万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2445)―

ゆずりは

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(弓削皇子) 20230926撮影

●歌碑は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 鳴嚌遊久

        (弓削皇子 巻二 一一一)

 

≪書き下し≫いにしへに恋ふらむ鳥かも弓絃葉(ゆずるは)の御井(みゐ)の上(うへ)より鳴き渡り行く

 

(訳)古(いにしえ)に恋い焦がれる鳥なのでありましょうか、鳥が弓絃葉の御井(みい)の上を鳴きながら大和の方へ飛び渡って行きます。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)こふ【恋ふ】他動詞:心が引かれる。慕い思う。なつかしく思う。(異性を)恋い慕う。恋する。 ⇒注意 「恋ふ」対象は人だけでなく、物や場所・時の場合もある。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)弓絃葉の御井:吉野離宮の清泉の通称か。(伊藤脚注)

(注の注)弓絃葉御井(読み)ゆづるはのみい:「万葉集」巻二に「幸于吉野宮時、弓削皇子贈与額田王歌一首」として詠まれる。「御井」と敬称をつけてよぶので、題詞と考え合わせて、吉野宮の井戸と考えられる。ユズリハ(交譲木)の木のそばにあった井戸の名か。(コトバンク 平凡社「日本歴史地名大系」)

 

 

 題詞は、「幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首」<吉野の宮に幸(いでま)す時に、弓削皇子(ゆげのみこ)の額田王(ぬかたのおほきみ)に贈与(おく)る歌一首>である。

(注)吉野の宮に幸(いでま)す時藤原遷都(持統八年 694年)以前の行幸らしい。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その110)」で額田王の一一二歌と共に紹介している。

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 この歌の歴史的背景等については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その200改)」で紹介している。

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 一一一歌では、「弓絃葉の御井」が詠われているが、御井や井戸に関わる歌や歌碑をいくつかみてみよう。

 

■五二歌■

 巻一 五二歌の題詞は「藤原の宮の御井の歌」である。

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1788)」で紹介している。

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■八一歌■

題詞は、「和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢神宮時山邊御井作歌」<和銅五年壬子(みづのえね)の夏の四月に、長田王(ながたのおほきみ)を伊勢の斎宮(いつきのみや)に遣(つか)はす時に、山辺(やまのへ)の御井(みゐ)にして作る歌>である。

(注)和銅五年:712年

(注)山辺御井:所在不明。名井で聞こえた。(伊藤脚注)

 

◆山邊乃 御井乎見我弖利 神風乃 伊勢處女等 相見鶴鴨

        (長田王 巻一 八一)

 

≪書き下し≫山辺(やまのへ)の御井(みゐ)を見がてり神風(かむかぜ)の伊勢娘子(いせをとめ)ども相見(あひみ)つるかも

 

(訳)山辺御井(みい)、この御井を見に来て、はからずも、神風吹く伊勢のおよめたちに出逢うことができた。(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)かむかぜの【神風の】:枕詞。地名「伊勢」にかかる。「かみかぜの」とも。

 

 

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その48改)」で、奈良市都祁友田町 都祁分水神社の歌碑と共に、同「同(その422)」で三重県鈴鹿市山辺町 山辺御井の碑と共に紹介している。

 

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 一一二七、一一二八歌の標題は「詠」<を詠む>である。

■一一二七歌■

◆隕田寸津 走井水之 清有者 癈者吾者 去不勝可聞

       (作者未詳 巻七 一一二七)

 

≪書き下し≫落ちたぎつ走井水(はしりゐみづ)の清くあれば置きては我(わ)れは行きかてぬかも

 

(訳)激しく流れ落ちる走井の水があまりにも清らかなので、見捨てては、私は、立ち去りにくい(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)はしりゐ【走り井】名詞:水が勢いよくわき出る泉。(学研)

(注の注)枕草子に「はしりゐは逢坂(あふさか)なるがをかしきなり」([訳] 勢いよくわき出る泉は逢坂の関にあるのが趣がある。) ⇒参考:「逢坂(あふさか)の関」の西にわく走り井が有名で、古来名水とされ、物語・歌にもしばしば登場する。(学研)

