万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

「思ひ草」に思いを<万葉歌碑を訪ねて(その1302)>―島根県益田市 県立万葉植物園(P13)―万葉集 巻十 二二七〇

●歌は、「道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P13)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P13)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆道邊之 乎花我下之 思草 今更尓 何物可将念

       (作者未詳 巻十 二二七〇)

 

≪書き下し≫道の辺(へ)の尾花(をばな)が下(した)の思(おも)ひ草(ぐさ)今さらさらに何をか思はむ

 

(訳)道のほとりに茂る尾花の下蔭の思い草、その草のように、今さらうちしおれて何を一人思いわずらったりするものか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。下二句の譬喩。

(注)思ひ草:一年生寄生植物。ススキ、チガヤ、サトウキビなどに寄生し、その根元にひっそりと花を咲かせる。

(注)いまさら【今更】副詞:今はもう。今になって。今改めて。(学研)

(注)さらに【更に】副詞:①改めて。新たに。事新しく。今さら。②その上。重ねて。いっそう。ますます。③〔下に打消の語を伴って〕全然…(ない)。決して…(ない)。少しも…(ない)。いっこうに…(ない)。(学研)

(注の注)さらさら【更更】副詞:①ますます。改めて。②〔打消や禁止の語を伴って〕決して。(学研)

 

「思ひ草」を詠んだ歌は、万葉集ではこの1首だけである。

 

この歌に巡り逢ったのは、平成元年10月23日に、滋賀県東近江市糠塚町の万葉の森船岡山に行った時である。

同12月30日のブログ作成のため、「おもひぐさ」を調べてみた。「植物で見る万葉の世界」(國學院大學 萬葉の花の会 著)に、「1年生寄生植物のナンバンキセル(南蛮煙管)。これが集中に詠まれている『おもひぐさ』であるかどうかについては、古来意見が分かれるところであるが、チガヤ・ミョウガ・オカボ・サトウキビなどにも寄生して、その根元にひっそりと花を咲かせる。失ってしまった恋を想い、ホッと大きなため息をついているような風情は、読み人知らずのこの歌にまさにぴったりの花ではないだろうか。」と書かれている。

これを読み、ナンバンキセルの可憐なたたずまいの写真を見て、実際の花を見て見たいと思ったのである。

 

 今年の8月17日のインスタグラムに、「heijoukyusekirekishikouen」発の、「園内の中央区朝堂院南側オギの根元に、ナンバンキセルが咲いている」との投稿があった。

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 すぐにでも見に行きたいと思うが、連日の雨である。

8月19日も朝から雨である。降る時は中途半端ではない。各地で川の氾濫などのニュースが流れている。

しかし、午後に一旦雨が上がった。予報では1時間くらいしたらまた雨の予想となっている。 

今しかないと車を走らせる。20分ほどで到着。しかし、コロナ禍の影響で駐車場は閉鎖されていた。仕方なく引き返すも、あきらめきれず西大寺駅近辺の駐車場に車を留め歩くことに。入り口で確認すると、歩きでの園内散策はOKであった。

 時折、雨がぱらつく。平城宮跡資料館前を南下し朱雀門を目指す。オギやススキの根元に寄生するので丹念に根元を見ながら探し歩く。

 オギなどの根元にチョコリンと可憐に咲いているイメージを描きながら探し回る。なかなか見つからない。紅の裳裾が濡れると言えば、色っぽいが、ズボンの裾も靴もびしょ濡れである。

 漸く、朱雀門近くのオギの群生地の根元付近からからすこし遊歩道寄りに数本固まっている花やつぼみを見つける。オギの根元の林立した茎と茎のなかにチョコリンというイメージではなかった。花も思っていたよりは大きめであった。

 まさに、歌のように、「道の辺」、「尾花が下」(ここではオギであるが)のロケーション、「今さらさらに何をか思はむ」と、可憐ななかにしっかりとした自己主張する花である。まさに、これぞ「思ひ草」である。感動の初対面であった。

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雨に濡れた可憐な「思ひ草」<ナンバンキセル>20210819撮影平城旧跡朱雀門近くのオギの根元

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林立する「思ひ草」<ナンバンキセル>20210819撮影平城旧跡朱雀門近くのオギの根元

 

 ナンバンキセルは8月から10月が開花期とある。

 10月21日に平城宮跡を訪れた。ナンバンキセルがもしかしたらまだ見られるかと思って、朱雀門近くのオギの群生地を見て周った。さすがに、丹念に見逃すまいと探してみるがなかなか見つけることができない。

 根元あたりに食い入るように見て周る。

 何と、咲いていました。オギの根元から顔を出すように。よりひっそりと可憐に。感動の再会である。

 また、花も小さく、萎れたようなものも多く、残り火のような感じではあったが。

 しかし、再会した歓びは何とも言えないものである。

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やっと見つけた「思ひ草」211021撮影 平城宮跡朱雀門近く

 

 もう一度見たい、というか逢いたい気持ちに駆られる。

 10月26日にも行って見た。花の数は少なくなっていたが、まだ可憐な姿を見せてくれたのである。

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見つけました「思ひ草」 20211026撮影 平城宮跡朱雀門近くのオギ

 そして今日(12月26日)冷たい風の中平城宮跡を散策。

 枯れオギの根元に冬枯れの「思ひ草」にお目にかかることができたのである。枯れても可憐。

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20211226撮影 朱雀門近くのオギの根元

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枯れても可憐な「思ひ草」 20211226撮影 朱雀門近くのオギの根元

来年は、もっと逢いに来るよと、「思ひ草」に思いを告げたのであった。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「heijoukyusekirekishikouen」(インスタグラム)