万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2147)―三重県―

 大和(奈良県)を中心に万葉故地は全国6つの地域に分布している。

 「大和(奈良県)」に続き現在は、「中央の大和に最も近い周辺諸国を含む地域」をみていっている。

 本稿では、これまで見て来た、和歌山県大阪府京都府にひきつづき三重県をみていこう。

 

三重県多気明和町斎宮 斎王の森万葉歌碑(巻二 一〇五)■

三重県多気明和町斎宮 斎王の森万葉歌碑(大伯皇女) 20200214撮影

●歌をみていこう。

 

◆吾勢祜乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之

      (大伯皇女 巻二 一〇五)

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)を大和(やまと)へ遣(や)るとさ夜更けて暁(あかつき)露に我(わ)が立ち濡れし

 

(訳)わが弟を大和へ送り帰さねばならぬと、夜も更けて朝方近くまで立ちつくし、暁の露に私はしとどに濡れた。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌の背景について、中西 進氏は、その著「古代史で楽しむ万葉集」(角川ソフィア文庫)のなかで、「・・・書紀は十月二日に突如として謀反発覚、大津ら三十余人の逮捕を記し、翌三日には死を賜っている。この迅速さ、謀反の内容のまったく知られてないこと、そしてこれが天武死後二十日あまりのことであることをもって、皇后がわの陰謀だったことは疑いない。逮捕者のリストはとっくにでき上っていたのである。・・・わが子草壁への愛の妄執のゆえであった。・・・万葉集はこの時のこととして大津の伊勢下向を語っている。・・・伊勢には斎宮として大伯(大来)皇女がつかえていた。・・・いまや大津の唯一の肉親であった。事の重大さに驚愕し、不吉な将来を予感したのか、大伯は弟の去っていった後を見送って、いつまでも立ちつくしていた。」と書かれている。

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その428)」で紹介している。

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三重県津市白山町 聖武天皇関宮址万葉歌碑(巻六 一〇二九)■

三重県津市白山町 聖武天皇関宮址万葉歌碑(大伴家持) 20200124撮影

●歌をみていこう。

 

◆河口之 野邊尓廬而 夜乃歴者 妹之手本師 所念鴨

        (大伴家持 巻六 一〇二九)

 

≪書き下し≫河口(かはぐち)の野辺(のへ)に廬(いほ)りて夜(よ)の経(ふ)れば妹(いも)が手本(たもと)し思ほゆるかも

 

(訳)河口の野辺で仮寝をしてもう幾晩も経(た)つので、あの子の手枕、そいつがやたら思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「十二年庚辰冬十月依大宰少貮藤原朝臣廣嗣謀反發軍 幸于伊勢國之時河口行宮内舎人大伴宿祢家持作歌一首」<十二年庚辰(かのえたつ)の冬の十月に、大宰少弐(だざいのせうに)藤原朝臣廣嗣(ふぢはらのあそみひろつぐ)、謀反(みかどかたぶ)けむとして軍(いくさ)を発(おこ)すによりて、伊勢(いせ)の国に幸(いでま)す時に、河口(かはぐち)の行宮(かりみや)にして、内舎人(うどねり)大伴宿禰家持が作る歌一首>である。

(注)藤原広嗣:[生]710?[没]天平12(740).11.1. 肥前 奈良時代の廷臣。藤原式家の祖宇合の子。天平9 (737) 年従五位下,翌年大養徳 (やまと) 守,式部少輔となったが,大宰少弐に左遷された。同 12年上表して政治の得失を論じ,僧正玄 昉 (げんぼう) ,吉備真備 (きびのまきび) らの専権を非難し,政府に排除するよう直言したが入れられず,同年9月に乱を起したが敗れ,肥前松浦郡値嘉島で斬られた。 (藤原広嗣の乱 ) (コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

(補注)この藤原広嗣の乱のさなか、聖武天皇天平12年(740)10月29日、当時の都、奈良の平城宮から伊勢への行幸を強行するのである。乱は10月末に終息したが、聖武天皇の逃避行は続き、伊勢から不破を経て近江にはいり、12月15日久邇京に都を移したのである。天平15年7月から11月までは紫香楽宮行幸、翌16年今度は、難波宮行幸するのである。天平17年5月難波宮から再び平城京に都を戻したのである。この5年間の逃避行の時代を、歴史学者は「彷徨の五年」と称しているのである。

 

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聖武天皇社万葉歌碑(巻六 一〇二九)■

聖武天皇社万葉歌碑(佐々木信綱揮毫)(聖武天皇

 聖武天皇社には同歌の歌碑(旧碑?)がもう一基ある。

本殿横万葉歌碑(旧碑?)