 

 

■一一二八歌■

◆安志妣成 榮之君之 穿之之 石井之水者 雖飲不飽鴨

       (作者未詳 巻七 一一二八)

 

≪書き下し≫馬酔木(あしび)なす栄えし君が掘(ほ)りしの石井(いしゐ)の水は飲めど飽(あ)かぬかも

 

(訳)馬酔木の花のように栄えた君が掘られた井戸、石で囲ったその井戸の水は、飲んでも飲んでも飲み飽きることがない。

 

(注)あしびなす 【馬酔木なす】分類枕詞:あしびの花が咲き栄えているようにの意から「栄ゆ」にかかる。(学研)

(注)いしゐ 【石井】名詞:岩の間から湧(わ)く清水。また、石で囲った井戸。[反対語] 板井(いたゐ)。(学研)

 

 

■一七四五歌■

題詞は、「那賀郡曝歌一首」<那賀(なか)の郡(こほり)の曝(さらしゐ)の歌一首>である。

(注)那賀郡:茨城県水戸市の北方

 

◆三栗乃 中尓向有 曝井之 不絶将通 従所尓妻毛我

       (高橋虫麻呂 巻九 一七四五)

 

≪書き下し≫三栗(みつぐり)の那賀(なか)に向へる曝井(さらしゐ)の絶えず通(かよ)はむそこに妻もが

 

(訳)那賀の村のすぐ向かいにある曝井の水、その水が絶え間なく湧くように、ひっきりなしに通いたい。そこに妻がいてくれたらよいのに。(同上)

(注)みつぐりの【三栗の】分類枕詞:栗のいがの中の三つの実のまん中の意から「中(なか)」や、地名「那賀(なか)」にかかる。(学研)

(注)上三句は序。「絶えず」を起こす。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1172)」で紹介している。

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■一八〇八歌■

◆勝壮鹿之 真間之見者 立平之 水挹家武 手兒名之所念

       (高橋虫麻呂 巻九 一八〇八)

 

≪書き下し≫勝鹿(かつしか)の真間(まま)の井(ゐ)見れば立ち平(なら)し水汲(く)ましけむ手児名(てごな)し思(おも)ほゆ

 

(訳)勝鹿の真間の井を見ると、毎日何度もやって来ては、ここで水を汲んでおられたという手児名が偲(しの)ばれてならない。(同上)

(注)立ち平し:地面が平らになるほど何度も来て立って。(伊藤脚注)

(注)手児名:女への愛称。「手児」は手に抱く子が原義だが、ここはいとしい娘子の意。「名」は愛称の接尾語。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2308)」で長歌(一八〇七)とともに紹介している。

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■三二三五歌■

◆山邊乃 五十師乃御井者 自然 成錦乎 張流山可母

       (巻十三 三二三五)

 

≪書き下し≫山辺(やまのへ)の五十師(いし)の御井(みゐ)はおのづから成れる錦(にしき)を張れる山かも

 

(訳)山辺の五十師の御井、この御井こそは、まさしくひとりでに織り成された錦を張り巡らした山なのだ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)「山辺の五十師の御井」は、八一歌の御井と同じ。(伊藤脚注)

 

 

■四一四三歌■

◆物部乃 八十▼嬬等之 挹乱 寺井之於乃 堅香子之花

       (大伴家持 巻十九 四一四三)

     ※▼は「女偏に感」⇒「▼嬬」で「をとめ」

 

≪書き下し≫もののふの八十(やそ)娘子(をとめ)らが汲(う)み乱(まが)ふ寺井(てらゐ)の上の堅香子(かたかご)の花

 

(訳)たくさんの娘子(おとめ)たちが、さざめき入り乱れて水を汲む寺井、その寺井のほとりに群がり咲く堅香子(かたかご)の花よ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)もののふの【武士の】分類枕詞:「もののふ」の「氏(うぢ)」の数が多いところから「八十(やそ)」「五十(い)」にかかり、それと同音を含む「矢」「岩(石)瀬」などにかかる。また、「氏(うぢ)」「宇治(うぢ)」にもかかる。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その823)」で「寺井の跡」の歌碑と共に紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」