万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その301、302)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(42、43)―

―その301―

●歌は、「山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなくに」である。

 

f:id:tom101010:20191215150038j:plain

万葉の森船岡山万葉歌碑(42)(高市皇子

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(42)である。

 

●この歌に関しては、これまでに、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて―その58―」や「同―その68―」、直近では「同―その141―」等でふれているのでそちらも参考にしていたらければと思います。ここでは、歌のみを掲載いたします。

 

◆山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴

                   (高市皇子 巻二 一五八)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなくに

 

(訳)黄色い山吹が咲き匂っている山の清水、その清水を汲みに行きたいと思うけれど、どう行ってよいのか道がわからない。(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)「山吹」に「黄」を、「山清水」に「泉」を匂わす。

 

 題詞「十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首」<十市皇女(といちのひめみこ)の薨(こう)ぜし時に、高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の作らす歌三首>とあり、そのうちの一首である。

 

 「やまぶき」は、バラ科の低木で、観賞用としても庭園等に植栽されている。桜同様、花期は短い。

 

―その302―

●歌は、「我がやどの時じき藤のめづらしく今も見てしか妹が笑まひを」である。

 

f:id:tom101010:20191215150231j:plain

万葉の森船岡山万葉歌碑(43)(大伴家持

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(43)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾屋前之 非時藤之 目頰布 今毛見壮鹿 妹之咲容乎

               (大伴家持 巻八 一六二七)

 

≪書き下し≫我がやどの時じき藤のめづらしく今も見てしか妹(いも)が笑(ゑ)まひを

 

(訳)我が家の庭の季節はずれに咲いた藤の花、この花のように、珍しくいとしいものとして今すぐでも見たいものです。あなたの笑顔を。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ときじ【時じ】形容詞:①時節外れだ。その時ではない。②時節にかかわりない。常にある。絶え間ない。※参考上代語。「じ」は形容詞を作る接尾語で、打消の意味を持つ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ゑまひ【笑まひ】名詞:①ほほえみ。微笑。②花のつぼみがほころぶこと。(同上)

 

題詞は、「大伴宿祢家持攀非時藤花幷芽子黄葉二物贈坂上大嬢歌二首」<大伴宿祢宿禰家持、時じき藤の花、幷(あは)せて萩の黄葉(もみじ)の二つの物を攀(よ)じて、坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)に贈る歌二首>である。

 

一六二八歌もみてみよう。

◆吾屋前之 芽子乃下葉者 秋風尓 未吹者 如此曽毛美照

               (大伴家持 巻八 一六二八)

 

≪書き下し≫我がやどの萩の下葉(したば)は秋風もいまだ吹かねばかくぞもみてる

 

(訳)我が家の庭の萩の下葉は、秋風もまだ吹かないのに、もうこんなに色づいています。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)もみつ【紅葉つ・黄葉つ】動詞:紅葉・黄葉する。もみじする。※「もみづ」に同じ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 左注は、「右二首天平十二年庚辰夏六月往来」<右の二首は、天平十二年庚辰(かのえたつ)夏の六月に往来す>である。

 

 藤は夏、萩は秋である。作は六月とあるが、一六二八歌が秋の黄葉を詠っているので、「秋相聞」に収録したようである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」