万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1515,1516,1517)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P4、P5、P6)―万葉集 巻十 一八三〇、巻十九 四二七八、巻五 俗道假合の序

―その1515―

●歌は、「うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れてうぐひす鳴くも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P4)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P4)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鸎之音

      (作者未詳 巻十 一八三〇)

 

≪書き下し≫うち靡(なび)く春さり来(く)れば小竹(しの)の末(うれ)に尾羽(をは)打ち触(ふ)れてうぐひす鳴くも

 

(訳)草木の靡く春がやって来たので、篠(しの)の梢に尾羽(おばね)を打ち触れて、鶯がしきりにさえずっている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)うちなびく【打ち靡く】分類枕詞:なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、「春」にかかる。

(注)しの【篠】名詞:篠竹。群らがって生える細い竹。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)をは【尾羽】名詞:鳥の尾と羽。(学研)

 

「しの」には「小竹」「細竹」の字をあてている。文字通り、稈(茎)が細くて群がって生えている小形の竹類の総称で、ネザサ、メダケ、ヤダケなどがあてはまる。


この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1043)」で紹介している。

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 この歌には、「尾羽打ち触れ」と鶯のしきりにさえずり尾羽を震えさせているかわいらしい光景が詠われているが、このような表現を用いた歌を探したが見つからなかった。

「尾羽(おは)うち枯からす」という意味は、「《鷹(たか)の尾羽が傷ついてみすぼらしくなるところから》落ちぶれて、みすぼらしい姿になる。尾羽うち枯れる。」(コトバンク 小学館デジタル大辞泉)である。

 鶯のように華麗に尾羽を打ち触れてさえずっていたいものである。

 

 

 

―その1516―

●歌は、「あしひきの山下ひかげかづらける上にやさらに梅をしのはむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P5)万葉歌碑<プレート>(大伴家持

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P5)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「廿五日新甞會肆宴應詔歌六首」<二五日に、新嘗会(にひなへのまつり)の肆宴(とよのあかり)にして詔(みことのり)に応(こた)ふる歌六首>である。

(注)新嘗会>新嘗祭りに同じ。

(注の注)にひなめまつり【新嘗祭り】名詞:宮中の年中行事の一つ。陰暦十一月の中の卯(う)の日、天皇が新穀を皇祖はじめ諸神に供え、自らもそれを食べる儀式。即位後初めてのものは、大嘗祭(だいじようさい)または大嘗会(だいじようえ)と呼ぶ。新嘗祭(しんじようさい)。(学研)

 

◆足日木之 夜麻之多日影 可豆良家流 宇倍尓左良尓 梅乎之努波

      (大伴家持 巻十九 四二七八)

 

≪書き下し≫あしひきの山下(やました)ひかげかづらける上(うへ)にやさらに梅をしのはむ

 

(訳)山の下蔭の日蔭の縵、その日陰の縵を髪に飾って賀をつくした上に、さらに、梅を賞でようというのですか。その必要もないと思われるほどめでたいことですが、しかしそれもまた結構ですね。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ひかげ【日陰・日蔭】名詞:①日光の当たらない場所。世間から顧みられない境遇にたとえることもある。②「日陰の蔓(かづら)」の略。(学研)ここでは②の意

(注の注)ひかげは蔓性の常緑草木。これを縵にするのは新嘗会の礼装。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1235)」で紹介している。

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 「ひかげのかずら」について、「万葉植物物語」(広島大学附属福山中・高等学校/編著 中国新聞社)には、「今も生きている古代植物の代表種です。四億年前に陸上に現れたといわれています。古事記日本書紀にも出ており、古くから清浄なものとされてきました。現代でも、正月のめでたい料理の飾りにしたり、花輪や卓上の飾りとして使われます。長く緑色を保っているのも飾りに適しています。万葉集には三首詠まれています。」と書かれている。

 

 他の二首をみてみよう。

 

◆安之比奇能 夜麻可都良加氣 麻之波尓母 衣我多奇可氣乎 於吉夜可良佐武

       (作者未詳 巻十四 三五七三)

 

≪書き下し≫あしひきの山かづらかげましばにも得(え)がたきかげを置きや枯らさむ

 

(訳)あしひきの山の中に生えるひかげのかずら、そうめったに得られないかずらだもの、むざむざ捨て置いて枯らすようなことはしないぞ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)山かづら:ひかげのかずら。女の譬え。(伊藤脚注)