●歌をみていこう。

 

◆妹尓戀 吾乃松原 見渡者 潮干乃滷尓 多頭鳴渡

       (聖武天皇 巻六 一〇三〇)

 

≪書き下し≫妹(いも)に恋ひ吾(あが)の松原見わたせば潮干(しほひ)の潟(かた)に鶴(たづ)鳴き渡る

 

(訳)あの子に恋い焦がれて逢える日を我(あ)が待つという吾(あが)の松原、この松原を見わたすと、潮が引いた干潟に向かって、鶴が鳴き渡っている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)いもにこひ【妹に恋ひ】( 枕詞 ):妹に恋い「我(あ)が待つ」の意から、地名「吾(あが)の松原」にかかる。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

題詞は、「天皇御製歌一首」<天皇(すめらみこと)の御製歌一首>である。

 

左注は、「右一首今案 吾松原在三重郡 相去河口行宮遠矣 若疑御在朝明行宮之時所製御歌 傳者誤之歟」<右の一首は、今案(かむが)ふるに、吾の松原は三重(みへ)の郡(こほり)にあり。河口(かはぐち)の行宮(かりみや)を相去ること遠し。けだし朝明(あさけ)の行宮に御在(いま)す時に製(つく)らす御歌なるを、伝ふる者誤(あやま)れるか。>である。

 

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三重県四日市市大宮町 志氐神社万葉歌碑(巻六 一〇三一)■

三重県四日市市大宮町 志氐神社万葉歌碑(丹比屋主真人)

●歌をみていこう。

 

◆後尓之 人乎思久 四泥能埼 木綿取之泥而 好往跡其念

        (丹比屋主真人 巻六 一〇三一)

 

≪書き下し≫後(おく)れにし人を思はく四泥(しで)の崎(さき)木綿(ゆふ)取り垂(し)でて、幸(さき)くとぞ思ふ

 

(訳)あとに残っている人を思っては、思泥の崎の名のように、木綿(ゆふ)を取り垂(し)でて、無事を神に祈っている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しづ 【垂づ】他動詞:垂らす。垂れ下げる。(学研)

 

題詞は、「丹比屋主真人歌一首」<丹比屋主真人(たぢひのやぬしのまひと)が歌一首>である。

 

左注は、「右案此歌者不有此行之作乎 所以然言 勅大夫従河口行宮還京勿令従駕焉 何有詠思泥埼作歌哉」<右は、案(かむが)ふるに、この歌はこの行(たび)の作にあらじか。 しか言ふ故(ゆゑ)は、大夫(まへつきみ)に勅(みことのり)して河口(かはぐち)行宮(かりみや)より京に還(かへ)し、従駕(おほみとも)せしむることなし。いかにしてか思泥(しで)の埼にして作る歌を詠(よ)むことあらむ。

 

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三重県名張市 近鉄名張駅前万葉歌碑(巻一 四三)■

三重県名張市 近鉄名張駅前万葉歌碑(当麻真人麻呂妻)

●歌をみていこう。

 

◆吾勢枯浪 何所行良武 己津物 隠乃山乎 今日香越等六

        (当麻真人麻呂妻 巻一 四三)

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)はいづく行くらむ沖つ藻の名張(なばり)の山を今日(けふ)か越ゆらむ

 

(訳)あの人はどのあたりを旅しておられるのであろうか。沖つ藻の隠(なば)るという名張(なばり)、あの名張の山を、今日あたり越えていることであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)おきつもの【沖つ藻の】( 枕詞 ):①沖つ藻が波に靡(なび)くさまから、「靡く」にかかる。②沖つ藻が隠れて見えないことから、「隠(なば)り」と同音の地名「名張」にかかる。  〔「おくつもの」とする説もある〕(weblio辞書 三省堂大辞林 第三版)

