●歌ではなく、「仮合即離し、去りやすく留みかたきことを悲歎しぶる詩一首 幷せて序」の漢詩文の序の一部である。
●プレートは、加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森(12)にある。
●内容をみていこう。
題詞は、「悲歎俗道假合即離易去難留詩一首幷序」<俗道(ぞくだう)の仮合即離(けがふそくり)し、去りやすく留(とど)みかたきことを悲歎(かな)しぶる詩一首 幷(あは)せて序>である。
◆「・・・所以維摩大士疾玉體于方丈 釋迦能仁掩金容于雙樹・・・」
(山上憶良 巻五 俗道假合の序)
≪書き下し≫・・・このゆゑに維摩大士(ゆいまだいじ)は玉体を方丈(はうぢやう)に疾(や)ましめ、釈迦能仁(しやかのうにん)は金容(こんよう)を双樹(さうじゆ)に掩(かく)したまへり・・・
(訳)・・・それゆえ、維摩大士は尊い体(からだ)を方丈の室(へや)に横たえたし、釈迦如来は貴い姿を沙羅双樹(さらそうじゅ)の中に隠されたのである。・・・(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)ゆいま【維摩】:[一] (Vimalakīrti (毘摩羅詰利帝)の音訳、維摩詰の略。浄名、無垢称(むくしょう)などと訳す) 維摩経に登場する主人公で、古代インドの毘舎離(びしゃり)城に住んだとされる大富豪。学識に富み、在家(ざいけ)のまま菩薩の道を行じ、釈迦の弟子としてその教化を助けたといわれる。維摩詰(ゆいまきつ)。[二] 「ゆいまきょう(維摩経)」の略。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
(注)方丈【ほうじょう】:禅宗寺院で長老や住持の居室または客間をいう。堂頭(どうちょう)・堂上・正堂・函丈(かんじょう)とも。維摩居士(ゆいまこじ)の居室が1丈四方であったという伝説に由来。また住持や師に対する尊称にも用いる。最古の遺構は建仁寺。(コトバンク 株式会社平凡社百科事典マイペディア)
漢文の「沈痾自哀文(ちんあじあいぶん)」と漢詩文「悲歎俗道假合即離易去難留詩一首幷序」そして倭歌「老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 長一首短六首」<老身に病を重ね、経年辛苦し、児等を思ふに及(いた)る歌七首 長一首短六首>の三部構成からなる。憶良七十四年の生涯の総決算ともいうべき大作である。
倭歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その44改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂いたしております。ご容赦下さい。)
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プレートには、「なつつばき 万葉呼名 さら(沙羅)」と書かれている。
「悲歎俗道假合即離易去難留詩一首幷序」に出て来る「雙樹=双樹」が沙羅双樹(さらそうじゅ)のことで、万葉集に出て来るのはこれだけである。
山上憶良の「日本挽歌(七九四~七九九歌)」の漢詩文の序に出てくる「釈迦能仁も双林に坐して・・・」の「双林」も沙羅双樹の林の意味である。
「なつつばき」とされたいきさつ等について、「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學 萬葉の花の会 著)に次のように書かれている。
「後世、日本には自生していない沙羅双樹の代替として、ナツツバキ(夏椿)が充てられ、『平家物語』の語り出しの部分が余りにも有名になってしまった。憶良のこの文章に出てくる『双林』『双樹』も夏椿だと思われているが、憶良の時代に夏椿を沙羅あるいは「しゃら」と呼んいたという確証はない。この場面の憶良の文章は、自らの考え方の中に仏教思想が強く採り込まれている表れで、眼前にその植物を見ているわけではなく、またその必要もなかった。釈迦入滅の際の、沙羅双樹の四枯四栄という伝説を引用しただけある。」と書かれている。
(注)四枯四栄:黄檗宗大本山萬福寺HP【大涅槃図】の解説に次のように書かれている。
「沙羅樹:白く枯れている。一般に、8本のうち4本は枯れ、残る4本は咲いたと言われている(四枯四栄)。片側4本が枯れる、各対で枯れる、全て枯れる、一本だけ枯れずに残る、など、図によって描写は様々。当山涅槃図の沙羅はそのいずれにも属さず『3本が枯れ、3本は花が付き、残る2本はその中間(枯れはじめ?)』となっている。」と書かれている。
「沙羅双樹の花の色は? 野生のサラノキが咲くネパール・ヒマラヤで満開のシャクナゲと共に楽しむ」(髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」)Yamakei Online/山と渓谷社HPより引用させていただきました。
「ナツツバキ」 「みんなの趣味の園芸」(NHK出版HP)より引用させていただきました。
「サラノキ」と「ナツツバキ」の違いに驚いた。特に「サラノキ」のエネルギッシュな花の咲き方をみているとなぜ「ナツツバキ」が「沙羅」の代替に選ばれたのかが気になるところである。
小生の庭にも「ナツツバキ」が植わっているが、可憐な花であり、ほぼ1日で落花するはかなさを持ち合わせている。無情感という点では「ナツツバキ」はピッタリである。
山上憶良は、犬養 孝氏の言葉を借りれば、「生老病死、あるいは家庭生活の問題、貧困の問題といった、術なき人生に真正面から取り組んでいる」(同氏著「万葉の人びと」)歌人である。
憶良に迫るべく、これまでブログでとりあげて来た山上憶良の歌を順にあげてブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1211)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「Yamakei Online/山と渓谷社HP」