万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2141)―大阪府(1)大阪市―

 大阪府は、(1)大阪市、(2)大阪府北部、(3)大阪府南部の3つのエリアに分けて紹介してまいります。

 

大阪市

大阪市西淀川区姫島 姫嶋神社万葉歌碑(巻二 二二八)■

大阪市西淀川区姫島 姫嶋神社万葉歌碑(河辺宮人) 20230319撮影

●歌をみていこう。

 

◆妹之名者 千代尓将流 姫嶋之 子松之末尓 蘿生萬代尓

   (河辺宮人 巻二 二二八)

 

≪書き下し≫妹(いも)が名は千代(ちよ)に流れむ姫島の小松(こまつ)がうれに蘿生(こけむす)すまでに

 

(訳)このいとしいお方の名は、千代(ちよ)万代(よろずよ)に流れ伝わるであろう。娘子にふさわしい名の姫島の小松が成長してその梢(こずえ)に蘿(こけ)が生(む)すまでいついつまでも。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)千代に流れむ:漢籍に「名ハ世ニ流ル」などがある。その影響を受けた表現。(伊藤脚注)

(注)うれ【末】名詞:草木の枝や葉の先端。「うら」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2111)」で紹介している。

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 姫嶋神社に到着してまず驚いたのは「帆立絵馬」である。そして女性たちが「赤い球」を投げていることであった。

 境内には、「はじまりの碑」があり、様々な目標や願い事を書いた帆立絵馬を掛けるのである。

帆立貝は泳いでいる姿がまるで帆を立てて進む船のようであるので強い再出発の意が込められている。御祭神である阿迦留姫命が夫から船で逃れ姫島の地で再出発ことに因んで新しいスタートが順風満帆に進むようにとの願いが込められているそうである。

​ 女性たちが碑に向かって投げていた赤い球は、「 断ち玉(たちだま)」と呼ばれ、「新しいスタートを切る時や目標・願い事を叶える為に、断ち切らなければならないことを念えじて投げるのである。御祭神の阿迦留姫命が赤い玉から生まれた事にちなみ、姫嶋神社では赤い玉は縁起がいいものとされているそうである。

 万葉歌碑にとらわれ、事前調査不足であったが、新しいことを知ることができた。あやかって前に進んで行きたいものである。

 

 

大阪市西淀川区大和田 大和田住吉神社万葉歌碑(巻六 一〇六七)■

大阪市西淀川区大和田 大和田住吉神社万葉歌碑(田辺福麻呂) 20230319撮影

●歌をみていこう。

 

◆濱清 浦愛見 神世自 千船湊 大和太乃濱

       (田辺福麻呂 巻六 一〇六七)

 

≪書き下し≫浜清み浦うるはしみ神代(かみよ)より千舟(ちふね)の泊(は)つる大和太(おほわだ)の浜(はま)

 

(訳)浜は清らかで、浦も立派なので、遠い神代の時から舟という舟が寄って来て泊まった大和太(おおわだ)の浜なのだ、ここは。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)-み 接尾語:①〔形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて〕(…が)…なので。(…が)…だから。▽原因・理由を表す。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある。②〔形容詞の語幹に付いて〕…と(思う)。▽下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す。③〔形容詞の語幹に付いて〕その状態を表す名詞を作る。④〔動詞および助動詞「ず」の連用形に付いて〕…たり…たり。▽「…み…み」の形で、その動作が交互に繰り返される意を表す。(学研)

(注)大和太の浜:神戸市兵庫区和田岬から北東方へかけての湾入した海岸。(伊藤脚注)

(注の注)大和田住吉神社内の説明案内板「判官松の由来と大和田住吉神社 万葉歌碑の由来」には「万葉集にかいまみることのできる大和田を歌った古い和歌の碑である。併しこの歌の大和田の泊と呼ばれた附近を詠んだものであるとの説があるが、これは謬りで、摂津名所図会には、大和田が『御手村の西北に在り此所尼崎に近くして河海の界なり、故に魚鱗多し殊に鯉多く集まれば常に魚す。これを大和田の鯉摑みという、なお浦浜古詠あり兵庫の和田岬とするのは謬也』とことわつている。尚土佐日記の一文を引用しこの歌をのせているので、この万葉碑の重要性を再認識したいものである。」と書かれている。

