万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1685~1687)―福井県越前市 万葉ロマンの道(48~50)―万葉集 巻十五 三七七〇~三七七二

―その1685―

●歌は、「味真野に宿れる君が帰り来む時の迎へをいつとか待たむ」である。

福井県越前市 万葉ロマンの道(48)万葉歌碑<道標燈籠>(狭野弟上娘子)

●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(48)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆安治麻野尓 屋杼礼流君我 可反里許武 等伎能牟可倍乎 伊都等可麻多武

       (狭野弟上娘子 巻十五 三七七〇)

 

≪書き下し≫味真野(あぢまの)に宿れる君が帰り来(こ)む時の迎へをいつとか待たむ

 

(訳)味真野に旅寝をしているあなたが、都に帰っていらっしゃる時、その時のお迎えの喜びを、いつと思ってお待ちすれはよいのでしょうか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)やどる【宿る】自動詞①旅先で宿を取る。泊まる。宿泊する。②住みかとする。住む。③とどまる。④寄生する。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)やど【宿・屋戸】名詞:①家。家屋。②戸。戸口。入り口。③庭。庭先。前庭。④旅先の宿。▽一時的に泊まる家のことをさす。⑤主人。あるじ。(学研)

(注)とか 分類連語:①〔(文中にあって)不確定な推量を表す〕…と…であろうか。②〔(文末にあって)伝聞を表す〕…とかいうことだ。 ⇒なりたち:格助詞「と」+係助詞「か」

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1401)」で紹介している。

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―その1686―

●歌は、「宮人の安寐も寝ずて今日今日と待つらむものを見えぬ君かも」である。

福井県越前市 万葉ロマンの道(49)万葉歌碑<道標燈籠>(狭野弟上娘子)

●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(49)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆宮人能 夜須伊毛祢受弖 家布々々等 麻都良武毛能乎 美要奴君可聞

       (狭野弟上娘子 巻十五 三七七一)

 

≪書き下し≫宮人(みやひと)の安寐(やすい)も寝(ね)ずて今日今日(けふけふ)と待つらむものを見えぬ君かも

 

(訳)宮仕えの人びとが安眠もしないで、今日こそ今日こそと、思う人のお帰りをしきりに待っているであろうに、私の待つあなたはお見えになる気配がない。(同上)

(注)みやびと【宮人】名詞:①宮中に仕える人。「大宮人(おほみやびと)」とも。[反対語] 里人(さとびと)。②神に仕える人。神官。 ※古くは「みやひと」。(学研)ここでは①の意。

(注の注)宮人:宮仕えの女たち。これは思う人が配所から帰ってくるのを期待できる人々。(伊藤脚注)

(注)やすい【安寝・安眠】名詞:安らかに眠ること。安眠(あんみん)。 ※「い」は眠りの意。(学研)

(注)待つらむものを見えぬ君かも:思う人の帰りを待っているだろうにあなたはお見えになる気配がない。天平十二年六月の大赦を背景にする表現。(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1402)」で紹介している。

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―その1687―

●歌は、「帰りける人来れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて」である。

福井県越前市 万葉ロマンの道(50)万葉歌碑<道標燈籠>(狭野弟上娘子)

●歌碑(道標燈籠)は、福井県越前市 万葉ロマンの道(50)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆可敝里家流 比等伎多礼里等 伊比之可婆 保等保登之尓吉 君香登於毛比弖

     (狭野弟上娘子 巻十五 三七七二)

 

≪書き下し≫帰りける人来(きた)れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思(おも)ひて

 

(訳)赦(ゆる)されて帰って来た人が着いたと人が言ったものだから、すんでのことに死ぬところでした。もしやあなたかと思って。(同上)

(注)帰りける人:許されて帰った人。中臣宅守天平十二年の大赦には洩れた。(伊藤脚注)

(注)ほとほとし【殆とし・幾とし】形容詞:①もう少しで(…しそうである)。すんでのところで(…しそうである)。極めて危うい。②ほとんど死にそうである。危篤である。(学研)ここでは①の意

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1403)」で紹介している。

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 三七七一歌の「安寐(やすい)も寝(ね)ずて」という言い回しは重複した感じが強くこれまでも気にはなっていた。よく似たフレーズも含め少しピックアップしてみよう。

 

■巻一 四六:寐(い)も寝(ね)らめやも■

◆阿騎乃野尓 宿旅人 打靡 寐毛宿良目八方 古部念尓

       (柿本人麻呂 巻一 四六)

 

≪書き下し≫安騎の野に宿る旅人(たびひと)うち靡(なび)き寐(い)も寝(ね)らめやもいにしへ思ふに

 

