万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2467)―

●歌は、「筑波嶺を外のみ見つつありかねて雪消の道をなづみ来るかも」である。

茨城県つくば市筑波 筑波山神社万葉歌碑(丹比真人国人) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県つくば市筑波 筑波山神社にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆築羽根矣 卌耳見乍 有金手 雪消乃道矣 名積来有鴨

       (丹比國人真人 巻三 三八三)

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)を外(よそ)のみ見つつありかねて雪消(ゆきげ)の道をなづみ来るかも

 

(訳)名も高き筑波の嶺をよそ目にばかり見ていられなくて、雪解けのぬかるみ道なのに、足をとられながら今この頂までやって来た。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)-かぬ 接尾語〔動詞の連用形に付いて〕:①(…することが)できない。②(…することに)耐えられない。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)なづむ【泥む】自動詞:①行き悩む。停滞する。②悩み苦しむ。③こだわる。気にする。(学研)ここでは①の意

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1170)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 「拝殿」までまず上る。ちらっと歌碑が目に入って来るが、はやる心を抑える。拝殿でまず拝んでからゆっくりと歌碑をみながら下山という作戦である。

 拝殿手前には、「君が代」の歌碑と「さざれ石」があった。



  「拝殿」と「随神門」の間左手に四基の万葉歌碑が並んでいる。

 向かって右側から、四三七一歌、三八三歌、三八二歌、一七五三・一七五四歌の四基である。筑波山の万葉歌碑である。





  京都に住んでいるだけに、箱根を越え来た、筑波山神社の万葉歌碑が目の前に並んでいる、それだけで、感動を通り越して、感謝の気持ちで一杯である。

 

 

 筑波山万葉集については、「奈良県立万葉文化館HP」にある、「万葉歌に詠まれた山―その景観認識をめぐる覚書 出田和久氏稿」が詳しいので引用させていただきました。

 「万葉集に詠まれた山のうち、4首以上に詠まれた山は23を数える。」と書かれ、「山名・歌数・所在国」を表にまとめておられる。(ここでは、10首以上に詠まれた山を抽出させていただいております)


 そして、筑波山に関して、「筑波山関東平野の北東部に位置し、北に八溝山地が続く孤立的な小山地である筑波山地の主峰である。標高は約876メートルとそれほど高くはないが、関東平野のほぼ全域から望むことができる。・・・巻十四の東歌に見える筑波山を詠んだ11首は全てが常陸国の歌である。筑波山がとりわけ常陸国の人々に親しまれていたことが分かる。また、東歌の部立でみると9首が相聞歌で、大半を占める。また、一方で常陸国の東歌は12首あるが、東歌の部立でみると11首に筑波山が詠われているのである。この点からもいかに筑波山常陸国の人々にとって親しい山であったかがよく分かるのである。」と書かれている。

 そして「このように多くの歌に筑波山が詠まれている背景には、・・・歌垣などの風習がなどで知られており・・・生活と結びついた親しい郷土の山という当時の人々の共通認識があったことが窺える。」とされ、東歌にあっては、「筑波山の名は出ているが、・・・筑波山が嬥歌の催される場所であることから、筑波山という名を詠み込むことによって、恋を強くイメージさせ、作者の思いを容易に相手に伝えることができたのであろう。いわば心理的連想が、当時の常陸国の人々に共通した意識として存在していたといえよう。」そして防人歌に触れられ、「・・・故郷のシンボルである筑波山を詠み『妹』を偲んでいる」と書かれている。

 さらに高橋虫麻呂の歌から、「筑波山常陸国府から西方に望むことができ、・・・毎日眼に映る山であったから、自然と多く歌を詠むことになったのであろう。その筑波讃歌ともいえる内容は、広く知られていた筑波山を詠んだ、任地である常陸の地方讃歌とも理解できるだろう。」とされている。

 そして丹比真人国人の歌について、「国見の山としているが、同時に男神・女神の坐す貴い山であると人口に膾炙していた山で、登らなければあとでかえって一層筑波の山を恋しく思うだろうと、雪解けの足場の悪い時期ではあったが、苦労しながら登って来たと詠んでいる。やはり、筑波山に登ることに大きな価値を見出しているようである。・・・高橋虫麻呂も同様・・・中央出身の官人による歌には、登る山としての筑波山という側面が強くうかがえ、東歌や防人の歌では筑波山に登るということが、直接的には表れていなかったことと対照的である。この点は中央の出身者のもっていた筑波山のイメージの一面を物語っているのであろう。」とも書かれている。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉歌に詠まれた山―その景観認識をめぐる覚書」 出田和久氏稿 (奈良県立万葉文化館HP)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「筑波山神社HP」