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2112)」で紹介している。

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大阪市生野区巽西 横野神社跡万葉歌碑(巻十 一八二五)■

大阪市生野区巽西 横野神社跡万葉歌碑(作者未詳) 20230319撮影

●歌をみていこう。

 

◆紫之 根延横野之 春野庭 君乎懸管 鴬名雲

       (作者未詳 巻十 一八二五)

 

≪書き下し≫紫草(むらさき)の根延(ねば)ふ横野(よこの)春野(はるの)には君を懸(か)けつつうぐひす鳴くも(作者未詳 巻十 一八二五)

 

(訳)紫草(むらさきぐさ)の根を張る横野のその春の野には、あなたを心にかけるようにして、鴬が鳴いている。(同上)

(注)横野:大阪市生野区横野神社一帯。(伊藤脚注)

(注)か・く 【懸く・掛く】他動詞:①垂れ下げる。かける。もたれさせる。②かけ渡す。③(扉に)錠をおろす。掛け金をかける。④合わせる。兼任する。兼ねる。⑤かぶせる。かける。⑥降りかける。あびせかける。⑦はかり比べる。対比する。⑧待ち望む。⑨(心や目に)かける。⑩話しかける。口にする。⑪託する。預ける。かける。⑫だます。⑬目標にする。目ざす。⑭関係づける。加える。(学研)ここでは⑨の意

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2114)」で紹介している。

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住吉区東粉浜 南海本線粉浜駅前万葉歌碑(巻六 九九七)■

住吉区東粉浜 南海本線粉浜駅前万葉歌碑(作者未詳) 20201012撮影

●歌をみていこう

 

  題詞は、「春三月幸于難波宮之時歌六首」<春の三月に、難波(なには)の宮に幸(いでま)す時の歌六首>である。

(注)幸す:ここでは聖武天皇行幸

 

◆住吉乃 粉濱之四時美 開藻不見 隠耳哉 戀度南

         (作者未詳 巻六 九九七)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)の粉浜(こはま)のしじみ開(あ)けも見ず隠(こも)りてのみや恋ひわたりなむ

 

(訳)住吉の粉浜の蜆(しじみ)が蓋(ふた)を閉じているように、私は、胸の思いもうちあけることもせず、じっと心のうちに籠(こ)めたまま、思いつづけることであろうか。(同上)

(注) 住吉 分類地名:歌枕(うたまくら)。今の大阪市住吉区を中心とする一帯。海浜の景勝の地で、松の名所として有名。この地に鎮座する住吉神社の祭神は、海上交通の守護神として、また、和歌の神としても信仰される。古くからの港で、海上交通の要地でもあった。 ※参考 元来の地名は「すみのえ」であるが、「住吉」と当てた表記から「すみよし」の読みが生まれた。両者とも用いられるが、平安時代以降は次第に「すみよし」が優勢となる。歌では、「波」「寄る」「松(=「待つ」とかける)」「忘れ草」など、また、「住み良し(=「住吉(すみよし)」にかける)」が詠み込まれる例が多い。

(注)粉浜:大阪市住吉公園の北、帝塚山の西。当時は海岸。(伊藤脚注)

(注)上二句は序。「開(あ)けも見ず隠(こも)りてのみ」を起こす。(伊藤脚注)

 

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 全六首ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その793)」で紹介している。

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歌の解説案内板

 

住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑(巻十九 四二四三他全十七首)■

住吉区住吉 住吉大社反り橋西詰め北万葉歌碑(全十七首) 20201012撮影

 この歌碑の形について、同碑下部の「碑形 出土埴輪古代船と角柱」に、大阪市平野区長原遺跡から出土した五世紀初めの船形埴輪をモデルに原型の2倍の大きさで作られており、船を中空で支える角柱に万葉歌と住吉古代地図が刻されている構成になっていると、説明されている。

