万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2499)―

●歌は、「紅はうつろふものぞ橡のなれにし衣になほしかめやも」である。

茨城県石岡市小幡 ライオンズ広場万葉の森万葉歌碑(プレート)(大伴家持) 20230927撮影

●歌碑(プレート)は、茨城県石岡市小幡 ライオンズ広場万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

四一〇六から四一〇九歌の題詞は、「教喩史生尾張少咋歌一首并短歌」<史生尾張少咋(ししやうをはりのをくひ)を教へ喩(さと)す歌一首幷(あは)せて短歌>である。

前文と長歌反歌三首で構成されている。

 

 

◆久礼奈為波 宇都呂布母能曽 都流波美能 奈礼尓之伎奴尓 奈保之可米夜母

       (大伴家持 巻十八 四一〇九)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)はうつろふものぞ橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ)になほしかめやも

 

(訳)見た目鮮やかでも紅は色の褪(や)せやすいもの。地味な橡(つるばみ)色の着古した着物に、やっぱりかなうはずがあるものか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)紅:紅花染。ここでは、遊女「左夫流子」の譬え。(伊藤脚注)

(注)橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ):橡染の着古した着物。妻の譬え。(伊藤脚注)。

(注の注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※ 古くは「つるはみ」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)なる【慣る・馴る】自動詞:①慣れる。②うちとける。なじむ。親しくなる。③よれよれになる。体によくなじむ。◇「萎る」とも書く。④古ぼける。(学研)ここでは③の意

(注)しかめやも【如かめやも】分類連語:及ぼうか、いや、及びはしない。 ⇒なりたち:動詞「しく」の未然形+推量の助動詞「む」の已然形+係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 ここでは、不倫相手の佐夫流子を「紅花染めの衣」に喩え、古女房のことを「橡染の着古した着物」に喩えている。

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その834)」で紹介している。

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 前文と長歌反歌三首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その123改)」で紹介している。

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 「橡(つるはみ)」を詠んだ歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その597)」で紹介している。

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「染めに用いられた植物」については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1306)」で紹介している。

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 本稿では、衣の材料を詠った歌をいくつかみてみよう。

■四一三歌:藤■

◆須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢

      (大網公人主 巻三 四一三)

 

≪書き下し≫須磨(すま)の海女(あま)の塩焼(しほや)き衣(きぬ)の藤衣(ふぢごろも)間遠(まどほ)にしあればいまだ着なれず

 

(訳)須磨の海女が塩を焼く時に着る服の藤の衣(ころも)、その衣はごわごわしていて、時々身に着るだけだから、まだいっこうにしっくりこない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)須磨:神戸市須磨区一帯。

(注)ふぢごろも【藤衣】名詞:ふじやくずなどの外皮の繊維で織った布の衣類。織り目が粗く、肌触りが硬い。貧しい者の衣服とされた。 ※「藤の衣(ころも)」とも。(学研)

(注の注)藤衣の目が粗いことから逢う感覚が遠く馴染の浅い意を譬える。

 

(注)まどほ【間遠】名詞:①間隔があいていること。②編み目や織り目があらいこと。(学研)

 

 「藤衣」という響きからくるイメージと異なり「織り目が粗く、肌触りが硬い。貧しい者の衣服とされた」とは。

四一三歌は、自分の恐らく新妻をおとしめて譬えたのであろうが、譬えられた妻の気持ちや如何。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1161)」で紹介している。

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■一一九五歌:麻■

麻衣 著者夏樫 木國之 妹背之山二 蒔吾妹

       (藤原卿 巻七 一一九五)

 

≪書き下し≫麻衣(あさごろも)着(き)ればなつかし紀伊の国(きのくに)の妹背(いもせ)の山に蒔(ま)く我妹(わぎも)

 

(訳)麻の衣を着ると懐かしくて仕方がない。紀伊の国(きのくに)の妹背(いもせ)の山で麻の種を蒔いていたあの子のことが。(同上)

(注)藤原卿:藤原不比等か。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その732)」で紹介している。

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■一二七二歌:葛■

◆劔後 鞘納野 引吾妹 真袖以 著點等鴨 夏草苅母

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一二七二)

 

≪書き下し≫大刀の後(しり)鞘(さや)に入野(いりの)に葛(くず)引く我妹(わぎも)真袖(まそで)に着せてむとかも夏草刈るも

 

(訳)大刀の鋒先(きっさき)を鞘に納め入れる、その入野(いりの)で葛を引きたぐっている娘さんよ。この私に両袖までついた葛の着物を着せたいと思って、せっせと周りの夏草まで刈っているのかな。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)「大刀の後鞘に」が序。「入野」を起こす。(伊藤脚注)

(注)いりの【入野】〔名〕 入り込んで奥深い野。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

(注)くず【葛】名詞:「秋の七草」の一つ。つる草で、葉裏が白く、花は紅紫色。根から葛粉(くずこ)をとり、つるで器具を編み、茎の繊維で葛布(くずふ)を織る。[季語] 秋。 ⇒参考 『万葉集』ではつるが地を這(は)うようすが多く詠まれる。『古今和歌集』以後は、葛が風にひるがえって白い葉裏を見せる「裏見(うらみ)」を「恨み」に掛けることが多い。(学研)

