二度目の味真野である。前回は天候に恵まれず、予定変更を余儀なくされた。万葉の里味真野の万葉ロマンの道の歌碑散策も半分程度しかできていなかった。
今回は、すべての歌碑(道標燈籠)を撮影すべく、歌碑リストを作り一つ一つ確認しながら挑んだのである。
万葉の里味真野苑前の駐車場に車を停め、中間点である「豪攝寺前の駐車場」まで、丹念に拾って行く。
撮影は、地味なそして足腰の屈伸運動的動作の連続である。
万葉ロマンの道は、全長2.2kmで、万葉の里 味真野苑を起点に、終点は小丸城跡となっている。車での移動であるため、歩く距離は倍になるのであるが、街中の歌碑散策も今までにない味わいであった。
―その1638―
●歌は、「あしひきの山道越えむとする君を心に待ちて安けくもなし」である。
●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(1)にある。
●歌をみていこう。
標題は、「中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌」<中臣朝臣宅守(なかとみのあそみやかもり)、狭野弟上娘子(さののおとかみのをとめ)と贈答する歌>である。
三七二三歌は、彼らの悲劇を告げる歌である。
◆安之比奇能 夜麻治古延牟等 須流君乎 許々呂尓毛知弖 夜須家久母奈之
(狭野弟上娘子 巻十五 三七二三)
≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)越えむとする君を心に持ちて安けくもなし
(訳)山道を遠く越えて行こうとするあなた、そのあなたを心に抱え続けて、この頃は安らかな時とてありません。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
樋口清之氏はその著「万葉の女人たち」(講談社学術文庫)の中で、この歌に関して、「流謫行(るたくこう)、それはいつの日に帰り来る旅とも知れぬ旅です。それでなくとも我が身ゆえに起こった流謫であれば、おとめの心はただ思い乱れて片時も安まることの出来なかったのは、また当然といわなければならないでしょう。」と書いておられる。
(注)るたく【流謫】[名](スル):罪によって遠方へ流されること。遠流。りゅうたく。「—の身」(weblio辞書 デジタル大辞泉)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(1356①)」で紹介している。
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―その1639―
●歌は、「君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天のひもがも」である。
福井県越前市 万葉ロマンの道(2)万葉歌碑<道標燈籠>(狭野弟上娘子)
●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(2)にある。
●歌をみていこう。
◆君我由久 道乃奈我弖乎 久里多々祢 也伎保呂煩散牟 安米能火毛我母
(狭野弟上娘子 巻十五 三七二四)
≪書き下し≫君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも
(訳)あなたが行かれる道の長道、その道のりを手繰(たぐ)って折り畳んで、焼き滅ぼしてしまう天の火、ああ、そんな火があったらなあ。(同上)
(注)ながて【長手】名詞:「ながぢ」に同じ。(学研)
(注の注)ながぢ【長道】名詞:長い道のり。遠路。長手(ながて)。「ながち」とも(学研)
(注)あめの【天の】火(ひ):天から降ってくる火。神秘な天上の火。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの。(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1358)」で紹介している。
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アニメ的ともいうべき着想がこの万葉時代に歌として詠われたことや、娘子の情念から湧き出る凄まじいまでの発想に驚かされる。
―その1640―
●歌は、「我が背子しけだし罷らば白栲の袖を振らさね見つつ偲はむ」である。
●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(3)にある。
●歌をみていこう。
◆和我世故之 氣太之麻可良婆 思漏多倍乃 蘇R乎布良左祢 見都追志努波牟
(狭野弟上娘子 巻十五 三七二五)
≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)しけだし罷(まか)らば白栲(そろたへ)の袖(そで)を振らさね見つつ偲(しの)はむ
(訳)いとしいあなた、あなたが万が一、遠い国に下って行かれるなら、その時は、まっ白な衣の袖を私に振って下さいね。せめてそれを見てお偲びしたいと思います。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)けだし【蓋し】副詞:①〔下に疑問の語を伴って〕ひょっとすると。あるいは。②〔下に仮定の表現を伴って〕もしかして。万一。③おおかた。多分。大体。(学研)ここでは②の意
(注)まかる【罷る】自動詞:①退出する。おいとまする。▽高貴な人のもとから。②出向く。下向する。▽高貴な場所や都から地方へ行く。③参上する。参る。▽「行く」の謙譲語。④行きます。参ります。▽「行く」の丁寧語。⑤〔他の動詞の上に連用形が付いて〕…ます。…いたします。▽謙譲・丁寧の意。(学研)ここでは②の意
(注)しろたへ【白栲・白妙】名詞:①こうぞ類の樹皮からとった繊維(=栲)で織った、白い布。また、それで作った衣服。②白いこと。白い色。(学研)
(注の注)しろたへの【白栲の・白妙の】分類枕詞:①白栲(しろたえ)で衣服を作ることから、衣服に関する語「衣(ころも)」「袖(そで)」「袂(たもと)」「帯」「紐(ひも)」「たすき」などにかかる。②白栲は白いことから、「月」「雲」「雪」「波」など、白いものを表す語にかかる。(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1384)」で紹介している。
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万葉集には、「袖を振る」と多数詠われているが、額田王の「・・・野守は見ずや君が袖振る」とは異次元の、最後となろう別れを惜しむ悲壮感漂う所作である。柿本人麻呂の「石見の国より妻に別れて上り来る時の歌」の一三二歌「・・・我が振る袖を妹見つらむか」に相通じるところがある。
人麻呂の一三一歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1271)」で紹介している。
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―その1641―
●歌は、「このころは恋ひつつもあらむ玉櫛笥明けてをちよりすべなかるべし」である。
●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(4)にある。
●歌をみていこう。
◆己能許呂波 古非都追母安良牟 多麻久之氣 安氣弖乎知欲利 須辨奈可流倍思
(狭野弟上娘子 巻十五 三七二六)
≪書き下し≫このころは恋ひつつもあらむ玉櫛笥(たまくしげ)明けてをちよりすべなかるべし
(訳)今のうちは、恋い焦がれながらもまだこうして我慢もできましょう。だけど、一夜明けた明日からは、どうして過ごしてよいのやらなすすべもなくなることでしょう。(同上)
(注)たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】分類枕詞:くしげを開けることから「あく」に、くしげにはふたがあることから「二(ふた)」「二上山」「二見」に、ふたをして覆うことから「覆ふ」に、身があることから、「三諸(みもろ)・(みむろ)」「三室戸(みむろと)」に、箱であることから「箱」などにかかる。(学研)
(注の注)たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】名詞:櫛(くし)などの化粧道具を入れる美しい箱。 ※「たま」は接頭語。歌語。(学研)
(注)をち【彼方・遠】名詞:①遠く隔たった場所。遠方。かなた。②それより以前。昔。③それより以後。将来。(学研)ここでは③の意
(注の注)をちこち【彼方此方・遠近】名詞:①あちらこちら。②将来と現在。(学研)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1385)」で紹介している。
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伊藤博氏は、この歌の脚注で、「今のうちは恋い焦がれながらも我慢できよう。別離前夜の思い。別れた後のすべなさを予想することで、以上四首を結ぶ。」と書いておられる。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「万葉ロマンの道(歌碑)散策マップ」