(訳)こよい、安騎の野に宿る旅人、この旅人たちは、のびのびとくつろいで寝ることなどできようか。いにしえのことを思うにつけて。(同上)

(注)うちなびく【打ち靡く】自動詞:①草・木・髪などが、横になる。なびき伏す。②人が横になる。寝る。 ③相手の意に従う。(weblio古語辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)いもぬらめやも【寝も寝らめやも】分類連語:寝ていられようか、いや、寝てはいられない。 ※なりたち名詞「い(寝)」+係助詞「も」+動詞「ぬ(寝)」の終止形+現在推量の助動詞「らむ」の已然形+係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 

 

■巻五 八〇二歌:安寐し寝さぬ■

◆宇利波米婆 胡藤母意母保由 久利波米婆 麻斯堤葱斯農波由 伊豆久欲利 枳多利斯物能曽 麻奈迦比尓 母等奈可利堤 夜周伊斯奈佐農

       (山上憶良 巻五 八〇二)

 

≪書き下し≫瓜食(うりはめ)めば 子ども思ほゆ 栗(くり)食めば まして偲(しの)はゆ いづくより 来(きた)りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安寐(やすい)し寝(な)さぬ

 

(訳)瓜を食べると子どもが思われる。栗を食べるとそれにも増して偲(しの)ばれる。こんなにかわいい子どもというものは、いったい、どういう宿縁でどこ我が子として生まれて来たものなのであろうか。そのそいつが、やたら眼前にちらついて安眠をさせてくれない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)まなかひ【眼間・目交】名詞:目と目の間。目の辺り。目の前。 ※「ま」は目の意、「な」は「つ」の意の古い格助詞、「かひ」は交差するところの意。(学研)

(注)もとな 副詞:わけもなく。むやみに。しきりに。 ※上代語。(学研)

(注)安寐(やすい)し寝(な)さぬ:安眠をさせてくれない。「安寐」は一人寝にいう。(伊藤脚注)

 

 序・長歌(八〇二歌)、反歌(八〇三歌)については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その477)」で紹介している。

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■巻十二 三一五七歌:安寐(やすい)も寝(ね)ずに■

◆吾妹兒尓 又毛相海之 安河 安寐毛不宿尓 戀度鴨

       (作者未詳 巻十二 三一五七)

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)にまたも近江(あふみ)の安(やす)の川(かは)安寐(やすい)も寝(ね)ずに恋ひわたるかも

 

(訳)いとしいあの子にまたも逢うという、近江の安の川、その川の名ではないが、安らかな眠りさえできずに、あの子に恋い続けている。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

■巻十五 三六三三歌:安寐も寝ずて■

◆安波思麻能 安波自等於毛布 伊毛尓安礼也 夜須伊毛祢受弖 安我故非和多流

       (遣新羅使 巻十五 三六三三)

 

≪書き下し≫安波島の逢(あ)はじと思(おも)ふ妹にあれや安寐(やすい)も寝(ね)ずて我(あ)が恋ひわたる

 

(訳)逢はむ(逢へる)の安波島なのだから、あの子に逢えないなんていうことがあるものか、安波島のその名のようにすぐに帰って逢えると思っているのに、安眠もできずに私はただ焦がれつづけている。(同上)

(注)安波島:山口県大島郡屋代島か。逢う意をこめる。(伊藤脚注)

 

 

 

■巻十九 四一七七歌:安寐寝しめず■

◆和我勢故等 手携而 暁来者 出立向 暮去者 授放見都追 念暢 見奈疑之山尓 八峯尓波 霞多奈婢伎 谿敝尓波 海石榴花咲 宇良悲 春之過者 霍公鳥 伊也之伎喧奴 獨耳 聞婆不怜毛 君与吾 隔而戀流 利波山 飛超去而 明立者 松之狭枝尓 暮去者 向月而 菖蒲 玉貫麻泥尓 鳴等余米 安寐不令宿 君乎奈夜麻勢

       (大伴家持 巻十九 四一七七)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)と 手携(てたづさ)はりて 明けくれば 出で立ち向ひ 夕されば 振り放(さ)け見つつ 思ひ延(の)べ 見なぎし山に 八(や)つ峰(を)には 霞(かすみ)たなびき 谷辺(たにへ)には 椿(つばき)花咲き うら悲(がな)し 春し過ぐれば ほととぎす いやしき鳴きぬ ひとりのみ 聞けば寂(さぶ)しも 君と我(あ)れと 隔(へだ)てて恋ふる 礪波山(となみやま) 飛び越え行きて 明け立たば 松のさ枝(えだ)に 夕さらば 月に向ひて あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに 鳴き響(とよ)め 安寐寝(やすいね)しめず 君を悩ませ

 

