万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1219,1220)―加古川市稲美町 中央公園万葉の森(17,18)―万葉集 巻七 一三五九、巻四 六三二

―その1219―

●歌は、「向つ峰の若桂の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも」である。

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加古川市稲美町 中央公園万葉の森(17)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

 

●歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森(17)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆向岳之 若楓木 下枝取 花待伊間尓 嘆鶴鴨

               (作者未詳 巻七 一三五九)

 

≪書き下し≫向つ峰(むかつを)の若楓(わかかつら)の木下枝(しづえ)とり花待つい間に嘆きつるかも 

 

(訳)向かいの高みの若桂の木、その下枝を払って花の咲くのを待っている間にも、待ち遠しさに思わず溜息がでてしまう。((伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)むかつを【向かつ峰・向かつ丘】名詞:向かいの丘・山。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)上二句(向岳之 若楓木)は、少女の譬え

(注)下枝(しづえ)とり:下枝を払う。何かと世話をする意。

(注)花待つい間:成長するのを待っている間

 

 

 

―その1220―

●歌は、「目には見て手には取らえぬ月の内の桂のごとき妹をいかにせむ」である。

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加古川市稲美町 中央公園万葉の森(18)万葉歌碑<プレート>(湯原王

●歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森(18)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆目二破見而 手二破不所取 月内之 楓如 妹乎奈何責

           (湯原王 巻四 六三二)

 

≪書き下し≫目には見て手には取らえぬ月の内の桂(かつら)のごとき妹(いも)をいかにせむ    

 

(訳)目には見えても手には取らえられない月の内の桂の木のように、手を取って引き寄せることのできないあなた、ああどうしたらよかろう。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)月の内の桂(かつら):月に桂の巨木があるという中国の俗信

 

 万葉集には「かつら」と詠われた歌は三首あるが、実際の植物であるカツラを詠ったのは、一三五九歌である。六三二歌と二二〇二歌は、中国の俗信に基づき、月に桂の巨木があると思われていたことに基づく歌である。

一三五九、六三二歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1089)」で紹介している。

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 二二二三歌は、月にある「かつら」の木で作った楫(かじ)で月の舟を漕ぐ若者「月人壮士」を詠った歌である。この歌もブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1089)」で紹介している。

 

 月を詠んだ歌は万葉集には約二百首収録されているが、月の満ち欠けに世の無常を詠う歌も三首収録されている。これをみてみよう。

 

題詞は、「悲傷膳部王歌一首」<膳部王(かしはでのおほきみ)を悲傷(かな)しぶる歌一首>である。

(注)膳部王:長屋王の子。父に殉じて、母・兄弟と共に自尽。

 

◆世間者 空物跡 将有登曽 此照月者 満闕為家流

         (作者未詳 巻三 四四二)

 

≪書き下し≫世間(よのなか)は空(むな)しきものとあらむとぞこの照る月は満(み)ち欠(か)けしける

 

(訳)世の中はかくも空しいものであることを示そうとして、この照る月は満ちたり欠けたりするのだな。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は仏説の「世間空」による表現。

 

左注は、「右一首作者未詳」<右の一首は、作者未詳>である。

 

 

◆隠口乃 泊瀬之山丹 照月者 盈▼為焉 人之常無

          (作者未詳 巻七 一二七〇)

  ▼は「呉」の「口」のところが「日」である。「盈+▼」で「満ち欠け」

 

≪書き下し≫こもりくの泊瀬(はつせ)の山(やま)に照る月は満(み)ち欠(か)けしけり人の常なき

 

(訳)あの泊瀬の山の照っている月は、満ちたり欠けたりしている。ああ、人もまた不変ではありえないのだ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

左注は、「右一首古歌集出」<右の一首は、古歌集に出づ>である。

 

もう一首みてみよう。家持の歌である。

 

四一五九歌から四一六五歌までの歌群の総題は、「季春三月九日擬出擧之政行於舊江村道上属目物花之詠并興中所作之歌」<季春三月の九日に、出擧(すいこ)の政(まつりごと)に擬(あた)りて、古江の村(ふるえのむら)に行く道の上にして、物花(ぶつくわ)を属目(しょくもく)する詠(うた)、并(あは)せて興(きよう)の中(うち)に作る歌>である。

 

題詞は、「世間無常歌一首幷短歌」<世間(よのなか)の無常を悲しぶる歌一首幷(あは)せて短歌>である。

(注)山上憶良の八〇四、八〇五歌を踏まえて詠っている。

 

◆天地之 遠始欲 俗中波 常無毛能等 語續 奈我良倍伎多礼 天原 振左氣見婆 照月毛 盈▼之家里 安之比奇能 山之木末毛 春去婆 花開尓保比 秋都氣婆 露霜負而 風交 毛美知落家利 宇都勢美母 如是能未奈良之 紅能 伊呂母宇都呂比 奴婆多麻能 黒髪變 朝之咲 暮加波良比 吹風能 見要奴我其登久 逝水能 登麻良奴其等久 常毛奈久 宇都呂布見者 尓波多豆美 流渧 等騰米可祢都母

         (大伴家持 巻十九 四一六〇)

 

  ▼は、「呉」の「口」が「日」である。「盈▼之家里」で「満ち欠けしけり」と読む

 