(注)名張の山:伊勢・大和の国境の山。(伊藤脚注)

(注)なばる【隠る】(動):かくれる。 ※ なまる 【隠る】( 動ラ四 ):かくれる。なばる。(goo辞書)

 

 題詞は、「當麻真人麻呂妻作歌」<当麻真人麻呂(たぎまのまひとまろ)が妻(め)の作る歌>である。

 

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三重県鈴鹿市山辺町 山辺御井之碑(巻一 八一)■

三重県鈴鹿市山辺町 山辺御井之碑(長田王)

●歌をみていこう。

 

◆山邊乃 御井乎見我弖利 神風乃 伊勢處女等 相見鶴鴨

        (長田王 巻一 八一)

 

≪書き下し≫山辺(やまのへ)の御井(みゐ)を見がてり神風(かむかぜ)の伊勢娘子(いせをとめ)ども相見(あひみ)つるかも

 

(訳)山辺御井(みい)、この御井を見に来て、はからずも、神風吹く伊勢のおよめたちに出逢うことができた。(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)みがてり【見がてり】分類連語:見ながら。見るついでに。 ⇒なりたち:動詞「みる」の連用形+上代の接続助詞「がてり」(学研)

(注)かむかぜの【神風の】:枕詞。地名「伊勢」にかかる。「かみかぜの」とも。(学研)

 

 題詞は、「和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢神宮時山邊御井作歌」<和銅五年壬子(みづのえね)の夏の四月に、長田王(ながたのおほきみ)を伊勢の斎宮(いつきのみや)に遣(つか)はす時に、山辺(やまのへ)の御井(みい)にして作る歌>である。

 

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三重県松阪市東黒部町 阿弥陀寺万葉歌碑(巻一 六一・巻七 一一六二)■

三重県松阪市東黒部町 阿弥陀寺万葉歌碑(舎人娘子・作者未詳) 20200214撮影

舎人娘子の歌をみていこう。

 

◆大夫之 得物矢手挿 立向 射流圓方波 見尓清潔之

       (舎人娘子 巻一 六一)

 

≪書き下し≫ますらをのさつ矢手挟(てばさ)み立ち向ひ射る円方(まとかた)は見るにさやけし

 

(訳)ますらおが、さつ矢を手挟んで、立ち向かいさかんに射貫(いぬ)く的(まと)、その名の円方(まとかた)の浜は、見るからにすがすがしい。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)「射る」まで序。「円方」を起す。従駕の人の盛況をも讃える。(伊藤脚注)

(注)さつや【猟矢】名詞:獲物を得るための矢。(学研)

(注)円方(まとかた):三重県松阪市東部。(伊藤脚注)

 

題詞は、「舎人娘子従駕作歌」<舎人娘子(とねりのをとめ)、従駕(おほみとも)にして作る歌>である。

(注)じゅうが【従駕】〘名〙 天子の行幸随行すること。また、高位高官の人の車駕に随行すること。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

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もう一首、作者未詳歌をみていこう。

 

◆圓方之 湊之渚鳥 浪立也 妻唱立而 邊近著毛

        (作者未詳 巻七 一一六二)

 

≪書き下し≫円方(まとかた)の港(みなと)の洲鳥(すどり)波立てや妻呼び立てて辺(へ)に近(ちか)づくも

 

(訳)円方(まとかた)の港の洲に群れている鳥、この鳥は、沖の方の波が高くなってきたからか、妻を呼び立てては岸に近づいてくる。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)円方(まとかた):三重県松阪市東黒部町。(伊藤脚注)

(注)すどり【州鳥】 州にいる鳥。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)や 係助詞:《接続》種々の語に付く。活用語には連用形・連体形(上代には已然形にも)に付く。文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付く。(一)文中にある場合。(受ける文末の活用語は連体形で結ぶ。)①〔疑問〕…か。②〔問いかけ〕…か。

③〔反語〕…(だろう)か、いや、…ない。(学研)ここでは①の意

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その426)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「goo辞書」

★「コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」