万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その2944)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅲ)―奈良県高市郡明日香村明日香飛鳥坐神社

【明日香のカムナビは不明】

 「・・・明日香のカムナビがどこだったのかという点については、諸説紛々(ふんぷん)で現在も定説はありません。・・・『日本紀略(にほんきりゃく)』という史書の天長(てんちょう)六(八二九)年三月十日条に『大和国高市郡賀美郷甘南備山の飛鳥社を同郡同郷鳥形山に遷す。神の託宣に依るなり。』とあって、八二九年に飛鳥のカムナビが鳥形山に遷(うつ)されたことが記されています。現在、その鳥形山には飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)が鎮座しています。しかし、それ以前の明日香のカムナビがどこにあったか、今もってわからないのです。近世以来の通説である雷岳(いかづちのおか)説、さらには甘樫丘(あまかしのおか)説などがこれまで支持されてきましたが、ミハ山説や、南淵山(みなみふちやま)説などがあらたに提唱され、今日に至っています。しかし、そういった新説も定説にはなっていないのが現状です。

 

【強い思慕の情、皇孫の命の近き守り神】

 「・・・額田王大伴旅人山部赤人たちが、いかにカムナビに強い思慕の情を持っていたか、・・・なぜそのような感情が、歌人の心のなかに生まれたのでしょうか?おそらくそれは、ミヤコに住む人びとにとって、カムナビの神が自分たちの住むミヤコを守る土地の神だったからだ、と思われます。・・・カムナビが天皇と、天皇のミヤのあるミヤコの守り神となり得るという点に、現在わたしは注目しています。・・・カムナビの神が天皇のミヤのあるミヤコを守るのだ、という考え方が、明日香や藤原に暮らす人びとの間に広くゆきわたっていたのではないか、と考えています。・・・古くからミヤコの守り神であったからこそ、万葉びとはカムナビに対して強い思慕の情を隠さなかったのだ、と思います。そういった心情を、われわれは万葉歌から読み取ることができるのです。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

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 上記、上野著にある「飛鳥坐神社」について、「旅する明日香ネット」(一般社団法人 飛鳥観光協会HP)に次のように書かれている。

延喜式内の古社で、朱鳥元(686)年に、飛鳥の神奈備から現在の鳥形山遷座されました。『日本書紀』によれば、大国主神の国譲り後、80万神を髙市に集め天高市(飛鳥)に鎮座したと記されています。

平安時代延喜式によれば、全国の神社の社格が記された神名帳に、名神大、月次新嘗相嘗と記されています。

御祭神は八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)、大物主神(おおものぬしのかみ)、飛鳥神奈備三日女神(あすかのかんなびみひめのかみ)、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の4神が祭られています。

宮司の家系の名字は『飛鳥』。

毎年2月第1日曜日に行われる『おんだ祭(御田植神事)』は、五穀豊穣と子孫繁栄を祈願するお祭りです。

特に、子宝、安産、縁結びに御利益があると言われており、たくさんの方が参られます。」

 

 飛鳥坐神社には、2019年6月30日に参っている。同神社には3基の万葉歌碑が建てられている。

 書籍掲載歌が主軸であるが、本稿では、この3基の万葉歌碑をみてみよう。

 

歌は、「みもろは人の守る山もとへはあしひ花さきすゑへは椿花さくうらくはし山そ泣く子守る山(作者未詳  13-3222)」、「大君は 神にしませば 赤駒の腹這ふ田居を 都と成しつ(大伴御行 19-4260)」ならびに「斎串立て 神酒すえ奉る 神主部が うずの玉蔭 見ればともしも(作者未詳 13-3229)」である。

 

■巻十三 三二二二歌■

◆三諸者 人之守山 本邊者 馬酔木花開 末邊方 椿花開 浦妙山曽 泣兒守山

(作者未詳 巻十三 三二二二)

 

≪書き下し≫みもろは 人の守る山 本辺(もとへ)は 馬酔木(あしび)花咲く 末辺(すゑへ)は 椿花咲く うらぐはし 山ぞ 泣く子守る山 

 

(訳)みもろの山は、人がたいせつに守っている山だ。麓(ふもと)のあたりには、一面に馬酔木の花が咲き、頂のあたりには、一面に椿の花が咲く。まことにあらたかな山だ。泣く子さながらに人がいたわり守、この山は。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

