万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2176)―島根県(3)益田市県立万葉公園 大和・旅の広場―

 島根県立万葉公園人麻呂展望広場は、万葉集に収められている人麻呂の歌や島根県にゆかりのある歌三十五首の歌碑が建てられている。「大和・旅の広場」と「石見の広場」がある。広場にいるだけで万葉の時代へタイムスリップしたように引き込まれる。

展望広場からは石見の雄大な海を初め益田市内が一望でき、人気のスポットとなっている。

 

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(巻二 一九四)■

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(柿本人麻呂
 20211012撮影

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「柿本朝臣人麻呂獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌一首 幷短歌」<柿本朝臣人麻呂、泊瀬部皇女(はつせべのひめみこ)と忍坂部皇子(おさかべのみこ)とに献(たてまつ)る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)泊瀬部皇女:?-741 飛鳥(あすか)-奈良時代,天武天皇の皇女。・・・持統天皇5年川島皇子をほうむるとき、柿本人麻呂が皇女に献じた歌があるところから、川島皇子の妻だったという説が有力。(後略)(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

(注)忍坂部皇子:天武天皇の第9皇子。・・・忍壁皇子などともいい、忍坂部とも書く。大宝律令の制定と施行に従事した。672年(天武1)壬申の乱草壁皇子とともに・・・天武天皇に合流。・・・679年皇后(持統),草壁皇子大津皇子ら6人と天武天皇に忠誠を誓う。681年詔を受け,川島皇子らと帝紀および上古諸事を記定。(コトバンク 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版) 泊瀬部皇女の同母兄。

(注)持統五年九月九日、川島皇子没。越智野で喪に服する妻泊瀬部とその兄忍壁との歌を献呈したもの。(伊藤脚注)

 

◆飛鳥 明日香乃河之 上瀬尓 生玉藻者 下瀬尓 流觸經 玉藻成 彼依此依 靡相之 嬬乃命乃 多田名附 柔膚尚乎 劔刀 於身副不寐者 烏玉乃 夜床母荒良無 <一云 阿礼奈牟> 所虚故 名具鮫兼天 氣田敷藻 相屋常念而 <一云 公毛相哉登> 玉垂乃 越能大野之 旦露尓 玉裳者埿打 夕霧尓 衣者沾而 草枕 旅宿鴨為留 不相君故

      (柿本人麻呂 巻二 一九四)

 

≪書き下し≫飛ぶ鳥の 明日香の川の 上(かみ)つ瀬に 生(お)ふる玉藻は 下つ瀬に 流れ触(ふ)らばふ 玉藻なす か寄りかく寄り 靡(なび)かひし 夫(つま)の命(みこと)の たたなづく 柔肌(にきはだ)すらを 剣太刀(つるぎたち) 身に添へ寝(ね)ねば ぬばたまの 夜床(よとこ)も荒るらむ<一には「荒れなむ」といふ> そこ故(ゆゑ)に 慰(なぐさ)めかねて けだしくも 逢ふやと思ひて <一には「君も逢ふやと」といふ> 玉垂(たまだれ)の 越智(をち)の大野(おほの)の 朝露(あさつゆ)に 玉裳(たまも)はひづち 夕霧(ゆふぎり)に 衣(ことも)は濡(ぬ)れて 草枕 旅寝(たびね)かもする 逢はぬ君故(ゆゑ)

 

(訳)飛ぶ明日香川の川上の、川上の瀬に生えている玉藻は、川下の瀬に向かって靡き触れ合っている。その玉藻さながらに靡き寄り添うた夫(せ)の皇子(みこ)が、どうしてかふくよかな皇女(ひめみこ)の柔肌(やわはだ)を今は身に添えてやすまれることがないので、さぞや夜の床も空しく荒れすさんでいることであろう<空しく荒れすさんでゆくことであろう>。そう思うと、どうにも御心を慰めかねて、もしや夫(せ)の君にひょっこり逢(あ)えもしようかと<夫の君がひょっこり現われもしようかと思って>、越智の荒野の朝露に裳裾(もすそ)を泥まみれにし、夕霧に衣を湿らせながら、旅寝をなさっておられることか。逢えない夫の君を慕うて。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)流れ触らばふ:靡いて触れあっている。(伊藤脚注)

