万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

山上憶良は、大宰府の地で上司である大伴旅人に、「天離(あまざか)る鄙(ひな)に五年(いつとせ)住まひつつみやこのてぶり忘らえにけり」(巻五 八八〇)ならびに「奈良の都に召上(めさ)げたまはね」(同八八二)と都に戻りたいと訴えたのは、現在のサラリーマン社会にも通じる心境である。(万葉歌碑を訪ねて―その124の2―)

大宰府の地で都に戻りたいと上司である大伴旅人に「敢えて私懐を布(の)ぶる歌」として、「天離(あまざか)る鄙(ひな)に五年(いつとせ)住まひつつみやこのてぶり忘らえにけり」(巻五 八八〇)ならびに「奈良の都に召上(めさ)げたまはね」(同八八二)訴えたのは、現在のサラリーマン社会にも通じる心境である。

 

●サンドイッチは、カンパーニュを使った。中味はサンチュとトマトである。デザートは、りんごの縦切りをメインに、トンプソンとクリムゾン シードレスで加飾した。

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6月30日のザ・モーニングセット

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6月30日のフルーツフルデザート

●万葉歌碑を訪ねて―その124の2―

 「梅花宴」の歌を順次みていく。「八一五~八二〇歌」

 

◆武都紀多知  波流能吉多良婆  可久斯許曽  烏梅乎乎岐都ゝ  多努之岐乎倍米

[大貮紀卿]

 

≪書き下し≫正月(むつき)立ち春の来(き)たらばかくしこそ梅を招きつつ楽(たの)しき終(を)へめ  [大弐(だいに)紀卿(きのまへつきみ)] 

               (紀卿 巻八 八一五)

 

(訳)正月になり春がやってきたなら、毎年このように梅の花を迎えて、楽しみの限りを尽くそう。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)大弐(だいに):律令制で、大宰府の次官(すけ)のうち、最上位のもの。権帥(ごんのそち)を欠くときに実務を執った(コトバンク デジタル大辞泉より)

 

■紀卿:万葉集にはこの一首のみ収録されている。未詳。紀朝臣男子か。

 

 

◆烏梅能波奈  伊麻佐家留期等  知利須義受  和我覇能曽能尓  阿利己世奴加毛 [少貳小野大夫]

                 (小野老 巻八 八一六)

 

≪書き下し≫梅の花今咲けるごと散ろ過ぎず我(わ)が家(へ)の園(その)にありこせぬかも  [少弐(せうに)小野大夫(をののまへつきみ)]

 

(訳)梅の花よ、今咲いているように散りすぎることなく、この我らの園にずっと咲き続けてほしい。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)少弐(せうに):律令制で、大宰府(だざいふ)の次官(すけ)のうち、下位のもの。大弐の下で庶務をつかさどった。のちに世襲となり、氏の名となった。すないすけ。(コトバンク デジタル大辞泉より)

(注)ありこせぬかも:あってくれないかな

 

■小野大夫:小野老朝臣(をののおゆあそみ)。万葉集には三首(巻三 三二八・巻六 九五八)収録されている。「あをによし奈良の都は咲く花のにほうがごとく今盛りなり(三二八歌)は、有名。三二八~三三七歌は同じ宴席の歌。小野老の歌に触発され三二九~三三五歌は奈良の都の望郷歌である。

 

 

◆烏梅能波奈  佐吉多流僧能々  阿遠也疑波  可豆良尓須倍久  奈利尓家良受夜  [少貳粟田大夫]

              (粟田大夫 巻八 八一七)

              

≪書き下し≫梅の花咲きたる園の青柳はかづらにすべくなりにけらずや  [少弐粟田大夫(あはたのまへつきみ)]

 

(訳)梅の花の咲き匂うこの園の青柳は美しく芽ぶいて、梅のみならずこれも縵(かずら)にできるほどになったではないか。

(注)かづら:髪飾り。つる草や、やなぎ・ゆり・稲穂などを髪に巻きつけて飾りと

したもの。元来は植物の生命力を我が身に移そうとするまじないで行われた。

         (weblio古語辞典 学研全訳古語辞典より)

 

■粟田大夫:万葉集にはこの一首のみ収録されている。

 

 

◆波流佐礼婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都々夜 波流比久良佐武  [筑前守山上大夫]

                (山上大夫 巻八 八一八)

 

≪書き下し≫春さればまづ咲くやどの梅の花ひとり見つつや春日(はるひ)暮らさむ [筑前守(つくしのみちのくちのかみ)山上大夫(やまのうへのまへつきみ)]

 

(訳)春が来るとまっ先に咲く庭前の梅の花、この花を、ただひとり見ながら長い春の一日を暮らすことであろうか。

 

■山上大夫:筑前国山上憶良 万葉集には多数の歌が収録されている。貧窮問答歌等庶民的歌風。大宰府で望郷の意を込め都に戻りたいと上司である大伴旅人に「敢えて私懐を布(の)ぶる歌」、「天離(あまざか)る鄙(ひな)に五年(いつとせ)住まひつつみやこのてぶり忘らえにけり」(巻五 八八〇)ならびに「奈良の都に召上(めさ)げたまはね」(同八八二)は、現在のサラリーマン社会にも通じる心境である。

 

 

◆余能奈可波 古飛斯宜志恵夜 加久之阿良婆 烏梅能波奈尓母 奈良麻之勿能怨

[豊後守大伴大夫]

            (大伴大夫 巻八 八一九)

 

≪書き下し≫世の中は恋繁しゑやかくしあらば梅の花にもならましものを  [豊後守(とよくにのみちのしりのかみ)大伴大夫(おほとものまへつきみ)]

 

(訳)おっしゃるとおり、人の世は恋心が尽きず辛いものです。こんなことなら、いっそ梅の花にでもなりたいものです。

 

■大伴大夫:大伴宿祢三依? 大伴大夫としてはこの一首のみが万葉集に収録されているが、大伴宿祢三依であるとすれば、さらに四首が収録されていることになる。

 

 

◆烏梅能波奈  伊麻佐可利奈理  意母布度知  加射之尓斯弖奈  伊麻佐可利奈理  [筑後守葛井大夫]

              (葛井大夫 巻八 八二〇)

 

≪書き下し≫梅の花今盛りなりと思ふどちかざしにしてな今盛りなり [筑後守(つくしのみちのしりのかみ)葛井大夫(ふぢゐのまへつきみ)]

 

(訳)梅の花は今がまっ盛りだ。気心知れた皆の者の髪飾りにしよう。梅の花は今がまっ盛りだ。

 

■葛井大夫:葛井連大成(ふぢゐのむらじおほなり)万葉集には三首(巻八 八二〇・巻四五七六・巻六 一〇〇三)収録されている。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「太陽 特集万葉集」 (平凡社

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

 梅雨なか、雨をさけるように橿原市と明日香村の万葉歌碑を巡って来た。県立万葉文化館ならびに犬養万葉記念館にも行ってきたのである。

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県立万葉文化館

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犬養万葉記念館

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「万葉は青春のいのち」の碑(犬養万葉記念館前)