●歌は、「大君の任のまにまに・・・ほととぎす来鳴く五月のあやめぐさ蓬かづらぎ酒みづき遊び慰ぐれど・・・(大伴家持 18-4116)」である。

「ヨモギは、フキノトウと並んでいち早く春の到来を告げてくれる。その芽吹きに冬からの解放の喜びを感じ、萎えた心を癒される。河原や土手、路傍などに自生するヨモギは、繁殖力が旺盛で、生命の力を感じさせる植物である。・・・ヨモギとショウブ(菖蒲草)は、5月に所縁のある植物として、例歌に表されている。端午の節句に、ヨモギとショウブを軒にさして邪気を払い、二つを束ねて風呂に入れ、無病息災を願う風習は、古く中国から伝わったもので、わが国の文化に深く溶け込んで定着している。(後略)」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)
●歌をみていこう。
■■巻十八 四一一六~四一一八歌■■
題詞は、「國掾久米朝臣廣縄以天平廿年附朝集使入京 其事畢而天平感寶元年閏五月廿七日還到本任 仍長官之舘設詩酒宴樂飲 於時主人守大伴宿祢家持作歌一首幷短歌」<国の掾久米朝臣廣縄(じようくめのあそみひろつな)、天平(てんびやう)二十年をもちて朝集使(てふしふし)に付きて京に入る。その事畢(をは)りて、天平感宝(てんびやうかんぽう)元年の閏の五月の二十七日に、本任(ほんにん)に還(かへ)り至る。よりて長官(かみ)が館(たち)にして、詩酒の宴(うたげ)を設(ま)けて楽飲す。時に、主人(あろじ)の守(かみ)大伴宿禰家持が作る歌一首幷(あは)せて短歌>である。
(注)天平二十年:748年
(注)朝集使:日本古代の律令制のもとで,諸国から毎年上京して政務を報告した使者。当時,諸国に派遣されていた国司が使者として毎年定期に上京するものに,四度使(よどのつかい)として朝集使,計帳使(大帳使とも),貢調使,正税帳使の4種があったが,朝集使はそのうち最も重要なもので,他の3使は史生(ししよう)などの雑任(ぞうにん)でもよかったが,朝集使には守(かみ),介(すけ),掾(じよう),目(さかん)の四等官が任じた。(コトバンク 平凡社世界大百科事典 第2版)
(注)天平感宝元年:749年
■巻十八 四一一六歌■
◆於保支見能 末支能末尓ゝゝ 等里毛知氐 都可布流久尓能 年内能 許登可多祢母知多末保許能 美知尓伊天多知 伊波祢布美 也末古衣野由支 弥夜故敝尓 末為之和我世乎 安良多末乃 等之由吉我弊理 月可佐祢 美奴日佐末祢美 故敷流曽良 夜須久之安良祢波 保止ゝ支須 支奈久五月能 安夜女具佐 余母疑可豆良伎 左加美都伎 安蘇比奈具礼止 射水河 雪消溢而 逝水能 伊夜末思尓乃未 多豆我奈久 奈呉江能須氣能 根毛己呂尓 於母比牟須保礼 奈介伎都ゝ 安我末川君 我許登乎波里 可敝利末可利天 夏野能 佐由利能波奈能 花咲尓 ゝ布夫尓恵美天 阿波之多流 今日乎波自米氐 鏡奈須 可久之都祢見牟 於毛我波利世須
(大伴家持 巻十八 四一一六)
≪書き下し≫大君の 任(ま)きのまにまに 取り持ちて 仕(つか)ふる国の 年の内の 事かたね持ち 玉桙(たまほこ)の 道に出で立ち 岩根(いはね)踏み 山越え野(の)行き 都辺(みやこへ)に 参(ま)ゐし我が背を あらたまの 年行き返(がへ)り 月重ね 見ぬ日さまねみ 恋ふるそら 安くしあらねば ほととぎす 来鳴く五月(さつき)の あやめぐさ 蓬(よもぎ)かづらき 酒(さか)みづき 遊びなぐれど 射水川(いみづがは) 雪消(ゆきげ)溢(はふ)りて 行く水の いや増しにのみ 鶴(たづ)が鳴く 奈呉江(なごえ)の菅(すげ)の ねもころに 思ひ結ぼれ 嘆きつつ 我(あ)が待つ君が 事終(をは)り 帰り罷(まか)りて 夏の野(の)の さ百合(ゆり)の花の 花笑(ゑ)みに にふぶに笑みて 逢(あ)はしたる 今日(けふ)を始めて 鏡なす かくし常(つね)見む 面変(おもがは)りせず
