万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1237)―加古川市稲美町 中央公園万葉の森(35)―万葉集 巻七 一三四九

●歌は、「かくしてやなほや老いなむみ雪降る大荒木野の小竹にあらなくに」である。

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加古川市稲美町 中央公園万葉の森(35)万葉陶板歌碑(作者未詳)



●万葉陶板歌碑は、加古川市稲美町 中央公園万葉の森(35)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆如是為而也 尚哉将老 三雪零 大荒木野乃 小竹尓不有九二

       (作者未詳 巻七 一三四九)

 

≪書き下し≫かくしてやなほや老(お)いなむみ雪降る大荒木野(おほあらきの)の小竹(しの)にあらなくに

 

(訳)こうしてまあ、私もだんだんと年を取っていくのだろうか。雪の降り積もる大荒木野の篠竹(しのだけ)ではないつもりだったのに。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)大荒木野:奈良県五條市荒木神社付近の野か。

(注)しの【篠】名詞;篠竹。群らがって生える細い竹。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 ここでの「小竹(しの)」は、誰にも刈り取られることなく、枯れ朽ちて行く大荒木野の「篠竹」であり、これに喩えて、良い男に巡り合うことなく年老いてゆく女の嘆きを詠っている。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その516)」で紹介している。

 ➡ 

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 五條市荒木神社には、この歌の類歌と思われる二八三九歌の歌碑がある。こちらもみてみよう。

 

◆如是為哉 猶八成牛鳴 大荒木之 浮田之社之 標尓不有尓

      (作者未詳 巻十一 二八三九)

 

≪書き下し≫かくしてやなほやまもらむ大荒木(おほあらき)の浮田(うきた)の社(もり)の標(しめ)にあらなくに

 

(訳)このまま、やっぱりあの子をずっと見守るだけでいなければならないのであろうか。私は何も、大荒木の浮田の社(やしろ)の標縄ではないはずなのに。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)まもる【守る】他動詞:①目を放さず見続ける。見つめる。見守る。②見張る。警戒する。気をつける。守る。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)自分の女に他の男が手出しをしないように監視すること。女の親からの許しがでないのであろう。

(注)大荒木の浮田の社:奈良県五條市荒木神社か。

(注)しめ【標・注連】名詞:①神や人の領有区域であることを示して、立ち入りを禁ずる標識。また、道しるべの標識。縄を張ったり、木を立てたり、草を結んだりする。②「標縄(しめなは)」の略。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その444)」で紹介している。

 ➡ こちら444

 

 第二句の「猶八成牛鳴」(西本願寺本萬葉集)は、「なほやなりなむ」と読み、意味は「やはり老いてゆくのか」となるが、紀州本では「猶八戍牛鳴」となっている。この場合は、「なほやもりなむ」と読み「やっぱりあの子を見守るだけでいなければならないのであろうか」という意味になる。伊藤博氏は後者に立っておられる。

(注)じゅ【戍】[漢字項目]:[音]ジュ(慣) [訓]まもる 国境を守る。「戍卒/衛戍・征戍」

[補説]「戌じゅつ・いぬ」「戊ぼ・つちのえ」は別字。(コトバンク デジタル大辞泉

 

さらに厄介なのは「牛鳴」の読やみかたである。

擬声語を用いた「戯書」で、「牛鳴」は推量の助動詞の「む」と詠むのである。牛は「む」と鳴くからといわれている。

 

 一三四九歌に詠われている「小竹(しの)」を詠んだ歌をみていこう。

 

題詞は、「軽皇子宿干安騎野時柿本朝臣人麿作歌」<軽皇子、安騎(あき)の野に宿ります時に、柿本朝臣人麿が作る歌>である。

 

◆八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 神長柄 神佐備世須等 太敷為 京乎置而 隠口乃 泊瀬山者 真木立 荒山道乎 石根 禁樹押靡 坂鳥乃 朝越座而 玉限 夕去来者 三雪落 阿騎乃大野尓 旗須為寸 四能乎押靡 草枕 多日夜取世須 古昔念而

       (柿本人麻呂 巻一 四十五)

 