(注)ましばにも:打消に応じて、めったにの意を表す。マは接頭語。(伊藤脚注)

 

 

◆見麻久保里 於毛比之奈倍尓 賀都良賀氣 香具波之君乎 安比見都流賀母

       (大伴家持 巻十八 四一二〇)

 

≪書き下し≫見まく欲(ほ)り思ひしなへにかづらかけかぐはし君を相見(あひみ)つるかも

 

(訳)お逢いしたいものだと思っていたちょうどその折しも、縵(かずら)をつけた、お姿のすばらしいあなた様にお逢いすることができました。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)山かづら:ひかげのかずら。女の譬え。(伊藤脚注)

(注)ましばにも:打消に応じて、めったにの意を表す。マは接頭語。(伊藤脚注)

(注)置きや枯らさむ:妻にしないではおかない、の意。ヤは反語。男の執念。(伊藤脚注)

 

「ヒカゲノカズラ」 「福岡市薬剤師会」HPより引用させていただきました。

 福岡市薬剤師会HPには、「ヒカゲノカズラ」の名前の由来について、「自生する場所によっては群落となり周りをおおって日陰をつくるという意味で付けられたといわれる。」と書かれている。

 

 

―その1517―

●序は「・・・このゆゑに維摩大士は玉体を方丈に疾ましめ釈迦能仁は金容を双樹に掩したまへり・・・」である。

歌ではなく、「仮合即離し、去りやすく留みかたきことを悲歎しぶる詩一首 幷せて序」の漢詩文の序の一部である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P6)<俗道假合の序のプレート>(山上憶良

●序のプレートは、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P6)俗道假合の序にある。

 

●内容をみていこう。

 

題詞は、「悲歎俗道假合即離易去難留詩一首幷序」<俗道(ぞくだう)の仮合即離(けがふそくり)し、去りやすく留(とど)みかたきことを悲歎(かな)しぶる詩一首 幷(あは)せて序>である。

 

◆「・・・所以維摩大士疾玉體于方丈 釋迦能仁掩金容于雙樹・・・」

       (山上憶良 巻五 俗道假合の序)

 

≪書き下し≫・・・このゆゑに維摩大士(ゆいまだいじ)は玉体を方丈(はうぢやう)に疾(や)ましめ、釈迦能仁(しやかのうにん)は金容(こんよう)を双樹(さうじゆ)に掩(かく)したまへり・・・      

 

(訳)・・・それゆえ、維摩大士は尊い体(からだ)を方丈の室(へや)に横たえたし、釈迦如来は貴い姿を沙羅双樹(さらそうじゅ)の中に隠されたのである。・・・(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆいま【維摩】:[一] (Vimalakīrti (毘摩羅詰利帝)の音訳、維摩詰の略。浄名、無垢称(むくしょう)などと訳す) 維摩経に登場する主人公で、古代インドの毘舎離(びしゃり)城に住んだとされる大富豪。学識に富み、在家(ざいけ)のまま菩薩の道を行じ、釈迦の弟子としてその教化を助けたといわれる。維摩詰(ゆいまきつ)。[二] 「ゆいまきょう(維摩経)」の略。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)方丈【ほうじょう】:禅宗寺院で長老や住持の居室または客間をいう。堂頭(どうちょう)・堂上・正堂・函丈(かんじょう)とも。維摩居士(ゆいまこじ)の居室が1丈四方であったという伝説に由来。また住持や師に対する尊称にも用いる。最古の遺構は建仁寺。(コトバンク 株式会社平凡社百科事典マイペディア) 

 

 漢文の「沈痾自哀文(ちんあじあいぶん)」と漢詩文「悲歎俗道假合即離易去難留詩一首幷序」そして倭歌「老身重病經年辛苦及思兒等歌七首  長一首短六首」<老身に病を重ね、経年辛苦し、児等を思ふに及(いた)る歌七首 長一首短六首>の三部構成からなる。憶良七十四年の生涯の総決算ともいうべき大作である。

 

この序についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1214)」で紹介している。

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沙羅双樹の花」 一般財団法人国民公園協会 新宿御苑HPより引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「万葉植物物語」 広島大学附属福山中・高等学校/編著 (中国新聞社)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 株式会社平凡社百科事典マイペディア」

★「国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所HP」

★「一般財団法人国民公園協会 新宿御苑HP」

★「福岡市薬剤師会HP」

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市