―その2796―
●歌は、「勝鹿の真間の入江にうち靡く玉藻刈りけむ手児名し思ほゆ」である。

●歌碑は、千葉県市川市真間 手児奈橋親水テラスにある。
●歌をみていこう。
四三一から四三三歌の題詞は、「過勝鹿真間娘子墓時山部宿祢赤人作歌一首 幷短歌 東俗語云可豆思賀能麻末能弖胡」<勝鹿(かつしかの)真間(まま)の娘子(をとめ)が墓を過ぐる時に、山部宿禰赤人が作る歌一首 幷(あは)せて短歌 東の俗語には「かづしかのままのてご」といふ >である。
(注)勝鹿:東京・埼玉・千葉にまたがる江戸川沿岸一帯の地。(伊藤脚注)
(注)真間娘子:市川市真間のあたりにいたという、伝説上の娘子。(伊藤脚注)
◆勝壮鹿乃 真ゝ乃入江尓 打靡 玉藻苅兼 手兒名志所念
(山部赤人 巻三 四三三)
≪書き下し≫勝鹿の真間の入江(いりえ)にうち靡(なび)く玉藻(たまも)刈りけむ手児名し思ほゆ
(訳)昔、この葛飾の真間の入江で、波に靡く美しい藻を刈ったという手児奈のことが、はるかに偲(しの)ばれる。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
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この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2308)」で、四三一から四三三歌ならびに四三二歌の歌碑とともに紹介している。
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―その2797―
歌は、「勝鹿の真間の井見れば立ち平し水汲ましけむ手児名し思ほゆ」である。

歌碑(プレート)は、千葉県市川市真間 手児奈橋親水テラスにある。
歌をみていこう。
題詞は、「詠勝鹿真間娘子歌一首幷短歌」<勝鹿(かつしか)の真間(まま)の娘子(をとめ)を詠む歌一首 幷せて短歌>である。
◆勝壮鹿之 真間之井見者 立平之 水挹家武 手兒名之所念
(高橋虫麻呂 巻九 一八〇八)
≪書き下し≫勝鹿(かつしか)の真間(まま)の井(ゐ)見れば立ち平(なら)し水汲(く)ましけむ手児名(てごな)し思(おも)ほゆ
(訳)勝鹿の真間の井を見ると、毎日何度もやって来ては、ここで水を汲んでおられたという手児名が偲(しの)ばれてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)立ち平し:地面が平らになるほど何度も来て立って。(伊藤脚注)
(注の注)たちならす 【立ち均す・立ち平す】他動詞:地面を平らにするほど行き来する。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)手児名:女への愛称。「手児」は手に抱く子が原義だが、ここはいとしい娘子の意。「名」は愛称の接尾語。(伊藤脚注)
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この歌についても、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2308)」で紹介している。
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市川市HPに「市川・真間界隈」コンテンツに、「手児奈橋」として、「平成11年12月完成した橋の脇に親水テラス出現。テラス壁面には真間川の灯籠流し、ほおずき、萩をデザインしたレリーフと市民ボランティアによって書かれた手児奈ゆかりの万葉集2首を歌碑として設置。」と紹介されている。




(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「市川市HP」