万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2500)―

●歌は、「なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほい思ほゆるかも」である。

茨城県石岡市小幡 ライオンズ広場万葉の森万葉歌碑(プレート)(大伴家持) 20230927撮影

●歌碑(プレート)は、茨城県石岡市小幡 ライオンズ広場万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

 四一一三から四一一五歌の題詞は、「庭中の花を見て作る歌一首 幷せて短歌」である。

 

◆奈泥之故我 花見流其等尓 乎登女良我 恵末比能尓保比 於母保由流可母

        (大伴家持 巻十八 四一一四)

 

≪書き下し≫なでしこが花見るごとに娘子(をとめ)らが笑(ゑ)まひのにほひ思ほゆるかも

 

(訳)なでしこの花を見るたびに、いとしい娘子の笑顔のあでやかさ、そのあでやかさが思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)娘子:都の妻大嬢を、憧れをこめて呼んだ語。(伊藤脚注)。

(注)ゑまひ【笑まひ】名詞:①ほほえみ。微笑。②花のつぼみがほころぶこと。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)にほひ【匂ひ】名詞:①(美しい)色あい。色つや。②(輝くような)美しさ。つややかな美しさ。③魅力。気品。④(よい)香り。におい。⑤栄華。威光。⑥(句に漂う)気分。余情。(学研)ここでは②の意

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その357)」で四一一三から四一一五歌を紹介している。

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 文字を見るだけでも微笑ましくなる「笑まふ」を調べてみる。

(注)ゑまふ【笑まふ】分類連語:①にこにこする。ほほえむ。②花のつぼみがほころびる。 ※上代語。 ⇒なりたち:動詞「ゑむ」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)

 「笑まひ」は「笑まふ」の名詞形である。

 「笑まひ」「笑まふ」を詠んだ歌をみてみよう。

 

■七一八歌■

◆不念尓 妹之咲儛乎 夢見而 心中二 燎管曽呼留

       (大伴家持 巻四 七一八)

 

≪書き下し≫思はぬに妹が笑(ゑま)ひを夢に見て心のうちに燃えつつぞ居(を)る

 

(訳)思いもかけずあなたの笑顔を夢に見て、心の中でますます恋心をたぎらせています。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)思はぬに:思いもかけず。(伊藤脚注)

(注)夢に見て:夢に姿が見えたのを相手が思っているためととりなしている。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その11改)」で紹介している。

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■一六二七歌■

題詞は、「大伴宿祢家持攀非時藤花幷芽子黄葉二物贈坂上大嬢歌二首」<大伴宿祢宿禰家持、時じき藤の花、幷(あは)せて萩の黄葉(もみじ)の二つの物を攀(よ)じて、坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)に贈る歌二首>である。

 

◆吾屋前之 非時藤之 目頰布 今毛見壮鹿 妹之咲容

        (大伴家持 巻八 一六二七)

 

≪書き下し≫我がやどの時じき藤のめづらしく今も見てしか妹(いも)が笑(ゑ)まひ

 

(訳)我が家の庭の季節はずれに咲いた藤の花、この花のように、珍しくいとしいものとして今すぐでも見たいものです。あなたの笑顔を。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ときじ【時じ】形容詞:①時節外れだ。その時ではない。②時節にかかわりない。常にある。絶え間ない。※参考上代語。「じ」は形容詞を作る接尾語で、打消の意味を持つ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ゑまひ【笑まひ】名詞:①ほほえみ。微笑。②花のつぼみがほころぶこと。(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その302)」で紹介している。

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■二六四二歌■

◆燈之 陰尓蚊蛾欲布 虚蝉之 妹蛾咲状思 面影尓所見

        (作者未詳 巻十一 二六四二)

 

≪書き下し≫燈火(ともしび)の影にかがよふうつせみの妹(いも)が笑(ゑ)まひし面影(おもかげ)に見ゆ

 

(訳)燈の火影(ほかげ)に揺れ輝いている、生き生きとしたあの子の笑顔、その顔が、ちらちら目の前に浮かんでくる。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)かがよふ【耀ふ】自動詞:きらきら光って揺れる。きらめく。(学研)