≪書き下し≫やすみしし 我(わ)が大君 高照らす 日の御子(みこ) 神ながら 神さびせすと 太(ふと)敷(し)かす 都を置きて こもくりの 泊瀬(はつせ)の山は 真木(まき)立つ 荒山道(あらやまみち)を 岩が根 禁樹(さへき)押しなべ 坂鳥(さかとり)の 朝越えまして 玉かぎる 夕(ゆふ)さりくれば み雪降る 安騎(あき)の大野(おほの)に 旗(はた)すすき 小竹(しの)を押しなべ 草枕 旅宿(たびやど)りせす いにしへ思ひて

 

(訳)あまねく天の下を支配せられるわれらが大君、天上高く照らしたまう日の神の皇子(みこ)は、神であられるままに神々しく振る舞われるとて、揺るぎなく治められている都さえもあとにして、隠り処(こもりく)の泊瀬の山は真木の茂り立つ荒々しい山道なのに、その山道を岩や遮(さえぎ)る木々を押し伏せて、朝方、坂鳥のように軽々とお越えになり、光かすかな夕方がやってくると、み雪降りしきる安騎の荒野(あらの)で、旗のように靡くすすきや小竹(しん)を押し伏せて、草を枕に旅寝をなさる。過ぎしいにしえのことを偲んで。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)やすみしし【八隅知し・安見知し】分類枕詞:国の隅々までお治めになっている意で、「わが大君」「わご大君」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たかてらす【高照らす】分類枕詞:空高く照るの意で、「日」にかかる。(学研)

(注)ふとしく【太敷く】他動詞:居を定めてりっぱに統治する。(宮殿を)りっぱに造営する。(柱を)しっかり立てる。(学研)

(注)こもりくの【隠り口の】分類枕詞:大和の国の初瀬(はつせ)の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから、地名の「初(=泊)瀬」にかかる。(学研)

(注)さへき【禁樹】名詞:通行の妨げになる木。(学研)

(注)さかどりの【坂鳥の】分類枕詞:朝早く、山坂を飛び越える鳥のようにということから「朝越ゆ」にかかる。(学研)

(注)たまかぎる【玉かぎる】分類枕詞:玉が淡い光を放つところから、「ほのか」「夕」「日」「はろか」などにかかる。また、「磐垣淵(いはかきふち)」にかかるが、かかり方未詳。(学研)

(注)はたすすき【旗薄】名詞:長く伸びた穂が風に吹かれて旗のようになびいているすすき。(学研)

(注)いにしへ:亡き父草壁皇子の阿騎野遊猟のこと。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その370)」で紹介している。

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◆妹等所 我通路 細竹為酢寸 我通 靡細竹原

      (作者未詳 巻㈦ 一一二一)

 

≪書き下し≫妹(いも)らがり我(わ)が通(かよ)ひ道(ぢ)の小竹(しの)すすき我(わ)れし通(かよ)はば靡(なび)け小竹原(しのはら)

 

(訳)あの子のもとへ私がいつも通う道に生い茂っている篠竹(しのだけ)や薄(すすき)よ。私が通う時には地面に伏して靡け、篠原よ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)-がり【許】接尾語:〔人を表す名詞・代名詞に付いて〕…のもとに。…の所へ。(学研)

 

 

◆池邊 小槻下 細竹苅嫌 其谷 公形見尓 監乍将偲

     (作者未詳 巻七 一二七六)

 

≪書き下し≫池の辺(へ)の小槻(をつき)の下(した)の小竹(しの)な刈りそね それをだに君が形見(かたみ)に見つつ偲(しの)はむ

 

(訳)池のほとりの槻の木の下の篠(しの)を刈り取らないでおくれ。せめてそれだけでも、あの方を偲ぶよすがとして眺めていたいから。(同上)

(注)小槻の下の小竹:欅の下。思い出の共寝の場所。

 

 

◆淡海之哉 八橋乃小竹乎 不造笶而 信有得哉 戀敷鬼呼

     (作者未詳 巻七 一三五〇)

 

≪書き下し≫近江(あふみ)のや八橋(やばせ)の小竹(しの)を矢はがずてまことありえむや恋(こひ)しきものを

 

(訳)近江の八橋の篠(しの)、そいつを、まさか矢に作らないでいられるものか。こんなに心引かれてならないのに。(同上)

(注)上三句は思う女を物にできないことの譬え。

(注)八橋:草津市矢橋町

(注)はぐ【矧ぐ】他動詞:竹に鳥の羽ややじりをつけて矢を作る。(学研)

