●歌は、「笹の葉はみ山もさやにさやけども我は妹思ふ別れ来ぬれば」である。
●歌をみていこう。
◆小竹之葉者 三山毛清尓 乱友 吾者妹思 別来礼婆
(柿本人麻呂 巻二 一三三)
≪書き下し≫笹(ささ)の葉はみ山もさやにさやげども我(わ)れは妹思ふ別れ来(き)ぬれば
(訳)笹の葉はみ山全体にさやさやとそよいでいるけれども、私はただ一筋にあの子のことを思う。別れて来てしまったので。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)「笹(ささ)の葉はみ山もさやにさやげども」は、高角山の裏側を都に向かう折りの、神秘的な山のそよめき(伊藤脚注)
(注の注)ささのはは…分類和歌:「笹(ささ)の葉はみ山もさやに乱るとも我は妹(いも)思ふ別れ来(き)ぬれば」[訳] 笹の葉は山全体をざわざわさせて風に乱れているけれども、私はひたすら妻のことを思っている。別れて来てしまったので。 ⇒鑑賞長歌に添えた反歌の一つ。妻を残して上京する旅の途中、いちずに妻を思う気持ちを詠んだもの。「乱るとも」を「さやげども(=さやさやと音を立てているけれども)」と読む説もある。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)さやに 副詞:さやさやと。さらさらと。(学研)
石見相聞歌の一つである。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1272)」で紹介している。
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石見相聞歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1290~1297)」で紹介している。
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笹を詠んだ歌は、万葉集にでは、一三三歌の他に四首が収録されている。これらをみてみよう。
(注)ささ【笹・篠】名詞:竹類のうち、小形で茎の細いもの。(学研)
■二三三六歌■
◆甚毛 夜深勿行 道邊之 湯小竹之於尓 霜降夜焉
(作者未詳 巻十 二三三六)
≪書き下し≫はなはだも夜更(おふ)けてな行き道の辺(へ)のゆ笹(ささ)の上(うへ)に霜(しも)の降る夜を
(訳)こんなにひどく夜が更けてから帰らないで下さい。道のほとりの笹の上に、霜がしとどに置く寒い夜なのに。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)はなはだ【甚だ】副詞:①たいそう。非常に。ひどく。②〔打消の語を伴って〕全く。⇒参考:中古には主に漢文訓読語であって、和文では例が少ない。和文では、「いと」を用いる。従って、会話文で「はなはだ」を用いるのは、いささか気取った言い方となる。(学研)
(注)ゆざさ【斎笹】〘名〙: 神事に用いる、きよめられた笹。また、清らかな感じの笹。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
■二三三七歌■
◆小竹葉尓 薄太礼零覆 消名羽鴨 将忘云者 益所念
(作者未詳 巻十 二三三七)
≪書き下し≫笹(ささ)の葉にはだれ降り覆(おほ)ひ消(け)なばかも忘れむと言へばまして思ほゆ
(訳)笹の葉に薄雪が降り覆い、やがて消えてしまうように、私の命が消えでもすればあなたを忘れることもありましょう、などとあの子が言ったりするものだから、さらにいっそういとしく思われる。(同上)
(注)上二句は序。『消な』を起こす。(伊藤脚注)
(注)はだれなり【斑なり】形容動詞:(雪が降るさまが)まばらだ。まだらだ。(雪や霜などのおりたさまが)薄い。「はだらなり」とも。(学研)
(注)消なばかも忘れむと言へば:私の命が消えでもすればあなたを忘れることもありましょう、とあの子が言うので。(伊藤脚注)
(注)まして【況して】副詞:①それにもまして。なおさら。②いうまでもなく。いわんや。(学研)ここでは①の意
■三三八二歌■
◆宇麻具多能 祢呂乃佐左葉能 都由思母能 奴礼弖和伎奈婆 汝者故布婆曽毛
(作者未詳 巻十四 三三八二)
≪書き下し≫馬来田(うまぐた)の嶺(ね)ろの笹葉(ささは)の露霜(つゆしも)の濡(ぬ)れて我(わ)来(き)なば汝(な)は恋(こ)ふばぞも
(訳)馬来田(うまぐた)のお山の笹葉に置く冷たい露に、濡れそぼちながら私が行ってしまったなら、お前さんは一人せつなく恋い焦がれることだろうな。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)馬来田;上総の郡名。今の木更津周辺。(伊藤脚注)
(注)露霜の:「露霜に」とあるべき所。(伊藤脚注)
(注)我来なば:私が行ってしまったら。(伊藤脚注)
(注)恋ふばぞも:「恋ひむぞも」も意(伊藤脚注)
■四四三一歌■
◆佐左賀波乃 佐也久志毛用尓 奈々弁加流 去呂毛尓麻世流 古侶賀波太波毛
(作者未詳 巻二十 四四三一)
≪書き下し≫笹(ささ)が葉(は)のさやぐ霜夜(しもよ)に七重(ななへ)着(か)る衣(ころも)に増(か)せる子(こ)ろが肌(はだ)はも
(訳)笹の葉のそよぐこの寒い霜夜に、七重も重ねて着る衣、その衣にもまさるあの子の肌は、ああ。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)「着(か)る」:「着(け)る」の東国形。
人麻呂は、「笹(ささ)の葉はみ山もさやにさやげども」と詠っている。他の四首は、「笹(ささ)の上(うへ)に霜(しも)の降る」、「笹(ささ)の葉にはだれ降り」、「笹葉(ささは)の露霜(つゆしも)」、「笹(ささ)が葉(は)のさやぐ霜夜(しもよ)」といずれも静的な点の描写の歌である。
人麻呂の歌のスケールに圧倒されるのである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」