(注)うつせみ 名詞:(一)【現人・現身】①この世の人。生きている人。②この世。現世。(二)【空蟬】蟬(せみ)のぬけ殻。蟬。 ⇒語の歴史 「現(うつ)し臣(おみ)」の変化した「うつそみ」を、『万葉集』で「空蟬」「虚蟬」などと表記したところから、中古以降(二)の意味が生じた。(学研)

(注)ゑまふ【笑まふ】分類連語:①にこにこする。ほほえむ。②花のつぼみがほころびる。※上代語。 ⇒なりたち 動詞「ゑむ」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1234)」で紹介している。

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■三一三七歌■

◆遠有者 光儀者不所見 如常 妹之者 面影為而

       (作者未詳 巻十二 三一三七)

 

≪書き下し≫遠くあれば姿は見えず常(つね)のごと妹(いも)が笑(ゑ)まひは面影(おもかげ)にして

 

(訳)遠く離れているので実の姿は見えない。だけど、いつも見馴れているように、あの子の笑顔は目の前にちらついてばかりいて・・・・・・。(同上)

 

 

 

 

■四〇一一歌■

題詞は、「思放逸鷹夢見、感悦作歌一首幷短歌」<放逸(のが)れたる鷹(たか)を思ひて夢見(いめみ)、感悦(よろこ)びて作る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

 

◆・・・朝猟尓 伊保都登里多氏 暮猟尓 知登理布美多氏 於敷其等邇 由流須許等奈久 手放毛 乎知母可夜須伎 許礼乎於伎氏 麻多波安里我多之 左奈良敝流 多可波奈家牟等 情尓波 於毛比保許里弖 恵麻比都追 和多流安比太尓 多夫礼多流 之許都於吉奈乃 許等太尓母 吾尓波都氣受 等乃具母利 安米能布流日乎 等我理須等 名乃未乎能里弖・・・

 

 

≪書き下し≫・・・朝猟(あさがり)に 五百(いほ)つ鳥(とり)立て 夕猟(ゆふがり)に 千鳥(ちとり)踏(ふ)み立て 追ふ毎(ごと)に 許すことなく 手放(たばな)れも をちもかやすき これをおきて またはありかたし さ慣(な)らへる 鷹(たか)はなけむと 心には 思ひほこりて 笑(ゑ)まひつつ 渡る間(あひだ)に 狂(たぶ)れたる 醜(しこ)つ翁(おきな)の 言(こと)だにも 我には告げず との曇(ぐも)り 雨の降る日を 鷹狩(とがり)すと 名のみを告(の)りて・・・

 

(訳)・・・朝猟に五百つ鳥を追い立て、夕猟に千鳥を踏み立てて、追うたびに取り逃がすことはなく、手から放れるのも手に舞い戻るのも思いのまま、これ以外には二つとは得がたい、これほど手慣れた鷹はほかにあるまいと、心中得意になってほそく笑みながら楽しみにして過ごしていた矢先、間抜けなろくでなしの爺(じじ)いが、一言も私には断りなしに、空一面に雲がかかって雨の降る日なんぞ、他の者に鷹狩をしますとほんの形だけ告げて出かけ、・・・(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)かやすし【か易し】形容詞:①たやすい。容易だ。②軽々しい。気軽だ。 ※「か」は接頭語。(学研)

(注)またはありがたし:二つとは得難い。(伊藤脚注)

(注)たぶる【狂る】自動詞:気が狂う。(学研)

(注)とのぐもる【との曇る】自動詞:空一面に曇る。 ※「との」は接頭語。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1867)」で四〇一一から四〇一五歌を紹介している。

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■四〇八六歌■

◆安夫良火乃 比可里尓見由流 和我可豆良 佐由利能波奈能 恵麻波之伎香母

        (大伴家持 巻十八    四〇八六)

 

≪書き下し≫油火(あぶらひ)の光に見ゆる我がかづらさ百合(ゆり)の花の笑(ゑ)まはしきかも

 

(訳)油火の光の中に浮かんで見える私の花縵、この縵の百合の花の、何とまあほほ笑ましいことよ。(同上)

(注)あぶらひ【油火】名詞:灯油に灯心を浸してともすあかり。灯火。※後に「あぶらび」とも。(学研)

(注)ゑまふ【笑まふ】分類連語:①にこにこする。ほほえむ。②花のつぼみがほころびる。※上代語。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その833)」で紹介している。

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 作者未詳の二六四二、三一三七歌以外は家持の歌である。家持はこの言葉が気に入っているのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」