(注)まそで【真袖】:左右の袖。両袖。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1314)」で紹介している。

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■三三五〇歌:絹■

 

◆筑波祢乃 尓比具波波麻欲能 伎奴波安礼杼 伎美我美家思志 安夜尓伎保思母

   或本歌日 多良知祢能 又云 安麻多氣保思母

       (作者未詳 巻十四 三三五〇)

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)の新桑繭(にひぐはまよ)の衣(きぬ)はあれど君が御衣(みけし)しあやに着(き)欲(ほ)しも

   或本の歌には「たらちねの」といふ。また「あまた着(き)欲しも」といふ。

 

(訳)筑波嶺一帯の、新桑で飼った繭の着物はあり、それはそれですばらしいけれど、やっぱり、あなたのお召がむしょうに着たい。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)新桑繭(読み)にいぐわまよ :新しい桑の葉で育った繭。今年の蚕の繭。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)みけし【御衣】名詞:お召し物。▽貴人の衣服の尊敬語。 ※「み」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あやに【奇に】副詞:むやみに。ひどく。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2454)」で紹介している。

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■三七二五歌:栲■

◆和我世故之 氣太之麻可良婆 思漏多倍乃 蘇▼乎布良左祢 見都追志努波牟

  ▼は、「人偏+弖」→「蘇▼」=そで

       (狭野弟上娘子 巻十五 三七二五)

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)しけだし罷(まか)らば白栲(しろたへ)の袖(そで)を振らさね見つつ偲(しの)はむ

 

(訳)いとしいあなた、あなたが万が一、遠い国に下って行かれるなら、その時は、まっ白な衣の袖を私に振って下さいね。せめてそれを見てお偲びしたいと思います。(同上)

(注)けだし【蓋し】副詞:①〔下に疑問の語を伴って〕ひょっとすると。あるいは。②〔下に仮定の表現を伴って〕もしかして。万一。③おおかた。多分。大体。(学研)ここでは②の意

(注)まかる【罷る】自動詞:①退出する。おいとまする。▽高貴な人のもとから。②出向く。下向する。▽高貴な場所や都から地方へ行く。③参上する。参る。▽「行く」の謙譲語。④行きます。参ります。▽「行く」の丁寧語。⑤〔他の動詞の上に連用形が付いて〕…ます。…いたします。▽謙譲・丁寧の意。(学研)ここでは②の意

(注)しろたへ【白栲・白妙】名詞:①こうぞ類の樹皮からとった繊維(=栲)で織った、白い布。また、それで作った衣服。②白いこと。白い色。(学研)

(注の注)しろたへの【白栲の・白妙の】分類枕詞:①白栲(しろたえ)で衣服を作ることから、衣服に関する語「衣(ころも)」「袖(そで)」「袂(たもと)」「帯」「紐(ひも)」「たすき」などにかかる。②白栲は白いことから、「月」「雲」「雪」「波」など、白いものを表す語にかかる。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1640)」で白妙を詠った歌とともに紹介している。

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■三八八四歌:皮■

◆伊夜彦 神乃布本 今日良毛加 鹿乃伏良武 皮服著而 角附奈我良

 

≪書き下し≫弥彦(いやひこ) 神(かみ)の麓(ふもと)に 今日(けふ)らもか 鹿(しか)の伏(ふ)すらむ 裘(かはころも)着て 角(つの)つきながら

 

(訳)弥彦の山、あの神山の麓、その麓では、今日あたりもまた、鹿が畏まってひれ伏しているだろうか。毛皮の着物を付け、角を戴きながら。(同上)

(注)万葉唯一の仏足石歌体歌。(伊藤脚注)

(注)鹿の伏すらむ:鹿のさまを、神に仕えるために威儀正しくつくろっていると見なした。(伊藤脚注)

(注)かはごろも【皮衣・裘】名詞:獣の皮で作った衣服。主に冬の防寒用とする。「かはぎぬ」とも。(学研)

 

 

 

■一六八二歌:皮■

題詞は、「獻忍壁皇子歌一首  詠仙人形」<獻忍壁皇子(おさかべのみこ)献(たてまつ)る歌一首  詠仙人の形(かた)を詠む>である。

(注)仙人の形:仙人の姿を描いた画像。その絵に添えた歌らしい。(伊藤脚注)

 

◆常之倍尓 夏冬徃哉 裘 扇不放 山住人

       (柿本人麻呂歌集 巻九 一六八二)

 

≪書き下し≫とこしへに夏冬行けや裘(かはごろも)扇(あふき)放たぬ山に住む人

 

(訳)永久(とこしえ)に、暑い夏と冬とが一緒に並んで過ぎて行くとでもいうのか、皮衣をまとい扇を手から放そうとはしないよ。山に住むこのお方は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)夏冬行けや:夏と冬とが一緒に並んで経過するというのか。(伊藤脚注)

(注)かはごろも【皮衣・裘】名詞:獣の皮で作った衣服。主に冬の防寒用とする。「かはぎぬ」とも。(学研)

 

 「裘」については、日常的な生活における歌を歌ったものは見つからなかったが、仙人のモデル的な姿というものが何らの形であったと思われるので掲載した。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

★「weblio辞書 デジタル大辞泉