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(注)みもろ 【御諸・三諸・御室】:名詞 神が降臨して宿る神聖な所。磐座(いわくら)(=神の御座所)のある山や、森・岩窟(がんくつ)など。特に、「三輪山(みわやま)」にいうこともある。また、神座や神社。「みむろ」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)もとへ【本方・本辺】:名詞 ①もとの方。根元のあたり。②山のふもとのあたり。(学研)ここでは②の意

(注)すゑへ【末方・末辺】:名詞 ①末の方。先端。②山の頂のあたり。 ※上代語。(学研)ここでは②の意

(注)うらぐはし 【うら細し・うら麗し】:形容詞 心にしみて美しい。見ていて気持ちがよい。すばらしく美しい。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その143)」で奈良県高市郡明日香村明日香飛鳥坐神社参道石段横万葉歌碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

奈良県高市郡明日香村明日香飛鳥坐神社参道石段横万葉歌碑(作者未詳 13-3222) 20190630撮影

 

 

 

■巻十九 四二六〇歌■

◆皇者 神尓之座者 赤駒之 腹婆布田為乎 京師跡奈之都

大伴御行 巻十九 四二六〇)

 

≪書き下し≫大君(おほきみ)は神にしませば赤駒(あかごま)の腹這(はらば)ふ田居(たゐ)を 都と成(な)しつ

 

(訳)我が大君は神でいらっしゃるので、赤駒でさえも腹まで漬(つ)かる泥深い田んぼ、そんな田んぼすらも、立派な都となされた。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)大君:天武天皇

(注)腹這ふ田居:馬がはまって耕作に難渋する沼田の続く一帯。(伊藤脚注)

(注の注)はらばふ【腹這う】〔動〕① 腹を地面や床につけてはって進む。② 腹を下にして横になる。(weblio辞書 デジタル大辞泉)ここでは①の意

(注の注)たゐ 【田居】名詞:①田。たんぼ。②田のあるような田舎。(学研)ここでは①の意

 

 題詞は、「壬申年之乱平定以後歌二首」<壬申(じんしん)の年の乱平定(しづ)まりし以後(のち)の歌二首>とある。

 左注は、「右一首大将軍贈右大臣大伴卿昨」<右の一首は、大将軍贈右大臣大伴卿が作(おほとものまへつきみ)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その144改)」で四二六一歌も飛鳥坐神社の万葉歌碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

飛鳥坐神社万葉歌碑(大伴御行 20-4260) 20190630撮影



 

 

 

 

■巻十三 三二二九歌■

◆五十串立 神酒座奉 神主部之 雲聚玉陰 見者乏文

       (作者未詳 巻十三 三二二九)

 

≪書き下し≫斎串(いぐし)立て御瓶(みわ)据(す)ゑ奉(まつ)る祝部(はふりべ)がうずの玉(たま)かげ見ればともしも

 

(訳)玉串を立て、神酒(みき)の甕(かめ)を据えてお供えしている神主(かんぬし)たちの髪飾りのひかげのかずら、そのかずらを見ると、まことにゆかしく思われる。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)いくし【斎串】名詞:榊(さかき)や小竹に麻や木綿などをかけて神前に供えたもの。玉串(たまぐし)。「いぐし」とも。 ※「い」は神聖の意を表す接頭語。(学研)

(注)みわ(御瓶):神酒を入れる甕。(伊藤脚注)

(注)うず 【髻華】名詞:奈良時代、草木の枝葉・花などを髪や冠に挿して飾りとしたもの。挿頭(かざし)。(学研)

(注)ともし:まことに立派で心引かれる。婚礼に奉仕する神官への讃美を通して新婚を祝う歌。第三者の立場。(伊藤脚注)

 

 巻十三は基本的には、長歌集である。この歌も、長歌(三二二七歌)と短歌(反歌)二首(三二二八、三二二九歌)とから成り立っている。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その145)」で長歌(三二二七歌)・三二二八歌を飛鳥坐神社の万葉歌碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

飛鳥坐神社万葉歌碑(作者未詳 13-3229) 20190630撮影



 

 

飛鳥坐神社社号碑 20190630撮影



 

 

 

 

 

 

拝殿から本殿を望む 20190630撮影



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集の心を読む」(上野 誠著 角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「旅する明日香ネット」 (一般社団法人 飛鳥観光協会HP)