメサンよ。次いでお父(とつ)つぁんにさしあげたかね、かわいいヨメサンよ”とこれまた調子よくうたいあげる。そこには”文学“とはおよそ無縁の郷土の日常生活の歌声がある。たぐい稀な能登の古民謡であろう。・・・この歌はたんに『めづ児(こ)の刀自(とじ)』によびかけたものではなくて、子らにとって関心の深い食生活のことといい、歌の、順を追う調子のよさといい、大人の生活の反映した、子供たちのあいだの伝承歌謡、童歌(わらべうた)とみるべきだろう。子らはうたうあいだに調理をおぼえ、やがて『めづ児の刀自』にもなってゆくのだ。・・・この地方の風土に生きる古代庶民生活のあいだから生まれた、かくも日常的な愛情の所産になる童歌の存在は『万葉集』中の貴重といわねばならない。」(「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより) 

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 巻十六 三八八〇歌をみていこう。これについては、前稿でも紹介しているが、再掲させていただきます。

 

■巻十六 三八八〇歌■

◆所聞多祢乃 机之嶋能 小螺乎 伊拾持来而 石以 都追伎破夫利 早川尓 洗濯 辛塩尓 古胡登毛美 高坏尓盛 机尓立而 母尓奉都也 目豆兒乃▼ 父尓獻都也 身女兒乃▼

       (能登国歌 巻十六 三八八〇)

 ▼は「刀」の下に「目」である。=刀自(とじ)

 

≪書き下し≫鹿島嶺(かしまね)の 机(つくゑ)の島の しただみを い拾(ひり)ひ持ち来て 石もち つつき破(やぶ)り 早川(はやかわ)に 洗ひ濯(すす)ぎ 辛塩(からしほ)に こごと揉(も)み 高坏(たかつき)に盛(も)り 机に立てて 母にあへつや 目豆児(めづこ)の刀自(とじ) 父にあへつや 身女児(みめこ)の刀自

 

(訳)鹿島嶺(かしまね)近くの、世に名の聞こえる机(つくえ)の島(しま)のしただみ、そのしただみ貝を拾って運んで、石でこつこつつつき破り、早い流れでざぶざぶ洗い濯ぎ、辛塩でごしごし揉んで、3付き皿に盛り上げて、机の上にきちんと立てて、母さんにご馳走(ちそう)したかい、かわいいおかみさん、父さんにご馳走したかい、愛くるしいおかみさん。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

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(注)鹿島嶺:七尾市東方の宝達山脈か。(伊藤脚注)

(注)机の島:和倉沖の小島か。(伊藤脚注)

(注)しただみ:円錐形の海産巻貝。(伊藤脚注)

(注の注)しただみ:〘 名詞 〙 貝「きさご(喜佐古)」またニシキウズガイ科の小形種をいう古名。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)こごと:ごしごしと。(伊藤脚注)

(注)あへつや:「あふ」は食べ物をもてなす意。(伊藤脚注)

(注)目豆児の刀自:珍しい(かわいい)子の意か。刀自は幼女を主婦に見立てたもの。(伊藤脚注)

(注の注)めづこ 【愛づ児】名詞:かわいい子。いとしい子。(学研)

(注)身女児:幼女を体つきからとらえた語か。以上、料理の手順を教える童歌か。(伊藤脚注)

 

 

 

 「机島」については、「七尾市HP」に次のように書かれている。

「周囲1.3km、岩盤は3mくらい島上に同じ高さの松が一面に生え繁り、あたかも緑の蓋をしたようで、和倉から海上2.2km種島と共に望観される。昔、大伴家持が訪れて歌を詠じ、畠山氏が連歌宗匠を招いて遊宴を張ったとの言い伝えあり。島内に硯石という清泉があり、水が絶えないとのことである。(昭和26年粕谷貞治著「北陸温泉界の王座和倉温泉案内」より)

万葉集第十六集より

香島嶺(かしまね)の机の島のしただみをい拾(ひろ)ひ持ち来て石もちつつき破り早川(はやかわ)に洗い濯(すす)ぎ辛塩(からしお)にこごと揉み高杯に盛り机に立てて母にまつりつや愛(め)づ児の刀児(とじ)父にまつりつやみ愛(め)づ児の刀自(図説中島町の歴史と文化より)

【口語訳】香島山の近くの机島の海岸からしただみを拾って持ってきて、石で殻をつつき破り流れの速い川で洗い清めてから辛い塩でごしごしもんで足の高い器に盛り付けそれを机の上に立ててうやうやしく供えかあさまに差上げたいかわいいおかみさんとうさまにさしあげたい愛くるしいおかみさん」

七尾市HP」より引用させていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の旅 下 山陽・四国・九州・山陰・北陸」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「七尾市HP」