(注)かよりかくよる【か寄りかく寄る】:[連語]あっちへ寄り、こっちへ寄る。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)たたなづく【畳なづく】分類枕詞:①幾重にも重なっている意で、「青垣」「青垣山」にかかる。②「柔肌(にきはだ)」にかかる。かかる理由は未詳。 ⇒参考 (1)①②ともに枕詞(まくらことば)ではなく、普通の動詞とみる説もある。(2)②の歌は、「柔肌」にかかる『万葉集』唯一の例。(学研)

(注)つるぎたち【剣太刀】分類枕詞:①刀剣は身に帯びることから「身にそふ」にかかる。②刀剣の刃を古くは「な」といったことから「名」「汝(な)」にかかる。③刀剣は研ぐことから「とぐ」にかかる。(学研)

(注)「夫の命の たたなづく 柔肌すらを 剣太刀 身に添へ寝ねば」:夫の川島が妻の柔肌を身に添えて休むことがないので、の意。(伊藤脚注)

(注)その故に:夜床が荒れるままなので。(伊藤脚注)

(注)けだし【蓋し】副詞:①〔下に疑問の語を伴って〕ひょっとすると。あるいは。②〔下に仮定の表現を伴って〕もしかして。万一。③おおかた。多分。大体。(学研)

(注)たまだれの【玉垂れの】分類枕詞:緒(お)で貫いた玉を垂らして飾りとしたことから「緒」と同じ音の「を」にかかる。(学研)

(注)越智の大野:佐田の岡の西に続く越智周辺の原野。(伊藤脚注)奈良県高取町にある。

(注)ひづつ【漬つ】自動詞:ぬれる。泥でよごれる。(学研)

(注)旅寝かもする:服喪をこのように見たてた。(伊藤脚注)

 

 短歌もみてみよう。

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(巻二 一九五)■

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(柿本人麻呂
 20211012撮影

●歌をみていこう。

 

◆敷妙乃 袖易之君 玉垂之 越野過去 亦毛将相八方 <一云 乎知野尓過奴>

       (柿本人麻呂 巻二 一九五)

 

≪書き下し≫敷栲(しきたへ)の袖(そで)交(か)へし君玉垂の越智野(をちの)過ぎ行くまたも逢はめやも <一には「越智野に過ぎぬ」といふ>

 

(訳)袖を交わして床をともにした君は、越智野(おちの)を通り過ぎてさらにどこか遠くへ行ってしまった。<越智野にお隠れになった>。またとお逢いできようか。(同上)

(注)しきたへの【敷き妙の・敷き栲の】分類枕詞:「しきたへ」が寝具であることから「床(とこ)」「枕(まくら)」「手枕(たまくら)」に、また、「衣(ころも)」「袖(そで)」「袂(たもと)」「黒髪」などにかかる。(学研)

 

 左注は、「右或本曰 葬河嶋皇子越智野之時 獻泊瀬部皇女歌也 日本紀云朱鳥五年辛卯秋九月己巳朔丁丑浄大参皇子川嶋薨」<右は、或本には「河島皇子(かはしまのみこ)を越智野に葬(はぶ)りし時に、泊瀬部皇女に献る歌なり」といふ。 日本紀には「朱鳥(あかとり)の五年辛卯(かのとう)の秋の九月己巳(つちのとみ)の朔(つきたち)の丁丑(ひのとうし)に、浄大参(じやうだいさん)皇子川島薨ず」といふ>である。

 

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感想(1件)

 一九四歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1284)」で、一九五歌ならびに歌碑については、同「同(その1285)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(巻二 二一一)■

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(柿本人麻呂
 20211012撮影

●歌をみていこう。

 

◆去年見而之 秋乃月夜者 雖照 相見之妹者 弥年放

       (柿本人麻呂 巻二 二一一)

 

≪書き下し≫去年(こぞ)見てし秋の月夜(つくよ)は照らせども相見(あひみ)し妹はいや年(とし)離(さか)る

 

(訳)去年見た秋の月は今も変わらず照らしているけれども、この月を一緒に見たあの子は、年月とともにいよいよ遠ざかってゆく。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)さかる【離る】自動詞:遠ざかる。隔たる。(学研)

