万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1320,1321)―島根県益田市 県立万葉植物園(P31、32)―万葉集 巻十六 三八三四、巻十 一八一四

―その1320―

●歌は、「梨棗黍に粟つぎ延ふ葛の後も逢はむと葵花咲く」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P31)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P31)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆成棗 寸三二粟嗣 延田葛乃 後毛将相跡 葵花咲

       (作者未詳 巻十六 三八三四)

 

≪書き下し≫梨(なし)棗(なつめ)黍(きみ)に粟(あは)つぎ延(は)ふ葛(くず)の後(のち)も逢(あ)はむと葵(あふひ)花咲く

 

(訳)梨、棗、黍(きび)、それに粟(あわ)と次々に実っても、早々に離れた君と今は逢えないけれど、延び続ける葛のようにのちにでも逢うことができようと、葵(逢ふ日)の花が咲いている。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)はふくずの「延(は)ふ葛(くず)の」枕詞:延びていく葛が今は別れていても先で逢うことがあるように、の意で「後も逢はむ」の枕詞になっている。

 

 この歌には、植物の名前にかけた言葉遊びが隠されている。「黍(きみ)」は「君(きみ)」に、「粟(あは)」は「逢(あ)ふ」に、そして「葵(あふひ)」には「逢(あ)ふ日(ひ)」の意味が込められている。このような言葉遊びは、後の時代に「掛詞(かけことば)」という和歌の技法として発展していくのである。

 

 ここに歌われている、梨、棗、黍、粟、葛、葵について万葉集で収録されている歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1138)」で紹介している。

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―その1321―

●歌は、「いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞たなびく春は来ぬらし」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P32)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P32)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆古 人之殖兼 杉枝 霞霏▼ 春者来良之

      (柿本人麻呂 巻十 一八一四)

 ▼は、漢字が見当たらない。「雨かんむり+微」である。「霞霏▼」=「霞たなびく」

 

≪書き下し≫いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に霞(かすみ)たなびく春は来(き)ぬらし

 

(訳)遠く古い世の人が植えて育てたという、この杉木立の枝に霞がたなびいている。たしかにもう春はやってきたらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 「杉」を詠んだ歌十二首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その521)」で紹介している。

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 神社にご神木が必ずあるのは、社殿などのない時代にはこの神木を中心に祭りが営まれていたからである。

 神木については、「コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」によると、「神が依りつくとして神聖視される樹木。古くから、神は何か物に依りついて具現化すると考えられていた (→依代 ) 。そこで神木を神の表徴とみなしたり、樹木に神霊が宿ると考え、畏怖し、神聖視してきた。普通神木になる木には、松,すぎ,くすのきなどが多い(後略)」とある。

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「巳の神杉(みのかみすぎ)」 大神神社HP(境内マップ)より引用させていただきました。

 万葉歌でも、「杉」は「神」や「祝(はふり)」とともに配して詠まれる歌が多いのである。

 ピックアップしてみてみよう。

 

◆三諸之 神須疑 巳具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多

       (高市皇子 巻二 一五六)

 

≪書き下し≫みもろの神の神杉(かむすぎ)巳具耳矣自得見監乍共(第三、四句、訓義未詳)寝(い)ねる夜(よ)ぞ多き

 

(注)第三、四句は訓義未詳ではあるが、次のような説がある

           ①こぞのみをいめにはみつつ

           ②いめにだにみむちすれども

           ③よそのみをいめにはみつつ

           ④いめにのみみえつつともに

 

(訳)神の籠(こも)る聖地大三輪の、その神のしるしの神々しい杉、巳具耳矣自得見監乍共、いたずらに寝られない夜が続く(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)みもろ【御諸・三諸・御室】名詞:神が降臨して宿る神聖な所。磐座(いわくら)(=神の御座所)のある山や、森・岩窟(がんくつ)など。特に、「三輪山(みわやま)」にいうこともある。また、神座や神社。「みむろ」とも。 ※「み」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

  題詞「十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首」<十市皇女(といちのひめみこ)の薨(こう)ぜし時に、高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の作らす歌三首>のうちの一首である。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その944)」で紹介している。

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◆何時間毛 左備祁留鹿 香山之 鉾之本尓 薜生左右二

       (鴨君足人 巻三 二五九)

 

≪書き下し≫いつの間(ま)も神(かむ)さびけるか香具山(かぐやま)の桙杉(ほこすぎ)の本(もと)に苔生(こけむ)すまでに(巻三 二五九)

 

(訳)いつの間にこうも人気がなく神さびてしまったのか、香具山のとがった杉の大木の、その根元に苔が生(む)すほどに。(同上)

(注)ほこすぎ【矛杉・桙杉】:矛のようにまっすぐ生い立った杉。(広辞苑無料検索)