(訳)大君の御任命のままに、政務を背負ってお仕えしている国、この国の一年(ひととせ)の出来事をとりまとめて、長い旅路に出立し、岩を踏み山を越え野を通って、都目指して上って行ったあなた、そのあなたに、年が改まり、月を重ねるまで逢わぬ日が続いて、恋しさに心が落ち着かないので、時鳥の来て鳴く五月の菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を蘰(かづら)にし、酒盛りなどして遊んでは心を慰めたけれど、射水川に雪解け水が溢(あふ)れるばかりに流れて行くその水かさのように、恋しさはいよいよつのるばかりで、鶴の頼りなく鳴く奈呉江の菅の根ではないが、心のねっこから塞(ふさ)ぎこんで、溜息(ためいき)つきながら私の待っていたそのあなたが、勤めを無事終えて都から帰って来られ、夏の野の百合の花の花笑みそのままに、にっこりほほ笑んで逢って下さったこの今日の日からというものは、鏡を見るようにこうしていつもいつもお逢いしましょう。今日のままもそのお顔で。( 「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
|
新版 万葉集 四 現代語訳付き 【電子書籍】[ 伊藤 博 ] 価格:1089円 |
![]()
(注)まく【任く】他動詞:任命する。任命して派遣する。遣わす。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)まにまに【随に】分類連語:…に任せて。…のままに。▽他の人の意志や、物事の成り行きに従っての意。(学研)
(注)取り持ちて:政務を執り行って。(伊藤脚注)
(注の注)とりもつ【取り持つ・執り持つ】他動詞①手に持つ。持つ。②執り行う。取りしきる③世話する。④仲立ちをする。とりもつ。(学研) ここでは②の意
(注)かたね:紐で縛って一括する意。(伊藤脚注)
(注の注)かたぬ【結ぬ】( 動ナ下二 ):①まとめる。たばねる。②結政(かたなし)で、文書を広げて読み上げる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版) ここでは①の意
(注)参ゐ:上二段動詞「参う」の連用形。ここは、天皇のいます都に上る意。(伊藤脚注)
(注)さまねみ:たくさん重なって。(伊藤脚注)
(注の注)さまねし 形容詞:数が多い。たび重なる。 ※「さ」は接頭語。(学研)
(注)そら:心中。(伊藤脚注)
(注の注)そら【空】名詞:①大空。空。天空。②空模様。天気。③途上。方向。場所。④気持ち。心地。▽多く打消の語を伴い、不安・空虚な心の状態を表す。 ※参考 地上の広々とした空間を表すのが原義。(学研) ここでは④の意
(注)あやめぐさ蓬かづらぎ:菖蒲や蓬を蘰にして。「蓬」は香に邪気を払う力があるとされた。(伊藤脚注)
(注の注)かづらく【鬘く】他動詞:草や花や木の枝を髪飾りにする。(学研)
(注)酒みづき:酒盛りをして。(伊藤脚注)
(注の注)さかみづく【酒水漬く】自動詞:酒にひたる。酒宴をする。(学研)
(注)遊びなぐれど:遊んで気を紛らすけれど。「なぐ」は、普通、心の静まる意。(伊藤脚注)
(注)以下三句は序。「いや増しに」を起す。(伊藤脚注)
(注の注)なぐ【和ぐ】自動詞:心が穏やかになる。なごむ。(学研)
(注)射水川以下三句は序。「いや増しに」を起す。(伊藤脚注)
(注の注)射水川:現在の小矢部川(おやべがわ)
(注)ゆきげ【雪消・雪解】名詞:①雪が消えること。雪どけ。また、その時。②雪どけ水。 ※「ゆき(雪)ぎ(消)え」の変化した語。(学研)
(注)鶴が鳴く以下二句は序。「ねもころに」を起す。(伊藤脚注)
(注)奈呉の江(読み)なごのえ:富山湾岸のほぼ中央部,射水(いみず)平野の北部に広がる。古くは越湖(こしのうみ),奈呉ノ江,奈呉ノ浦とよばれた。(コトバンク 平凡社世界大百科事典)
(注)ねもころなり【懇なり】形容動詞:手厚い。丁重だ。丁寧だ。入念だ。「ねもごろなり」とも。 ※「ねんごろなり」の古い形。(学研)
(注)思ひ結ぼれ:思いが塞いで。(伊藤脚注)