(注)いや年離る:この無聊の時間が行く末かけていよいよ重なることへの嘆き。(伊藤脚注)

(注の注)ぶりょう【無聊】:[名・形動]退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。また、そのさま。むりょう。(学研)

 

 「泣血哀慟歌」の二首目(二一〇歌)の短歌二首のうちの一つである。

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1278)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 



 

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(巻七 一〇八八)■

島根県益田市県立万葉公園人麻呂展望広場<大和・旅の広場>万葉歌碑(柿本人麻呂歌集) 20221109撮影

●歌をみていこう。

 

◆足引之 山河之瀬之 響苗尓 弓月高 雲立渡

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一〇八八)

 

≪書き下し≫あしひきの山川(やまがは)の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立わたる

 

(訳)山川(やまがわ)の瀬音(せおと)が高鳴るとともに、弓月が岳に雲立わたる。(「万葉集二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫

(注)なへ(接続助詞):《接続》活用語の連体形に付く。〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。(学研)

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1982)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(巻二 二一二)■

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(柿本人麻呂
 20211012撮影

●歌をみていこう。

 

◆衾道乎 引手乃山尓 妹乎置而 山徑往者 生跡毛無

       (柿本人麻呂 巻二 二一二)

 

≪書き下し≫衾道(ふすまぢ)を引手(ひきで)の山に妹を置きて山道(やまぢ)行けば生けりともなし

 

(訳)衾道よ、その引手の山にあの子を置き去りにして、山道をたどると、生きているとも思えない。

(注)ふすまぢを【衾道を】[枕]:地名「引手の山」にかかる。かかり方未詳。「衾道」を地名と見なし、これを枕詞とはしない説もある。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)衾道:天理市南の衾田といわれた一帯か。(伊藤脚注)

(注)引手の山:長歌の「羽がひの山」に当たる。「衾」「引手」は「妹」の縁語。(伊藤脚注)

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1279)」で紹介している。

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島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(巻三 二五四)■

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(柿本人麻呂
 20211012撮影

●歌をみていこう。

 

◆留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見

       (柿本人麻呂 巻三 二五四)

 

≪書き下し≫燈火(ともしび)の明石大門(あかしおほと)に入らむ日や漕ぎ別れなむ家(いへ)のあたり見ず

 

(訳)燈火明(あか)き明石、その明石の海峡にさしかかる日には、故郷からまったく漕ぎ別れてしまうことになるのであろうか。もはや家族の住む大和の山々を見ることもなく。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ともしびの【灯し火の】分類枕詞:灯火が明るいことから、地名「明石(あかし)」にかかる。(学研)

 

 

 

 

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(巻三 二五五)■

島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>万葉歌碑(柿本人麻呂
 20211012撮影

●歌をみていこう。

 

◆天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見  一本云家門當見由

      (柿本人麻呂 巻三 二五五)

 

≪書き下し≫天離(あまざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ恋ひ来れば明石(あかし)の門(と)より大和島(やまとしま)見ゆ  一本には「家のあたり見ゆ」といふ。

 

(訳)天離る鄙の長い道のりを、ひたすら都恋しさに上って来ると、明石の海峡から大和の山々が見える。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)明石の門(読み)あかしのと:明石海峡のこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 二五四、二五五歌の題詞は、「柿本朝臣人麿羈旅歌八首」<柿本朝臣人麻呂が羈旅(きりょ)の歌八首>である。

(注)八首は、二四九から二五六歌であり、四首ずつ二群に分かれる。前段は往路、後段は帰路の旅情。(伊藤脚注)

 

 二五四歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1282)」で、二五五歌ならびに歌碑については、同「同(その1283)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 本稿で紹介しなかった島根県益田市県立万葉公園<大和・旅の広場>の歌碑は次のとおりである。

 万葉公園に行かれたら、まず公園管理センターにお邪魔して、パンフレット「島根県立万葉公園 人麻呂展望広場 『柿本人麻呂の歌の世界にふれる庭』」を入手されることをお勧めいたします。必携アイテムです。






 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「コトバンク 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版」

★「コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」

★「島根県立万葉公園 人麻呂展望広場 『柿本人麻呂の歌の世界にふれる庭』」 (パンフレット)