万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1234)―加古川市稲美町 中央公園万葉の森(32)―万葉集 巻十八 四〇八六

●歌は、「油火の光に見ゆる我がかづらさ百合の花の笑まはしきかも」である。

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加古川市稲美町 中央公園万葉の森(32)万葉陶板歌碑(大伴家持



●歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森(32)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆安夫良火乃 比可里尓見由流 和我可豆良 佐由利能波奈能 恵麻波之伎香母

          (大伴家持 巻十八    四〇八六)

 

≪書き下し≫油火(あぶらひ)の光に見ゆる我がかづらさ百合(ゆり)の花の笑(ゑ)まはしきかも

 

(訳)油火の光の中に浮かんで見える私の花縵、この縵の百合の花の、何とまあほほ笑ましいことよ。((伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)あぶらひ【油火】名詞:灯油に灯心を浸してともすあかり。灯火。※後に「あぶらび」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ゑまふ【笑まふ】分類連語:①にこにこする。ほほえむ。②花のつぼみがほころびる。※上代語。(同上)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その833)」で紹介している。

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 万葉集には「火」を詠んだ歌は多数収録されている。中でも多いのが、「漁火」と考えられる「火」である。九首ある。

 「・・・明石の浦に燭す火・・・(三二六歌)」、「・・・海人の燈火・・・(一一九四歌)」、「・・・海人の燈火・・・(二七四四歌)」、「海人の漁り火・・・(三一六九歌)」、「・・・海人の釣りし燭せる漁り火・・・(三一七〇歌)」、「・・・海人の燈火・・・(三六二三歌)」、「・・・沖辺に灯し漁る火・・・(三六四八歌)」、「海人娘子漁り焚く火・・・(三八九九歌)」、「・・・海人の灯せる漁り火・・・(四二一八歌)」

 

二五四歌では、「燈火の明石大門に・・・」と明石にかかる枕詞の例もある。

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その561)」で紹介している。

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 また、四〇一一歌のように、家持が大切に飼っていた鷹を、「醜(しこ)つ翁(おきな)」が逃がしてしまったので、「・・・心には火さえ燃えつつ・・・(心のなかでは火さえ燃え立つばかりで)」と怒りの気持ちの譬喩に使っているケースもある。

 

 

 四〇八六歌の様に、室内で「灯り」として使っているのが四首収録されている。他の三首をみてみよう。

 

◆燈之 陰尓蚊蛾欲布 虚蝉之 妹蛾咲状思 面影尓所見

         (作者未詳 巻十一 二六四二)

 

≪書き下し≫燈火(ともしび)の影にかがよふうつせみの妹(いも)が笑(ゑ)まひし面影(おもかげ)に見ゆ

 

(訳)燈の火影(ほかげ)に揺れ輝いている、生き生きとしたあの子の笑顔、その顔が、ちらちら目の前に浮かんでくる。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)かがよふ【耀ふ】自動詞:きらきら光って揺れる。きらめく。(学研)

(注)うつせみ 名詞:(一)【現人・現身】①この世の人。生きている人。②この世。現世。(二)【空蟬】蟬(せみ)のぬけ殻。蟬。 ⇒語の歴史 「現(うつ)し臣(おみ)」の変化した「うつそみ」を、『万葉集』で「空蟬」「虚蟬」などと表記したところから、中古以降(二)の意味が生じた。(学研)

(注)ゑまふ【笑まふ】分類連語:①にこにこする。ほほえむ。②花のつぼみがほころびる。※上代語。 ⇒なりたち 動詞「ゑむ」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)

 

 

 次の歌は、遣新羅使人等の歌で、題詞「到筑前國志麻郡之韓亭舶泊經三日於時夜月之光皎々流照奄對此華旅情悽噎各陳心緒聊以裁歌六首」<筑前(つくしのみちのくち)の国の志麻(しま)の郡(こほり)の韓亭(からとまり)に到り、舶泊(ふなどま)りして三日を経ぬ。時に夜月(やげつ)の光、皎々流照(けうけうりうせう)す。奄(ひさ)しくこの華(くわ)に対し旅情悽噎(せいいつ)す。おのもおのも心緒(しんしょ)を陳(の)べ、いささかに裁(つく)る歌六首>のうちの一首である。

(注)韓亭:福岡県北西部。

(注)きょうきょう【皎皎】〘形動〙① 白々と光り輝くさま。光を反照させるさま。こうこう。② 潔白なさま。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)奄(ひさ)しく:静かにじっと。

(注)華:月華、月光。

 左注は、「右一首大判官」<右の一首は大判官>である。

 

 

◆多妣尓安礼杼 欲流波火等毛之 乎流和礼乎 也未尓也伊毛我 古非都追安流良牟

          (壬生宇太麻呂 巻十五 三六六九)

 

≪書き下し≫旅にあれど夜(よる)は火(ひ)燈(とも)し居(を)る我(わ)れを闇(やみ)にや妹が恋ひつつあるらむ

 

(訳)こんなに苦しい旅の身空ではあるけれども、夜には燈火のもとにいることのできる私なのに、暗闇の中で、あの人は、今頃じっとこの私に恋い焦がれていることであろうか。(同上)

(注)壬生宇太麻呂(みぶのうだまろ):?-? 奈良時代の官吏。天平(てんぴょう)8年(736)遣新羅(しらぎ)使の大判官として渡海。そのときの歌が「万葉集」巻15に5首みえる。翌年帰国し,のち右京亮,但馬守(たじまのかみ)をへて玄蕃頭,外従五位下。名は宇多(陁)麻呂と(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

(注の注)大判官:

(注)火燈し居る我れを:燈火の中にいることのできる私なのに・

 

 

◆保等登藝須 許欲奈枳和多礼 登毛之備乎 都久欲尓奈蘇倍 曽能可氣母見牟

          (大伴家持 巻十八 四〇五四)

 

≪書き下し≫ほととぎすこよ鳴き渡れ燈火(ともしび)を月夜(つくよ)になそへその影も見む

 

(訳)時鳥よ、ここを鳴き渡っておくれ。かかげた燈火(ともしび)を月の光に見立てて、声ばかりでなく、お前の飛び渡る姿も見たいものだ。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)こ【此】代名詞:これ。ここ。▽近称の指示代名詞。話し手に近い事物・場所をさす。⇒注意 現代語では「この」の形で一語の連体詞とするが、古文では「こ」一字で代名詞。(学研)

(注)なそふ【準ふ・擬ふ】他動詞:なぞらえる。他の物に見立てる。 ※後には「なぞふ」とも。(学研)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典