(注の注)おもひむすぼる【思ひ結ぼる】自動詞:気がめいる。ふさぎ込む。「おもひむすぼほる」とも。(学研)
(注)罷る:貴人のもとから退出する意。前の「参う」に対する。(伊藤脚注)
(注)夏の野の以下三句は「にふぶに笑む」の譬喩。(伊藤脚注)
(注の注)にふぶに 副詞:にこにこ。(学研)
(注)鏡なす:鏡を見るように。(伊藤脚注)
(注の注)かがみなす【鏡なす】分類枕詞:①貴重な鏡のように大切に思うことから、「思ふ妻」にかかる。②鏡は見るものであることから、「見る」および、同音の「み」にかかる。(学研)
(注)面変りせず:ここは、都人らしい表情が変わらない今日のままのお姿で、の意。(伊藤脚注)
■巻十八 四一一七歌■
◆許序能秋 安比見之末尓末 今日見波 於毛夜目都良之 美夜古可多比等
(大伴家持 巻十八 四一一七)
≪書き下し≫去年(こぞ)の秋相見(あひみ)しまにま今日(けふ)見れば面(おも)やめづらし都方人(みやこかたひと)
(訳)去年の秋にお目にかかったままで、今日お逢いしてみると、お顔のさまも見違えるばかりです。まったく都のお方です。(同上)
(注)面やめづらし:「や」は「いや」に同じか。(伊藤脚注)
(注の注)めづらし【珍し】形容詞:①愛すべきだ。賞美すべきだ。すばらしい。②見慣れない。今までに例がない。③新鮮だ。清新だ。目新しい。(学研)ここでは②の意
(注)都方人:全く都人そのものです。(伊藤脚注)
(注の注)みやこかたひと【都方人】名詞:都の人。都会人。また、都の近辺に住んでいる人。(学研)
■巻十八 四一一八歌■
◆可久之天母 安比見流毛乃乎 須久奈久母 年月経礼波 古非之家礼夜母
(大伴家持 巻十八 四一一八)
≪書き下し≫かくしても相見るものを少なくも年月経(ふ)れば恋(こひ)しけれやも
(訳)こうしてまたお逢いできるのでしたのに、しかし、お逢いできずに年月ばかりが経ってゆくものだから、ちっとやそっとの恋しさなんかではありませんでしたよ。(同上)
(注)かくしても:こうしてお逢いできるのでしたのに。(伊藤脚注)
(注)少なくも・・・恋しけれや:ちっとやそっと恋しいなどというものでしたでしょうか。そうでは決してない。(伊藤脚注)
(注の注)すくなくも 【少なくも】副詞:〔下に打消・反語の表現を伴って〕少しだけ(…ではない)。非常に…だ。 ※形容詞「すくなし」の連用形に係助詞「も」が付いて一語化したもの。(学研)
●当該歌の歌碑は見当たらなかった。
■兵庫県加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森万葉歌碑■

20200702撮影
■奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)■

(大伴家持 18-4116) 20210427撮影
■小矢部市蓮沼 万葉公園万葉歌碑■

■静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯万葉歌碑(プレート)■

■松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑(プレート)■

20220922撮影
■石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑■

20230704撮影
■千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)■

(大伴家持 18-4116) 20230926撮影
■国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)■

20251122撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)
★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」
★「コトバンク 平凡社世界大百科事典」
★「東京生薬協会HP」