―その1875―
●歌は、「我が心ゆたにたゆたに浮蒪辺にも沖にも寄りかつましじ」である。
●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(40)にある。
●歌をみていこう。
◆吾情 湯谷絶谷 浮蒪 邊毛奥毛 依勝益士
(作者未詳 巻七 一三五二)
≪書き下し≫我(あ)が心ゆたにたゆたに浮蒪(うきぬなは)辺にも沖(おき)にも寄りかつましじ
(訳)私の心は、ゆったりしたり揺動したりで、池の面(も)に浮かんでいる蒪菜(じゅんさい)だ。岸の方にも沖の方にも寄りつけそうもない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)ゆたに>ゆたなり 【寛なり】形容動詞ナリ活用:ゆったりとしている。(webliok古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)たゆたふ【揺蕩ふ・猶予ふ】①定まる所なく揺れ動く。②ためらう。(同上)
(注)寄りかつましじ:寄り付けそうにもあるまい。(伊藤脚注)
(注の注)かつましじ 分類連語:…えないだろう。…できそうにない。 ※上代語。 ⇒なりたち:可能の補助動詞「かつ」の終止形+打消推量の助動詞「ましじ」(学研)
蒪(ぬなは)は、ジュンサイのことで、スイレン科の多年生植物。沼などの泥の中に根を延ばし、葉は楕円形で10cm程度。葉や茎はぬるぬるしていて水面に浮かんでいる。若い芽は食用にする。
蒪(ぬなは)を詠った歌はこの一首のみである。自らの恋の行方の定まらない中途半端な状態を嘆いた歌であり、自然の観察を通してジュンサイに恋心を重ねている。
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1112)」で紹介している。
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―その1876―
●歌は、「春霞春日の里の植え小水葱苗なりと言ひし枝はさしにけむ」である。
●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(41)にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「大伴宿祢駿河麻呂娉同坂上家之二嬢歌一首」<大伴宿禰駿河麻呂、同じき坂上家の二嬢(おといらつめ)を娉(つまど)ふ歌一首>である。
◆春霞 春日里之 殖子水葱 苗有跡云師 柄者指尓家牟
(大伴駿河麻呂 巻三 四〇七)
≪書き下し≫春霞(はるかすみ)春日(かすが)の里の植ゑ小水葱(こなぎ)苗(なへ)なりと言ひし枝(え)はさしにけむ
(訳)春日の里に植えられたかわいい水葱、あの水葱はまだ苗だと言っておられましたが、もう枝がさし伸びたのことでしょうね。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)植ゑ小水葱:童女である二嬢の譬え。「植ゑ」は栽培されたの意。(伊藤脚注)
(注)枝(え)はさしにけむ:成長して大人びてきたことだろうの意。(伊藤脚注)
(注)大伴駿河麻呂 (おおとものするがまろ):奈良時代の公卿(くぎょう)。天平(てんぴょう)18年越前守(えちぜんのかみ)。天平勝宝(てんぴょうしょうほう)9年橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)の謀反にくみしたとして弾劾されるが、のち出雲守(いずものかみ)に任じられ、宝亀(ほうき)3年陸奥按察使(むつあぜち)となる。陸奥守・鎮守将軍として蝦夷(えみし)を攻略、6年参議にすすむ。「万葉集」に短歌11首がある。宝亀7年7月7日死去。(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1313)」で紹介している。
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―その1877―
●歌は、「うちひさつ三宅の原ゆ・・・あざさ結ひ垂れ大和の黄楊の小櫛を押へ刺すうらぐわし子それぞわが妻」である。
●歌碑(プレート)は、松山市御幸町 護国神社・万葉苑(42)にある。
●歌をみていこう。
◆打久津 三宅乃原従 常土 足迹貫 夏草乎 腰尓魚積 如何有哉 人子故曽 通簀文吾子 諾ゝ名 母者不知 諾ゝ名 父者不知 蜷腸 香黒髪丹 真木綿持 阿邪左結垂 日本之 黄楊乃小櫛乎 抑刺 卜細子 彼曽吾孋
(作者未詳 巻十三 三二九五)
≪書き下し≫うちひさつ 三宅(みやけ)の原ゆ 直土(ひたつち)に 足踏(ふ)み貫(ぬ)き 夏草を 腰になづみ いかなるや 人の子ゆゑぞ 通(かよ)はすも我子(あご) うべなうべな 母は知らじ うべなうべな 父は知らじ 蜷(みな)の腸(わた) か黒(ぐろ)き髪に 真木綿(まゆふ)もち あざさ結(ゆ)ひ垂(た)れ 大和の 黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)を 押(おさ)へ刺(さ)す うらぐはし子 それぞ我(わ)が妻
(訳)うちひさつ三宅の原を、地べたに裸足なんかを踏みこんで、夏草に腰をからませて、まあ、いったいどこのどんな娘御(むすめご)ゆえに通っておいでなのだね、お前。ごもっともごもっとも、母さんはご存じありますまい。ごもっともごもっとも、父さんはご存じありますまい。蜷の腸そっくりの黒々とした髪に、木綿(ゆう)の緒(お)であざさを結わえて垂らし、大和の黄楊(つげ)の小櫛(おぐし)を押えにさしている妙とも妙ともいうべき子、それが私の相手なのです。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)うちひさす【打ち日さす】分類枕詞:日の光が輝く意から「宮」「都」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは「三宅」にかかっている。
(注)ひたつち【直土】名詞:地面に直接接していること。 ※「ひた」は接頭語。(学研)
(注)こしなづむ【腰泥む】分類連語:腰にまつわりついて、行き悩む。難渋する。(学研)
(注)うべなうべな【宜な宜な・諾な諾な】副詞:なるほどなるほど。いかにももっともなことに。(学研)
(注)みなのわた【蜷の腸】分類枕詞:蜷(=かわにな)の肉を焼いたものが黒いことから「か黒し」にかかる。(学研)
(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(学研)
(注)あざさ:ミツガシワ科アサザ属の多年生水草。ユーラシア大陸の温帯地域に生息し、日本では本州や九州に生息。5月から10月頃にかけて黄色の花を咲かせる水草。(三宅町HP) ※あざさは三宅町の町花である。現在の植物名は「アサザ」である。
(注)うらぐはし【うら細し・うら麗し】形容詞:心にしみて美しい。見ていて気持ちがよい。すばらしく美しい。
この歌ならびに反歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その432)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」
★「三宅町HP」