≪書き下し≫天地(あめうち)の 遠き初めよ 世間(よのなか)は 常なきものと 語り継(つ)ぎ 流らへ来れ 天(あま)の原(はら) 振り放(さ)け見れば 照る月も 満ち欠(か)けしけり あしひきの 山の木末(こぬれ)も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露(つゆ)霜(しも)負(お)ひて 風交(まじ)り もみち散りけり うつせみも かくのみならし 紅(くれなゐ)の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変(かは)り 朝の咲(ゑ)み 夕(ゆふへ)変らひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止(と)まらぬごとく

 常もなく うつろふ見れば にはたづみ 流るる涙 留(とど)めかねつも

 

(訳)天地の始まった遠き遥かなる時代の初めから、この俗世は常無きものだと、語り継ぎ言い伝えてきたものだが・・・。そのとおり、天空遠く振り仰いで見ると、照る月も満ちたり欠けたりしてきた。山々の梢(こずえ)も、春が来ると花は咲き匂うものの、秋ともなれば、冷たい露を浴びて、風交じりに色づいた葉がはかなく散る。この世の人の身もみんなこれと同じでしかないらしい。まさに、紅(くれない)の頬もたちまち色褪(あ)せ、黒々とした髪もまっ白に変わり、朝の笑顔も夕方には消え失せ、吹く風が見えないように、流れ行く水が止まらないように、あっけなく物すべてが移り変わって行くのを見ると、にわたずみではないが、溢(あふ)れ流れる涙は、止めようにも止めるすべがない。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)流らへ来たれ:ずっと言い伝えてきているが。

(注)ながらふ 自動詞:(一)【流らふ】流れ続ける。静かに降り続ける。 ※上代語。

参考⇒下二段動詞の「流る」に反復継続の意を表す上代の助動詞「ふ」の付いたものかという。「ふ」は、ふつう四段動詞に付いて四段に活用するが、下二段動詞に付いて下二段に活用するのは異例のことである。(学研)

(注)にはたづみ【行潦・庭潦】名詞:雨が降ったりして、地上にたまり流れる水。

(注)にはたづみ【行潦・庭潦】分類枕詞:地上にたまった水が流れることから「流る」「行く」「川」にかかる。(学研)

 

 四一五九から四一六五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その867)」で紹介している。

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 月は満ち欠けする。まさに明暗を分ける。逢引は月の夜に、闇夜では逢引はしなかったようである。次の歌をみてみよう。

 

◆闇夜有者 宇倍毛不来座 梅花 開月夜尓 伊而麻左自常屋

            (紀女郎 巻八 一四五二)

 

≪書き下し≫闇(やみ)ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜(つくよ)に出(い)でまさじとや

 

(訳)闇夜ならばおいでにならないのもごもっともなことです。が、梅の花が咲いているこんな月夜の晩にも、お出ましにならないというのですか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)うべも【宜も】分類連語:まことにもっともなことに。ほんとうに。なるほど。道理で。 ⇒ なりたち 副詞「うべ」+係助詞「も」(学研)

(注)とや 分類連語:①〔文中の場合〕…と…か。…というのか。▽「と」で受ける内容について疑問の意を表す。②〔文末の場合〕(ア)…とかいうことだ。▽伝聞あるいは不確実な内容であることを表す。(イ)…というのだな。…というのか。▽相手に問い返したり確認したりする意を表す。◇近世の用法。

⇒参考 ②(ア)は説話などの末尾に用いられる。「とや言ふ」の「言ふ」が省略された形。

なりたち格助詞「と」+係助詞「や」(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1114)」に紹介している。

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 家持と坂上大嬢の歌もみてみよう。

 

題詞は、「同坂上大嬢贈家持歌一首」<同じき坂上大嬢、家持に贈る歌一首>である。

 

春日山 霞多奈引 情具久 照月夜尓 獨鴨念

         (大伴坂上大嬢 巻四 七三五)

 

≪書き下し≫春日山(かすがやま)霞たなびき心ぐく照れる月夜(つくよ)にひとりかも寝む

 

(訳)春日山に霞(かすみ)がたなびいて、うっとうしく月が照っている今宵(こよい)、こんな宵に私はたった一人で寝ることになるのであろうか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)こころぐし【心ぐし】形容詞:心が晴れない。せつなく苦しい。(学研)

 

題詞は、「又家持和坂上大嬢歌一首」<また家持、坂上大嬢に和(こた)ふる歌一首>である。

 

◆月夜尓波 門尓出立 夕占問 足卜乎曽為之 行乎欲焉

          (大伴家持 巻四 七三六)

 

≪書き下し≫月夜(つくよ)には門(かど)に出で立ち夕占(ゆふけ)問ひ足占(あしうら)をぞせし行かまくを欲(ほ)り

 

(訳)あなたが言われるその月夜の晩には、門(かど)の外に出(い)で立って、夕方の辻占(つじうら)をしたり足占(あしうら)をしたりしたのですよ。あなたの所へ行きたいと思って。(同上)

(注)夕占:夕方の占い

(注)足占:吉、凶と唱え、目標に着いた時が吉か凶かで事の正否を判断する占いか。

 

 来ない家持を、月の夜なのに一人寝しなければならないのかと嘆き、そう大嬢に言われ、家持は月の夜だからあなたに逢いに行こうとしたとしきりに弁解している。

紀女郎の「闇(やみ)ならばうべも来まさじ」とあるように、足下の安全性か、月の呪力によるものなのか、逢引きは闇夜では、行われなかったようである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」 古橋信孝 著 (NHKブックス

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」