(訳)いとしいあなたと手を取り合って、夜が明けると外に出で立って面(めん)と向かい、夕方になると遠く振り仰ぎ見ながら、気を晴らし慰めていた山、その山に、峰々には霞がたなびき、谷辺には椿の花が咲き、そして物悲しい春の季節が過ぎると、時鳥がしきりに鳴くようになりました。しかし、たったひとりで聞くのはさびしくてならない。時鳥よ、君と私とのあいだをおし隔てて恋しがらせている、あの礪波山を飛び越えて行って、夜が明けそめたなら庭の松のさ枝に止まり、夕方になったら月に立ち向かって、菖蒲を薬玉(くすだま)に通す五月になるまで、鳴き立てて、安らかな眠りにつかせないようにして、君を悩ませるがよい。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)なぐ【和ぐ】自動詞:①心が穏やかになる。なごむ。②風がやみ海が静まる。波が穏やかになる。(学研)ここでは①の意

(注の注)見なぎし山:見ては心を慰めた山。二上山。(伊藤脚注)

(注)うらがなし【うら悲し】形容詞:何とはなしに悲しい。もの悲しい。 ※「うら」心の意。(学研)

(注)やすい【安寝・安眠】名詞:安らかに眠ること。安眠(あんみん)。 ※「い」は眠りの意。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1374)」で紹介している。

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■巻十九 四一七九歌:安寐な寝しめ■

◆霍公鳥 夜喧乎為管 <和>我世兒乎 安宿勿令寐 由米情在

       (大伴家持 巻十九 四一七九)

 

≪書き下し≫ほととぎす夜鳴きをしつつ我が背子(せこ)を安寐(やすい)な寝(ね)しめゆめ心あれ

 

(訳)時鳥よ、夜鳴きをし続けて、我がいとしき人に安眠などさせてくれるなよ。我が意を体してゆめ怠るなかれ。(同上)

(注)ゆめ【努・勤】副詞:①〔下に禁止・命令表現を伴って〕決して。必ず。②〔下に打消の語を伴って〕まったく。少しも。(学研)

(注)心あれ:この心をわかっておくれの意。(伊藤脚注)

 

 

■巻十一 二三六九歌:味寐は寝ずて

◆人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆  <或本歌云 公矣思尓 暁来鴨>

       (柿本人麻呂歌集 巻十一 二三六九)

 

≪書き下し≫人の寝(ぬ)る味寐(うまい)は寝(ね)ずてはしきやし君が目すらを欲(ほ)りし嘆かむ<或本の歌には「君を思ふに明けにけるかも」といふ>

 

(訳)人様がするような共寝はできずに、ああ、あ、せめてあの方の顔だけでも見られればと思って、溜息ばかりつくことであろう。<いとしいあの方のことばかりを思っているうちに、すっかり夜が明けてしまった>(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)【味寝】ウマイ:《日本語での特別な意味》ぐっすり眠ること。(広辞苑無料検索 学研漢和大字典)

(注の注)味寐:快眠。男女の共寝に限っていう(伊藤脚注)

(注)めをほる【目を欲る】分類連語:見たい。会いたい。(学研)

 

 

■巻十二 二九六三歌:味寐は寝ずや■

◆白細之 手本寛久 人之宿 味宿者不寐哉 戀将渡

       (作者未詳 巻十二 二九六三)

 

≪書き下し≫白栲(しろたへ)の手本(たもと)ゆたけく人の寝(ね)る味寐(うまい)は寝(ね)ずや恋ひわたりなむ

 

(訳)手枕もゆったりとうちくつろいで、人様の寝るような快い眠りはできないで、私はこうして恋に悩みつづけるのであろうか。(同上)

(注)たもと【袂】名詞:①ひじから肩までの部分。手首、および腕全体にもいう。②袖(そで)。また、袖の垂れ下がった部分。 ※「手(た)本(もと)」の意から。(学研)

(注)ゆたけし【豊けし】形容詞:①(空間的に)ゆったりとしている。広々としている。②(気持ち・態度などに)ゆとりがある。おおらかだ。③(勢いなどが)盛大だ。(学研)ここでは①の意

 

 

 以上を見てくると「寐」は、一般的な眠りの度合い、「安寐」は、一人寝のぐっすり寝た状態、「味寐」は、共寝でぐっすり(共寝による満足感を伴って)寝た状態を表しているようである。同じようにぐっすり寝ても、一人寝と共寝で言い方を替えている微妙なニュアンスには驚かされる。しかもこのような好ましい状態の眠りは達成できないのか否定的な「寝ず」などが伴っているところもおもしろい。

 万葉びとの繊細さがうかがい知れるのである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio古語辞書 三省堂大辞林第三版」

★「広辞苑無料検索 学研漢和大字典」

★「万葉ロマンの道(歌碑)散策マップ」