万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2182)―福井県(1)越前市1⃣万葉の里「味真野苑」

福井県越前市万葉の里 味真野苑「下段の池」万葉歌碑(巻十五 三七二八他)■

福井県越前市万葉の里 味真野苑「下段の池」万葉歌碑(中臣宅守) 
20211111撮影

●この歌碑には、中臣宅守の三七二八、三七三〇、三七三三、三七三四、三七六四、三七七六歌が刻されている。

 

三七二八歌からみていこう。

 

◆安乎尓与之 奈良能於保知波 由吉余家杼 許能山道波 由伎安之可里家利

      (中臣宅守 巻十五 三七二八)

 

≪書き下し≫あをによし奈良の大道(おほち)は行きよけどこの山道(やまみち)は行き悪しかりけり

 

(訳)あをによし奈良、あの都大路は行きやすいけれども、遠い国へのこの山道は何とまあ行きづらいことか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

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◆加思故美等 能良受安里思乎 美故之治能 多武氣尓多知弖 伊毛我名能里都

      (中臣宅守 巻十五 三七三〇)

 

≪書き下し≫畏(かしこみ)みと告(の)らずありしをみ越道(こしぢ)の手向(たむ)けに立ちて妹が名告(の)りつ

 

(訳)恐れはばかってずっと口に出さずにいたのに、越の国へと越えて行く道のこの手向けの山に立って、とうとうあの人の名を口に出してしまった。(同上)

(注)畏みと告らずありしを:謹慎の身ゆえ、女の名を口にすることを憚る。(伊藤脚注)

(注)こしぢ【越路】:北陸道の古称。越の国へ行く道。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)たむく 【手向く】他動詞:①願い事をして、神仏に供え物を供える。旅の無事を祈る場合にいうことが多い。②旅立つ人に餞別(せんべつ)を贈る。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の名詞形

(注の注)越道の手向け:畿内と近江の境の逢坂山。(伊藤脚注)

 

◆和伎毛故我 可多美能許呂母 奈可里世婆 奈尓毛能母弖加 伊能知都我麻之

      (中臣宅守 巻十五 三七三三)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)なかりせば何物(なにもの)もてか命(いのち)継(つ)がまし

 

(訳)いとしいあなたの形見の衣、この衣がなかったら、何を頼りに命を繋いでゆくことができようか。(同上)

 

 

◆等保伎山 世伎毛故要伎奴 伊麻左良尓 安布倍伎与之能 奈伎我佐夫之佐 <一云 左必之佐>

     (中臣宅守 巻十五 三七三四)

 

≪書き下し≫遠き山関(せき)も越え来(き)ぬ今さらに逢ふべきよしのなきが寂しさ <一には「さびしさ」といふ>

 

(訳)遠い山々、そして関所さえも越えて私はやって来た。今となってはもう、あなたに逢う手立てがないのがさびしい。(同上)

 

 

 

◆山川乎 奈可尓敝奈里弖 等保久登母 許己呂乎知可久 於毛保世和伎母

      (中臣宅守 巻十五 三七六四)

 

≪書き下し≫山川(やまかは)を中にへなりて遠くとも心を近く思ほせ我妹(わぎも)

 

(訳)山や川、そう、そんな山や川が中に隔てていて、いかに遠く離れ離れにいようとも、心を私の近く近くへと寄り添って思っていておくれよね、あなた。(同上)

 

◆家布毛可母 美也故奈里世婆 見麻久保里 尓之能御馬屋乃 刀尓多弖良麻之

      (中臣宅守 巻十五 三七七六)

 

≪書き下し≫今日(けふ)もかも都なりせば見まく欲(ほ)り西の御馬屋(みまや)の外(と)に立てらまし

 

(訳)今日あたりでも、都にいるのだったら、逢いたくって、西の御馬屋の外に佇(たたず)んでいることだろうに。(同上)

(注)みまや【御馬屋/御厩】:貴人を敬ってその厩(うまや)をいう語。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注の注)西の御馬屋:宮中の右馬寮。二人はここでよく逢ったのであろう。(伊藤脚注)

 

 万葉集本体では、二人の事情は読み取れないが、目録には、「中臣朝臣宅守の、蔵部(くらべ)の女嬬(によじゆ)狭野弟上娘子を娶(めと)りし時に、勅して流罪に断じ、越前国に配しき。ここに夫婦(ふうふ)別るることの易く会ふことの難きを相嘆き、各(おのおの)慟(いた)む情(こころ)を陳(の)べて贈答せし歌六十三首」とある。

