万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1016)―春日井市東野町 万葉の小道(13)―万葉集 巻十六 三七八六

●歌は、「春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散り行けるかも」である。

 

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春日井市東野町 万葉の小道(13)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、春日井市東野町 万葉の小道(13)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春去者 挿頭尓将為跡 我念之 櫻花者 散去流香聞 其一

                  (作者未詳    巻十六 三七八六)

 

≪書き下し≫春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散り行けるかも その一

 

(訳)春がめぐってきたら、その時こそ挿頭(かざし)にしようと私が心に思い込んでいた桜の花、その花ははや散って行ってしまったのだ、ああ。 その一 (伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)挿頭にせむ:髪飾りにしようと。妻にすることの譬え。

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歌の解説案内板


 

 

 この歌は、巻十六の巻頭歌である。巻十六は、巻頭に「有由縁幷雑歌」とある。「有由縁幷せて雑歌」ないし「有由縁、雑歌を幷せたり」と訓読され、「『由縁』(ことの由来)ある歌と雑歌」を収録している標示であると理解される。ただ、「目録」には、「幷」の文字はなく、「有由縁雑歌」であることから、「由縁有る雑歌」とする説もある。

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その134改)で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 題詞は、「昔者有娘子 字曰櫻兒也 ・・・」<昔、娘子(をとめ)あり。字(あざな)を桜児(さくらこ)といふ。・・・>である。

 巻十六 三八〇五歌まで、題詞は「昔・・・」で始まっており、その昔話に寄せた形で歌が作られている。

まさに「『由縁』(ことの由来)ある歌と雑歌」として巻十六に収録されているのである。

 

 形式的に似たような形の「伝説を歌にした伝説歌」と「昔話に寄せた歌」とは、きっちりと分けて収録しているのである。

「伝説を歌にした伝説歌」をみてみよう。

 

 

 ひとつの例は、田辺福麻呂の「菟原娘子伝説歌」である。

 長歌(一八〇一歌)と反歌(一八〇二、一八〇三歌)の構成である。

 

◆古之 益荒丁子 各競 妻問為祁牟 葦屋乃 菟名日處女乃 奥城矣 吾立見者 永世乃 語尓為乍 後人 偲尓世武等 玉桙乃 道邊近 磐構 作冢矣 天雲乃 退部乃限  此道矣 去人毎 行因 射立嘆日 或人者 啼尓毛哭乍 語嗣 偲継来 處女等賀 奥城所 吾并 見者悲喪  思者

               (田辺福麻呂 巻九 一八〇一)

 

≪書き下し≫いにしへの ますら壮士(をとこ)の 相(あひ)競(きほ)ひ 妻どひしけむ 葦屋(あしのや)の 菟原娘子(うなひをとめ)の 奥(おく)つ城(き)を 我(わ)が立ち見れば 長き世の 語りにしつつ 後人(のちひと)の 偲(しの)ひにせむと 玉桙の 道の辺(へ)近く 岩(いは)構(かま)へ 造れる塚を 天雲(あまくも)の そくへの極(きは)み この道を 行く人ごとに 行き寄りて い立ち嘆かひ ある人は 哭(ね)にも泣(な)つつ 語り継ぎ 偲ひ継ぎくる 娘子(をとめ)らが 奥(おく)つ城(き)ところ 我(わ)れさへに 見れば悲しも いにしへ思へば

 

(訳)はるか遠くの時代の雄々しい若者たちが競い争って求婚したという、葦屋の菟原娘子の奥つ城、この奥つ城の前に立って私が見ると、行く末長くずっと語り草にしてのちの世の人びとが偲ぶよすがにしようと、道端近くに岩を組み合わせて造った塚だものだから、天雲のたなびく遠い果てまでも、この道を行く人の誰もかれもがここに立ち寄り、足をとめて嘆き、ある人は声をあげて泣いたりして、語り継ぎ偲び続けてきた娘子の眠る奥つ城、この墓所を見ると、何のかかわりもない私でさえ悲しくなる。はるか遠くの時代のことを思うにつけても。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)つまどひ【妻問ひ】名詞:異性のもとを訪ねて言い寄ること。求婚すること。特に、男が女を訪ねる場合にいう。また、(恋人や妻である)女のもとに通うこと。(学研)

(注)あまくもの【天雲の】分類枕詞:①雲が定めなく漂うところから、「たどきも知らず」「たゆたふ」などにかかる。②雲の奥がどこともわからない遠くであるところから、「奥処(おくか)も知らず」「はるか」などにかかる。③雲が離れ離れにちぎれるところから、「別れ(行く)」「外(よそ)」などにかかる。④雲が遠くに飛んで行くところから、「行く」にかかる。(学研) 

(注)そく【退く】自動詞:離れる。遠ざかる。退く。逃れる。

(補注)「そくへ」を遠ざかったところと解釈し、「天雲の」は④の意と考える。

 

 短歌二首はここでは省略するが、「菟原娘子伝説」を歌にしたものである。

 この田辺福麻呂の歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その562)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 この「菟原娘子伝説」を歌にしたものは、大伴家持も作っている。これについては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その947)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 伝説を歌にして詠んだものには次のような歌がある。歌番号のみの紹介となります。

 

山上憶良 鎮懐石(しづめのいし)伝説歌 巻五 八一三、八一四歌

山上憶良 七夕(たなばた)伝説歌  巻八 一五二〇~一五二二歌

高橋虫麻呂 周准珠名(すゑのたまな)伝説歌 巻九 一七三八、一七三九歌

高橋虫麻呂 真間手児奈(ままのてごな)伝説歌 巻九 一八〇七、一八〇八歌

高橋虫麻呂 菟原娘子(うなひをとめ)伝説歌 巻九 一八〇九~一八一一歌

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」