万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1825)―愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(37)―万葉集 巻十九 四一三九

●歌は、「春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子」である。

愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(37)万葉歌碑(大伴家持

●歌は、愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(37)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春苑 紅尓保布 桃花 下照道尓 出立▼嬬

      (大伴家持 巻十九  四一三九)

    ※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」

 

≪書き下し≫春の園(その)紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(をとめ)

 

(訳)春の園、園一面に紅く照り映えている桃の花、この花の樹の下まで照り輝く道に、つと出で立つ娘子(おとめ)よ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

四一三九、四一四〇歌の題詞は、「天平勝寳二年三月一日之暮眺曯春苑桃李花作二首」<天平(てんぴやう)勝宝(しようほう)二年の三月の一日の暮(ゆうへ)に、春苑(しゆんゑん)の桃李(たうり)の花を眺曯(なが)めて作る歌二首>である。

 

 この歌については、高岡市万葉歴史館玄関の家持・大嬢のブロンズ像の歌碑とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その825)」で紹介している。

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 本稿の巻頭歌は巻十三から巻十六である。みてみよう。

 

■■巻頭歌 巻十三~十六■■

■巻十三 三二二一歌■

◆冬木成 春去来者 朝尓波 白露置 夕尓波 霞多奈妣久 汗瑞能振樹奴礼我之多尓 鸎鳴母

       (作者未詳 巻十三 三二二一)

 

≪書き下し≫冬木も茂る春がやって来ると、朝方には白露が置き、夕方には霞がたなびく。そして、嵐の吹く山の梢(こずえ)の下では、鴬(うぐいす)がしきりに鳴き立てている。(同上)

 

(訳)冬木も茂る春がやってくると、朝方には白露が置き、夕方には霞がたなびく。そして、風の吹く山の梢(こずえ)の下では、鴬(うぐいす)がしきりに鳴き立てている。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ふゆごもり【冬籠り】分類枕詞:「春」「張る」にかかる。かかる理由は未詳。 ※古くは「ふゆこもり」。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1327)」で紹介している。

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■巻十四 三三四八歌■

◆奈都素妣久 宇奈加美我多能 於伎都渚尓 布袮波等<杼>米牟 佐欲布氣尓家里

     (作者未詳 巻十四 三三四八)

 

≪書き下し≫夏麻(なつそ)引(び)く海上潟(うなかみがた)の沖つ洲(す)に舟は留(とど)めむさ夜更(よふ)けにけり

 

(訳)夏麻(なつそ)を引き抜く畝(うね)というではないが、海上潟(うなかみがた)の沖の砂州(さす)に、この舟はもう泊めることにしよう。夜もとっぷり更けてきた。(同上)

 

左注は、「右一首上総國歌」<右の一首は上総(かみつふさ)の国の歌>である。

 

 巻十四の総題は「東歌」である。

 三三四八から三三五一歌の巻頭五首の「東ぶり」については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1245)」で触れている。

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■巻十五 三五七八歌■

 総題は、「遣新羅使人等悲別贈答及海路慟情陳思并當所誦之古歌」<遣新羅使人等(けんしらきしじんら)、別れを悲しびて贈答(ぞうたふ)し、また海路(かいろ)にして情(こころ)を慟(いた)みして思ひを陳(の)べ、幷(あは)せて所に当たりて誦(うた)ふ古歌>である。

 

◆武庫能浦乃 伊里江能渚鳥 羽具久毛流 伎美乎波奈礼弖 古非尓之奴倍之

      (遣新羅使人等 巻十五 三五七八)

 

≪書き下し≫武庫(むこ)の浦の入江(いりえ)の洲鳥(すどり)羽(は)ぐくもる君を離(はな)れて恋(こひ)に死ぬべし

 

(訳)武庫の浦の入江の洲に巣くう鳥、その水鳥が親鳥の羽に包まれているように、大事にいたわって下さったあなた、ああ、あなたから引き離されたら、私は苦しさのあまり死んでしまうでしょう。(妻)(同上)

(注)武庫の浦:兵庫県武庫川河口付近。難波津を出た使人たちの最初の宿泊地らしい。(伊藤脚注)

(注)上二句は序。「羽ぐくもる」を起こす。

(注)はぐくむ【育む】他動詞:①羽で包みこんで保護する。②育てる。養育する。③世話をする。めんどうをみる。 ⇒参考 「羽(は)含(くく)む」の意から。「はごくむ」とも。(学研)

 

 総題にあるように三五七八から三五八八歌は、まさに「別れを悲しびて贈答(ぞうたふ)」しあう歌群である。この歌群についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1307)」で紹介している。

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■巻十六 三七八六歌■

◆春去者 挿頭尓将為跡 我念之 櫻花者 散去流香聞 其一

        (作者未詳    巻十六 三七八六)

 

≪書き下し≫春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散り行けるかも その一

 

(訳)春がめぐってきたら、その時こそ挿頭(かざし)にしようと私が心に思い込んでいた桜の花、その花ははや散って行ってしまったのだ、ああ。 その一 (同上)

(注)挿頭にせむ:髪飾りにしようと。妻にすることの譬え。(伊藤脚注)

(注)桜の花:娘子桜児の譬え。(伊藤脚注)

 

 巻十六は、巻頭に「有由縁幷雑歌」とある。「有由縁幷せて雑歌」ないし「有由縁、雑歌を幷せたり」と訓読され、「『由縁』(ことの由来)ある歌と雑歌」を収録している標示であると理解される。ただ、「目録」には、「幷」の文字はなく、「有由縁雑歌」であることから、「由縁有る雑歌」とする説もある。

 

由縁ならびに三七八七歌については、奈良県橿原市大久保町の大久保町公民館の歌碑とともに、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その134改)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「三滝自然公園 万葉の道」 (せいよ城川観光協会