 

 「(訳)中臣朝臣宅守が、蔵部の女嬬狭野弟上娘子を娶った時に、勅命によって流罪に処されて、越前国に配流された。そこで夫婦が、別れはたやすく会うことの難しいことを嘆いて、それぞれに悲しみの心を述べて贈答した歌六十三首」<訳は、神野志隆光 著「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」(東京大学出版会)による>

 

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 この歌群の歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1355)」で紹介している。

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福井県越前市 万葉の里味真野苑「下段の池」万葉歌碑(巻十五 三七二三他)■

福井県越前市 万葉の里味真野苑「下段の池」万葉歌碑(狭野弟上娘子)
 20211111撮影

●歌碑には、三七二三、三七四七、三七五一、三七五三、三七六七、三七七二歌が刻されている。

 

三七二三歌からみていこう。

 

 

◆安之比奇能 夜麻治古延牟等 須流君乎 許々呂尓毛知弖 夜須家久母奈之

      (狭野弟上娘子 巻十五 三七二三)

 

≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)越えむとする君を心に持ちて安けくもなし

 

(訳)山道を遠く越えて行こうとするあなた、そのあなたを心に抱え続けて、この頃は安らかな時とてありません。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

◆和我屋度能 麻都能葉見都ゝ 安礼麻多無 波夜可反里麻世 古非之奈奴刀尓

      (狭野弟上娘子 巻十五 三七四七)

 

≪書き下し≫我(わ)がやどの松の葉見つつ我(あ)れ待たむ早(はや)帰りませ恋ひ死なぬとに

 

(訳)我が家の庭の松の葉を見ながら、私はひたすら待っておりましょう。早く帰って来てください。この私が焦がれ死にしないうちに。(同上)

(注)ぬとに:「ぬ外(と)に」の意。~しないうちに。(伊藤脚注)

(注の注)「ぬとに」に例は、一八二二歌にもみられる。「我(わ)が背子(せこ)を莫越(なこし)の山の呼子鳥(よぶこどり)君呼び返(かへ)せ夜の更けぬとに」<訳:我が背子を越えさせないでと願う、その莫越の山の呼子鳥よ、我が君を呼び戻しておくれ。夜の更けないうちに。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)>

 

 

◆之呂多倍能 安我之多其呂母 宇思奈波受 毛弖礼和我世故 多太尓安布麻弖尓

      (狭野弟上娘子 巻十五 三七五一)

 

≪書き下し≫白栲(しろたへ)の我(あ)が下衣(したごろも)失はず持てれ我(わ)が背子(せこ)直(ただ)に逢ふまでに

 

(訳)まっ白な私の下衣、この衣も、肌身離さず持ってて下さいね、あなた。じかにお逢いできるその日までずっと。(同上)

(注)したごろも【下衣】名詞:下に着る衣。下着。(学研)

 

 

◆安波牟日能 可多美尓世与等 多和也女能 於毛比美太礼弖 奴敝流許呂母曽

      (狭野弟上娘子 巻十五 三七五三)

 

≪書き下し≫逢はむ日の形見(かたみ)にせよとたわや女(め)の思ひ乱れて縫へる衣(ころも)ぞ          

 

(訳)再び逢える日までの形見にしてほしいものと、か弱い女の身のこの私が千々に思い乱れて縫った着物なのです、これは。(同上)

(注)たわやめ【手弱女】名詞:しなやかで優しい女性。「たをやめ」とも。 ※「たわや」は、たわみしなうさまの意の「撓(たわ)」に接尾語「や」が付いたもの。「手弱」は当て字。[反対語] 益荒男(ますらを)。(学研)

 

 

◆多麻之比波 安之多由布敝尓 多麻布礼杼 安我牟祢伊多之 古非能之氣吉尓

      (狭野弟上娘子 巻十五 三七六七)

 

≪書き下し≫魂(たましひ)は朝夕(あしたゆうへ)にたまふれど我(あ)が胸痛(むねいた)し恋の繁(しげ)きに

 

(訳)あなたのお心は、朝な夕なにこの身にいただいておりますが、それでも私の胸は痛みます。逢いたい思いの激しさに。(同上)

(注)たまふ【賜ふ・給ふ】他動詞:{語幹〈たま〉}いただく。ちょうだいする。▽「受く」「飲む」「食ふ」の謙譲語。(学研)

 

 

◆可敝里家流 比等伎多礼里等 伊比之可婆 保等保登之尓吉 君香登於毛比弖

      (狭野弟上娘子 巻十五 三七七二)

