―その1518―
●歌は、「居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P7)にある。
●歌をみていこう。
◆居明而 君乎者将待 奴婆珠能 吾黒髪尓 霜者零騰文
(古歌集 巻二 八九)
≪書き下し≫居(ゐ)明(あ)かして君をば待たむぬばたまの我(わ)が黒髪に霜は降るとも
(訳)このまま佇(たたず)みつづけて我が君のお出(いで)を待とう。この私の黒髪に霜は白々と降りつづけようとも。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)ゐあかす【居明かす】他動詞:起きたまま夜を明かす。徹夜する。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)ぬばたまの【射干玉の・野干玉の】分類枕詞:①「ぬばたま」の実が黒いところから、「黒し」「黒髪」など黒いものにかかり、さらに、「黒」の連想から「髪」「夜(よ)・(よる)」などにかかる。②「夜」の連想から「月」「夢」にかかる。(学研)
題詞は、「或本歌日」<或本の歌に日(い)はく>である。
左注は、「右一首古歌集中出」<右の一首は、古歌集の中(うち)に出づ>である。
(注)古歌集とは、万葉集の編纂に供された資料を意味する。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1038)」で紹介している。
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「ぬばたま」は、黒い玉の意でヒオウギの花が結実した黒い実をいう。
「ヒオウギ」については、「weblio 辞書 植物図鑑」に、「わが国の本州から四国、九州それに台湾や中国に分布しています。日当たりのよい山地の草原に生え、高さは60~100センチになります。葉は剣状で、長さが30~50センチあります。8月から9月ごろ、上部で分枝して数個の花苞をつけ、橙色の花を咲かせます。花披の内外片は同じ大きさで、内側に赤い斑点があります。蒴果のなかには、真っ黒な種子があり、これが「烏玉(ぬばたま)」と呼ばれます。万葉集では「黒」や「夜」を導く枕詞として引用されました。・・・アヤメ科ヒオウギ属の常緑多年草で、学名は Belamcanda chinensis。英名は Blackberry lily。」と書かれている。
―その1519―
●歌は、「芝付の御宇良崎なるねつこ草相見ずあらずば我れ恋ひめやも」である。
●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P8)にある。
●歌をみていこう。
◆芝付乃 御宇良佐伎奈流 根都古具佐 安比見受安良婆 安礼古非米夜母
(作者未詳 巻十四 三五〇八)
≪書き下し≫芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なるねつこ草(ぐさ)相見(あひみ)ずあらずば我(あ)れ恋ひめやも
(訳)芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)のねつこ草、あの一緒に寝た子とめぐり会いさえしなかったら、俺はこんなにも恋い焦がれることはなかったはずだ(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)。
(注)ねつこぐさ【ねつこ草】〘名〙: オキナグサ、また、シバクサとされるが未詳。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版 )
(注の注)ねつこ草は女性の譬え。「寝つ子」を懸ける。
(注)あひみる【相見る・逢ひ見る】自動詞:①対面する。②契りを結ぶ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1146)」で紹介している。
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―その1520―
●歌は、「馬柵越しに麦食む駒の罵らゆれどなほし恋しく思ひかねつも」と
「くへ越しに麦食む小馬の初は津に相見し子らしあやに愛しも」の二首である。
●歌をみていこう。
◆柜楉越尓 麦咋駒乃 雖詈 猶戀久 思不勝焉
(作者未詳 巻十二 三〇九六)
≪書き下し≫馬柵(うませ)越(ご)しに麦(むぎ)食(は)む駒(こま)の罵(の)らゆれどなほし恋しく思ひかねつも
(訳)馬柵越しに麦を食(は)む駒がどなり散らかされるように、どんなに罵られても、やはり恋しくて、思わずにいようとしても思わずにはいられない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)上二句は序。「罵(の)らゆ」を起こす。
(注)おもひかぬ【思ひ兼ぬ】他動詞①(恋しい)思いに堪えきれない。②判断がつかない。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)うませ【馬柵】:馬を囲っておく柵(weblio辞書 デジタル大辞泉)
●もう一首もみてみよう。
