「梅花宴」の歌を順次みていく。「八一五~八二〇歌」
◆武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曽 烏梅乎乎岐都ゝ 多努之岐乎倍米
[大貮紀卿]
≪書き下し≫正月(むつき)立ち春の来(き)たらばかくしこそ梅を招きつつ楽(たの)しき終(を)へめ [大弐(だいに)紀卿(きのまへつきみ)]
(紀卿 巻八 八一五)
(訳)正月になり春がやってきたなら、毎年このように梅の花を迎えて、楽しみの限りを尽くそう。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)大弐(だいに):律令制で、大宰府の次官(すけ)のうち、最上位のもの。権帥(ごんのそち)を欠くときに実務を執った(コトバンク デジタル大辞泉より)
■紀卿:万葉集にはこの一首のみ収録されている。未詳。紀朝臣男子か。
◆烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我覇能曽能尓 阿利己世奴加毛 [少貳小野大夫]
(小野老 巻八 八一六)
≪書き下し≫梅の花今咲けるごと散ろ過ぎず我(わ)が家(へ)の園(その)にありこせぬかも [少弐(せうに)小野大夫(をののまへつきみ)]
(訳)梅の花よ、今咲いているように散りすぎることなく、この我らの園にずっと咲き続けてほしい。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)少弐(せうに):律令制で、大宰府(だざいふ)の次官(すけ)のうち、下位のもの。大弐の下で庶務をつかさどった。のちに世襲となり、氏の名となった。すないすけ。(コトバンク デジタル大辞泉より)
(注)ありこせぬかも:あってくれないかな
■小野大夫:小野老朝臣(をののおゆあそみ)。万葉集には三首(巻三 三二八・巻六 九五八)収録されている。「あをによし奈良の都は咲く花のにほうがごとく今盛りなり(三二八歌)は、有名。三二八~三三七歌は同じ宴席の歌。小野老の歌に触発され三二九~三三五歌は奈良の都の望郷歌である。
◆烏梅能波奈 佐吉多流僧能々 阿遠也疑波 可豆良尓須倍久 奈利尓家良受夜 [少貳粟田大夫]
(粟田大夫 巻八 八一七)
≪書き下し≫梅の花咲きたる園の青柳はかづらにすべくなりにけらずや [少弐粟田大夫(あはたのまへつきみ)]
(訳)梅の花の咲き匂うこの園の青柳は美しく芽ぶいて、梅のみならずこれも縵(かずら)にできるほどになったではないか。
(注)かづら:髪飾り。つる草や、やなぎ・ゆり・稲穂などを髪に巻きつけて飾りと
したもの。元来は植物の生命力を我が身に移そうとするまじないで行われた。
(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典より)
■粟田大夫:万葉集にはこの一首のみ収録されている。
◆波流佐礼婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都々夜 波流比久良佐武 [筑前守山上大夫]
(山上大夫 巻八 八一八)
≪書き下し≫春さればまづ咲くやどの梅の花ひとり見つつや春日(はるひ)暮らさむ [筑前守(つくしのみちのくちのかみ)山上大夫(やまのうへのまへつきみ)]
(訳)春が来るとまっ先に咲く庭前の梅の花、この花を、ただひとり見ながら長い春の一日を暮らすことであろうか。
■山上大夫:筑前国守山上憶良 万葉集には多数の歌が収録されている。貧窮問答歌等庶民的歌風。大宰府で望郷の意を込め都に戻りたいと上司である大伴旅人に「敢えて私懐を布(の)ぶる歌」、「天離(あまざか)る鄙(ひな)に五年(いつとせ)住まひつつみやこのてぶり忘らえにけり」(巻五 八八〇)ならびに「奈良の都に召上(めさ)げたまはね」(同八八二)は、現在のサラリーマン社会にも通じる心境である。
◆余能奈可波 古飛斯宜志恵夜 加久之阿良婆 烏梅能波奈尓母 奈良麻之勿能怨
[豊後守大伴大夫]
(大伴大夫 巻八 八一九)
≪書き下し≫世の中は恋繁しゑやかくしあらば梅の花にもならましものを [豊後守(とよくにのみちのしりのかみ)大伴大夫(おほとものまへつきみ)]
(訳)おっしゃるとおり、人の世は恋心が尽きず辛いものです。こんなことなら、いっそ梅の花にでもなりたいものです。
■大伴大夫:大伴宿祢三依? 大伴大夫としてはこの一首のみが万葉集に収録されているが、大伴宿祢三依であるとすれば、さらに四首が収録されていることになる。
◆烏梅能波奈 伊麻佐可利奈理 意母布度知 加射之尓斯弖奈 伊麻佐可利奈理 [筑後守葛井大夫]
(葛井大夫 巻八 八二〇)
≪書き下し≫梅の花今盛りなりと思ふどちかざしにしてな今盛りなり [筑後守(つくしのみちのしりのかみ)葛井大夫(ふぢゐのまへつきみ)]
(訳)梅の花は今がまっ盛りだ。気心知れた皆の者の髪飾りにしよう。梅の花は今がまっ盛りだ。
■葛井大夫:葛井連大成(ふぢゐのむらじおほなり)万葉集には三首(巻八 八二〇・巻四五七六・巻六 一〇〇三)収録されている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
梅雨なか、雨をさけるように橿原市と明日香村の万葉歌碑を巡って来た。県立万葉文化館ならびに犬養万葉記念館にも行ってきたのである。
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