 

≪書き下し≫帰りける人来(きた)れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思(おも)ひて

 

(訳)赦(ゆる)されて帰って来た人が着いたと人が言ったものだから、すんでのことに死ぬところでした。もしやあなたかと思って。(同上)

(注)帰りける人:許されて帰った人。中臣宅守天平十二年の大赦には洩れた。(伊藤脚注)

(注)ほとほとし【殆とし・幾とし】形容詞:①もう少しで(…しそうである)。すんでのところで(…しそうである)。極めて危うい。②ほとんど死にそうである。危篤である。(学研)ここでは①の意

 

 この歌群の歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1356)」で紹介している。

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福井県越前市 万葉の里味真野苑「比翼の丘」万葉歌碑(巻十五 三七二七)■

 

福井県越前市 万葉の里味真野苑「比翼の丘」万葉歌碑(中臣宅守) 
20211111撮影

●歌をみていこう。

 

知里比治能 可受尓母安良奴 和礼由恵尓 於毛比和夫良牟 伊母我可奈思佐

      (中臣宅守 巻十五 三七二七)

 

≪書き下し≫塵泥(ちりひぢ)の数にもあらぬ我(わ)れゆゑに思ひわぶらむ妹(いも)がかなしさ

 

(訳)塵や泥のような物の数でもないこんな私ゆえに、今頃さぞかししょげかえっているであろう。あの人が何ともいとおしくてならない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ちりひぢ【塵泥】〘名〙:① ちりとどろ。② 転じて、つまらないもの、とるに足りないもの。ちりあくた。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)かず【数】にもあらず=かず(数)ならず

(注の注)かず【数】ならず:数えたてて、とりあげるほどの価値はない。物の数ではない。とるに足りない。つまらない。数にもあらず。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)おもひわぶ【思ひ侘ぶ】自動詞:思い嘆く。(学研)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1357)」で紹介している。

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福井県越前市 万葉の里味真野苑「比翼の岡」万葉歌碑(巻十五 三七二四)■

福井県越前市 万葉の里味真野苑「比翼の岡」万葉歌碑(狭野弟上娘子) 
20211111撮影

●歌をみていこう。

 

◆君我由久 道乃奈我弖乎 久里多々祢 也伎保呂煩散牟 安米能火毛我母

      (狭野弟上娘子 巻十五 三七二四)

 

≪書き下し≫君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも   

 

(訳)あなたが行かれる道の長道、その道のりを手繰(たぐ)って折り畳んで、焼き滅ぼしてしまう天の火、ああ、そんな火があったらなあ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ながて【長手】名詞:「ながぢ」に同じ。(学研)

(注の注)ながぢ【長道】名詞:長い道のり。遠路。長手(ながて)。「ながち」とも(学研)

(注)あめの【天の】火(ひ):天から降ってくる火。神秘な天上の火。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版)

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの。(学研)

 

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感想(1件)

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1358)」で紹介している。

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福井県越前市 万葉館正面万葉歌碑(巻十五 三七七〇)■

福井県越前市 万葉館正面万葉歌碑(狭野弟上娘子) 20211111撮影

●歌をみていこう。

 

◆安治麻野尓 屋杼礼流君我 可反里許武 等伎能牟可倍乎 伊都等可麻多武

       (狭野弟上娘子 巻十五 三七七〇)

 

≪書き下し≫味真野(あじまの)に宿れる君が帰り来(こ)む時の迎へをいつとか待たむ

 

(訳)味真野に旅寝をしているあなたが、都に帰っていらっしゃる時、その時のお迎えの喜びを、いつと思ってお待ちすればよいのでしょうか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)やどる【宿る】自動詞:①旅先で宿を取る。泊まる。宿泊する。②住みかとする。住む。一時的に住む。③とどまる。④寄生する。(学研)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1375)」で紹介している。

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 ここ味真野地区は、奈良時代に都からこの地に流された中臣宅守(なかとみのやかもり)と、都で中臣を思う狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)の悲恋の舞台である。 

「恋人たちの聖地 万葉の里」として整備、さらに「万葉ロマンの道」に万葉歌碑(道標灯籠)が63基設置され中臣宅守と狭野弟上娘子の相聞歌が刻されている。

恋人たちの聖地「万葉の里」碑



「万葉ロマンの道」案内板

 

 「万葉ロマンの道」の万葉歌碑(道標灯篭)は次の通りです。



 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版」