◆久敝胡之尓 武藝波武古宇馬能 波都ゝゝ尓 安比見之兒良之 安夜尓可奈思母
(作者未詳 巻十四 三五三七)
≪書き下し≫くへ越(ご)しに麦(むぎ)食(は)む小馬(こうま)のはつはつに相見(あひ)し子らしあやに愛(かな)しも
(訳)柵越しに首を伸ばして麦を食む小馬のちらっとしか食べられないように、やっとのことちらっと逢えた子、あの子がむしょうにいとしくてならぬ。(同上)
(注)くへ【柵】名詞:木の柵(さく)。(学研)
(注)上二句は序。「はつはつに」を起こす。
(注)はつはつ(に)副詞:わずか(に)。かすか(に)。 ※形容動詞「はつかなり」の「はつ」を重ねた語。(学研)
「麦」を詠った歌は万葉集では上の二首が収録されている。
「麦」について、農林水産省HPに、「日本に伝わったのは、弥生時代のこと。大麦、大豆、小豆とともに、朝鮮半島からもたらされたとされています。静岡県静岡市の登呂遺跡や長崎県壱岐市の原の辻遺跡など、日本各地から炭化した小麦種粒が出土しています。
麦を詠んだ歌が『万葉集』にあり、また平城宮跡から「小麦五斗」という文字が記された木簡が出土しているように、奈良時代には小麦、大麦が栽培されていたことが分かっています。」と書かれている。
麦を詠んだ歌二首ならびに、三五三七歌の「或る本の歌」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1176)」で紹介している。
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■■■福井県万葉歌碑巡り■■■
昨年11月に富山県小矢部市、石川県羽咋市、福井県の万葉歌碑巡りを行なったのであるが、冬の北陸スコールに見舞われ、大幅な計画変更を余儀なくされた。
行けなかった福井県のリベンジを計画した。越前市味真野の万葉ロマンの道の道標歌碑は半分ほどしか巡れてなかったので、今回はすべて見て周る計画のたてたのである。
■自宅⇒三方石観世音■
5時前に家を出発し7時過ぎに到着。参道を歩くだけで荘厳な気持ちに包まれる。少し上った左手に大きな歌碑が。
歌碑の下5m位のところに歌碑の説明案内板が雑草に埋もれていた。風化しておりほとんど読めなかった。
■三方観世音⇒三方五湖レインボーライン山頂公園第1駐車場下■
レインボーライン(有料)の山頂公園を目指す。第1駐車場に登りきる手前左手に歌碑が建てられている。
三方五湖を見わたせる絶景ポイントである。
11月の日本海は、荒れ狂い、茶色っぽい白波が濃い灰色の海に立ち冬の日本海の姿を見せていたが、今回は打って変わり、青空のした、白波一つたたない穏やかなブルーの海であった。
■三方五湖レインボーライン山頂公園第1駐車場下⇒田結口交差点■
ストリートビューで歌碑を確認していたので、8号線の中州のような所に建てられている歌碑を撮影。
■田結口交差点⇒五幡神社■
先達のブログには、神社参道が閉鎖されており中に入れなかったと書かれていた。ダメ元で行って見た。参道に軽トラックが止まっており、地元の人であろう右手の建屋の方に入って行かれたのが見えた。
柵は開いていたので、参道左手の灯篭下の歌碑に巡り合うことができたのであった。有り難いことであった。
■五幡神社⇒万葉の里味真野苑■
今回は、万葉ロマンの道の道標歌碑を全て撮影することが目的の一つである。
巻十五 三七二三から三七八五歌までのチェックリストも作成し順に撮影していった。全長2.2kmを歩き撮影の都度屈伸運動である。
もっとも車を使って、エリアごとにポイントに車を停め、エリア内の撮影をしては移動したのである。
野々宮廃寺跡などは小丸城址に車を停めそこから歩いて撮影に臨んだ。「マムシに注意」の看板が建てられていた。
万葉歌碑巡りでも「熊に注意」とか「マムシに注意」の看板に出くわす。用心用心である。
9番目の三七三一歌の道標歌碑が見当たらなかったので、万葉館に行って尋ねてみた。係りの方は、同行して探していただいた。道路わきに正方形の跡が残っていた。多分交通事故にあったのだろう。
家に帰り調べてみると、前回この9番目の道標歌碑の写真を撮っていたのであった。良かった。
■万葉の里味真野苑⇒大虫小学校近くの小公園■
ここは前回、先達のブログに従って「大虫小学校西側北200m」をキーワードに探したが見つけることがことが出来なかった。
今回は、ストリートビューで丹念に探り突き止めることが出来たので無事に巡り逢えたのである。
別の人のブログで「国道365号線を越前海岸に向かって走ると途中で看板が見えます。」とあった。新しい歌碑かと、ストリートビューで越前海岸まで写真の後ろの山の形を参考に2回ほど見てみたが見つけられなかった。
歌碑の形をよーく見てみると、何と「大虫小学校西側北200m」の歌碑と同じであった。
なにはともあれ、先月の広島に引き続き、万葉集巻十五の世界にどっぷりと浸ったのであった。
歌碑の紹介は後日の予定です。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「weblio 辞書 植物図鑑」
★「農林水産省HP」
★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市)
★「万葉ロマンの道(歌碑)散策マップ」