 

 

◆味酒呼 三輪之我 忌 手觸之罪歟 君二遇難寸

        (丹波大女娘子 巻四 七一二)

 

≪書き下し≫味酒(うまさけ)を三輪の祝(はふり)が斎(いは)ふ杉手(て)触(ふ)れし罪か君に逢ひかたき

 

(訳)三輪の神主(かんぬし)があがめ祭る杉、その神木の杉に手を触れた祟(たた)りでしょうか。あなたになかなか逢えないのは(「同上)

(注)うまさけ【味酒・旨酒】分類枕詞:味のよい上等な酒を「神酒(みわ)(=神にささげる酒)」にすることから、「神酒(みわ)」と同音の地名「三輪(みわ)」に、また、「三輪山」のある地名「三室(みむろ)」「三諸(みもろ)」などにかかる。 ※ 参考枕詞としては「うまさけの」「うまさけを」の形でも用いる。(学研)

(注)はふり【祝】名詞:神に奉仕することを職とする者。特に、神主(かんぬし)や禰宜(ねぎ)と区別する場合は、それらの下位にあって神事の実務に当たる職をさすことが多い。祝(はふ)り子。「はうり」「はぶり」とも。(学研)

(注)か 係助詞《接続》種々の語に付く。「か」が文末に用いられる場合、活用語には連体形(上代には已然形にも)に付く。(一)文中にある場合。(受ける文末の活用語は連体形で結ぶ。)①〔疑問〕…か。②〔反語〕…か、いや…ではない。(二)文末にある場合。①〔疑問〕…か。②〔反語〕…か、いや…ではない。▽多く「かは」「かも」「ものか」の形で。(学研)

(注)手触れし罪か:手を触れたはずはないのにの気持ちがこもる。(伊藤脚注)

 

  題詞「丹波大女娘子歌三首」<丹波大女娘子(たにはのおほめをとめ)が歌三首>の一首である。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その950)」で紹介している。

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◆三幣帛取 神之我 鎮齋原 燎木伐 殆之國 手斧所取奴

       (作者未詳 巻七 一四〇三)

 

≪書き下し≫御幣(みぬさ)取り三輪(みわ)の祝(はふり)が斎(いは)ふ杉原 薪伐(たきぎこ)りほとほとしくに手斧(てをの)取らえぬ

 

(訳)幣帛(へいへく)を手に取って三輪の神官(はふり)が斎(い)み清めて祭っている杉林よ。その杉林で薪を伐(き)って、すんでのところで大切な手斧(ておの)を取り上げられるところだったよ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)三輪の祝(はふり):三輪の社の神職。女の夫の譬え。(伊藤脚注)

(注)ほとほとし【殆とし・幾とし】形容詞:もう少しで(…しそうである)。すんでのところで(…しそうである)。極めて危うい。(学研)

(注)斎(いは)ふ杉原:人妻の譬え。上三句は親が大切にする深窓の女性の譬えとも解せる。(伊藤脚注)

(注)「薪伐(たきぎこ)りほとほとしくに手斧(てをの)取らえぬ」:手を出してひどい目にあいかけたの意を喩える。(伊藤脚注)

 

 

◆石上 振乃神杉 神備西 吾八更ゝ 戀尓相尓家留

       (作者未詳 巻十 一九二七)

 

≪書き下し≫石上(いそのかみ)布留(ふる)の神杉(かむすぎ)神(かむ)びにし我(あ)れやさらさら恋にあひにける

 

(訳)石上の布留の社(やしろ)の年経た神杉ではないが、老いさらばえてしまった私が、今また改めて、恋の奴(やっこ)にとっつかまってしまいました。(同上)

(注)上二句は序。「神(かむ)びにし」を起こす。

 

(注)さらさら【更更】副詞:①ますます。改めて。②〔打消や禁止の語を伴って〕決して。(学研) →今また新たに。(伊藤脚注)

(注)神び<かむぶ【神ぶ】(動):年月を経て神々しくなる。また、年老いる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

 

◆石上 振神杉 成 戀我 更為鴨 

      (作者未詳 巻十一 二四一七)

 

(書き下し)石上 布留の神杉(かむすぎ) 神さびて 恋をも我(あ)れは さらにするかも

 

(訳)石上の布留の年古りた神杉、その神杉のように古めかしいこの年になって、私はあらためて苦しい恋に陥っている。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「神(かむ)さびて」を起こす。(伊藤脚注)

(注)かむさぶ【神さぶ】自動詞:①神々(こうごう)しくなる。荘厳に見える。②古めかしくなる。古びる。③年を取る。(学研)ここでは③の意。

 

 一九二七ならびに二四一七歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その54改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂いたしております。ご容赦ください。)

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」

★「大神神社HP」