 

 角柱碑正面上部に、巻十九 四二四三、巻一 六九歌が、下部に、万葉時代の住吉地形とゆかりの 巻三 二八三、巻六 九九九、巻七 一二七五、巻二 一二一、巻十二 三〇七六、巻七 一二七四、巻六 九三二歌の七首が、同裏面上部には、巻七 一一五六、巻七 一一五九、巻六 一〇〇二、巻七 一三六一、の四首、同下部には、巻七 一一四七、巻十 一八八六、巻十 二二四四、巻七 一二七三の四首、計十七首が刻されている。

 

「碑形 出土埴輪古代船と角柱」説明案内板

 

 この歌碑に刻された歌(書き下し)は、次のとおりである。(地名は太字)

 

住吉に斎く祝が神言と行くとも来とも船は早けむ

                  多治比真人土作 19-4243

草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを

             清江娘子 1-69

住吉遠里小野の真榛もち摺れる衣の盛り過ぎゆく  

             作者未詳 7-1156

住吉の岸の松が根うちさらし寄せ来る波の音のさやけさ

             作者未詳 7-1159

馬の歩み抑え留めよ住吉の岸の埴生ににほいて行かむ

                       安倍豊継 6-1002

住吉浅沢小野のかきつはた衣に摺り付け着む日知らずも     

             作者未詳 7-1361

暇あらば拾ひに行かむ住吉の岸に寄るという恋忘れ貝            

             作者未詳 7-1147

住吉の里行きしかば春花のいやめづらしき君にあへるかも       

             作者未詳 10-1886

住吉の岸に田を墾り蒔きし稲かくて刈るまで逢はぬ君かも     

             作者未詳 10-2244

住吉波豆麻の君が馬乗衣さひづらふ漢女を据ゑて縫へる衣ぞ            

             作者未詳 7-1273

住吉得名津に立ちて見渡せば武庫の泊りゆ出づる船人 

             高市黒人 3-283

茅渟みより雨ぞ降り来る四極の海人網干したり濡もあへむかも              

             守部王 6-999

住吉の小田を刈らす子奴かもなき奴あれど妹がみために私田刈る           

             作者未詳   7-1275

夕さらば潮満ち来なむ住吉浅香の浦に玉藻刈りてな            

             弓削皇子   2-121

住吉敷津の浦のなのりその名は告りてしを逢はなくもあやし            

             作者未詳   12-3076

住吉出見の浜の柴刈りそね娘子らが赤裳の裾の濡れて行かむ見む       

             作者未詳   7-1274

白波の千重に来寄する住吉の岸の埴生にびほひて行かな         

             車持千年   6-932

 



■霰松原公園万葉歌碑(巻一 六五)■

霰松原公園万葉歌碑(長皇子) 20201012撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「長皇子御歌」<長皇子(ながのみこ)の御歌>である。

 

◆霰打 安良礼松原 住吉乃 弟日娘与 見礼常不飽香聞

         (長皇子 巻一 六五)

 

≪書き下し≫霰(あられ)打つ安良礼(あられ)松原(まつばら)住吉(すみのえ)の弟日娘子(おとひをとめ)と見(み)れど飽(あ)かぬかも

 

(訳)霰のたたきつける安良礼松原、この松原は、住吉の弟日娘子と同じに、見ても見ても、見飽きることがない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)霰打つ:同音の次句の地名「安良礼(住吉付近か)」をほめる枕詞。(伊藤脚注)

(注)と:並立、と共にの意をもつ。(伊藤脚注)

(注)見れど飽かぬかも:現地への賛美である。(伊藤脚注)

 

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その797)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)」

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「姫嶋神社HP」

★「『碑形 出土埴輪古代船と角柱』説明案内板」

★「判官松の由来と大和田住吉神社 万葉歌碑の由来」 (大和田住吉神社内の説明案内板)