(注)ずて 分類連語:…ないで。…なくて。 ※主に上代に用いられ、中古以降は歌の中で用いられた。 ⇒なりたち 打消の助動詞「ず」の連用形+接続助詞「て」(学研)

 

 

◆打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鸎之音

      (作者未詳 巻十 一八三〇)

 

≪書き下し≫うち靡(なび)く春さり来(く)れば小竹(しの)の末(うれ)に尾羽(をは)打ち触(ふ)れてうぐひす鳴くも

 

(訳)草木の靡く春がやって来たので、篠(しの)の梢に尾羽(おばね)を打ち触れて、鶯がしきりにさえずっている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)うちなびく【打ち靡く】分類枕詞:なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、「春」にかかる。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1043)」で紹介している。

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◆秋柏 潤和川邊 細竹目 人不顏面 公无勝

                  (作者未詳 巻十一 二四七八)

 

≪書き下し≫秋柏(あきかしは)潤和川(うるはかは)辺(へ)の小竹(しの)の芽(め)の人には忍(しの)び君に堪(あ)へなくに

 

(訳)潤和川のほとりの小竹(しの)の芽ではないが、他の人の目なら忍び隠すことができても、あの方の前では、とても溢(あふ)れる心を抑えることはできない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)秋柏:潤和川(所在未詳)の枕詞。

(注)上三句は序。「忍び」を起こす。

 

 

◆朝柏 閏八河邊之 小竹之眼笶 思而宿者 夢所見来

    (作者未詳 巻十一 二七五四)

 

≪書き下し≫朝柏(あさかしは)潤八川(うるはちかわ)辺(へ)の小竹(しの)の芽(め)の偲(しの)ひて寝(ぬ)れば夢(いめ)に見えけり

 

(訳)潤八川の川辺の小竹(しの)の芽ではないが、あの人を偲んで寝たところ、その姿が夢に見えた。(同上)

(注)上三句は序。「偲ふ」を起こす。

 

 二四七八、二七五四歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1183)」で紹介している。

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小竹之上尓 来居而鳴鳥 目乎安見 人妻姤尓 吾戀二来

      (作者未詳 巻十二 三〇九三)

 

≪書き下し≫小竹(しの)の上(うえ)に来(き)居(ゐ)て鳴く鳥(とり)目を安み人妻ゆゑに我(あ)れ恋ひにけり

 

(訳)小竹の葉末にやって来て鳴く鳥、その鳥が網の目の心配もなく心安らかなように、見た目にあまりにも感じがよいので、あの人が人妻だというのに、私はすっかり恋い焦がれてしまった。(同上)

(注)上二句は序。「目を安み」を起こす。

 

 

百小竹之 三野王 金厩 立而飼駒 角厩 立而飼駒 草社者 取而飼曰戸 水社者 挹而飼曰戸 何然 大分青馬之 鳴立鶴

      (作者未詳 巻十三 三三二七)

 

≪書き下し≫百小竹(ももしの)の 三野(みの)の王(おほきみ) 西の馬屋(うまや)に 立てて飼ふ駒(こま) 東(ひむがし)の馬屋に 立てて飼ふ駒 草こそば 取りて飼ふと言へ 水こそば 汲(く)みて飼ふと言へ 何しかも 葦毛(あしげ)の馬の いばえ立てつる

 

(訳)栄えいました三野王、我が王(おおきみ)が、西の馬屋、そこに立てて飼う駒、東の馬屋、そこに立てて飼う駒、草はどっさり取って食わせてあるのに、水はどっさり汲んで飲ませてあるのに、何でまあ、この葦毛の馬が、こんなにも鳴き立てるのか。(同上)

(注)ももしのの【百小竹の】の解説:[枕]多くの小竹 (しの) のはえている野の意で、「三野 (みの) 」にかかる。(goo辞書)

(注)三野王:未詳

(注)立てて飼う:馬を大切に囲って飼う意。

(注)あしげ【葦毛】名詞:馬の毛色の一つ。白毛に青・黒・濃褐色などの毛がまじったもの。(学研)

(注)いばゆ【嘶ゆ】自動詞:いななく。(学研)

 

 「しの」には、「小竹」、「細竹」の文字が充てられているように、茎が細く群がって生える小型のタケ類の総称である。メダケ、ヤダケ、ネザサと考えられている。一三五〇歌の「しの」はヤダケであろう。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「goo辞書」